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バザール執筆法を振り返る

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2021/08/16 第566号

○「はじめに」

ポッドキャスト配信されております。

◇BC018 『WILLPOWER 意志力の科学』 - by goryugo - ブックカタリスト

◇第七十九回:pokarimさんとkakauについて by うちあわせCast | A podcast on Anchor

◇第八十回:Tak.さんとるうさんとかーそる次号について by うちあわせCast | A podcast on Anchor

うちあわせCastは、臨時回と特別ゲスト回となりました。どちらも普段聞けない話題がいろいろ出ています。

ブックカタリストは、 『WILLPOWER 意志力の科学』という少し懐かしい本で、改めてこの話題について自分でもまとめてみようと復習になった回でした。よろしければご視聴ください。

〜〜〜新刊本文無料公開〜〜〜

noteで、『すべてはノートからはじまる』の本文を公開することにしました。

◇倉下忠憲『すべてはノートからはじまる』|倉下忠憲|note

この本は、タイトルに「ノート」と入っていますが、一般的にイメージされる「ノート術」を紹介した本とは少し、いやかなり違っているので、楽しみに買ってみたら予想と違っていてがっかりした、という不幸な出会いを少しでも減らせるように、この本の「雰囲気」を立ち読み的に確認できるようにした次第です。

もし他の人にお勧めするときなどがあれば、上のnoteのマガジンをご活用くださいませ。

〜〜〜いろいろやってもいいけれど〜〜〜

『仕事は楽しいかね?』という本が、昔から好きです。自己啓発書でありながら、よくある自己啓発書的メッセージを否定しているところに魅力があります(天の邪鬼なのです)。

ただし、人生経験を長年積んできてわかったのは、あの本には書かれていないことがいくつかある、ということです。その一つに「遊び感覚でいろいろやるのはよいにせよ、やってはいけないことがある」があります。

たしかに言われたことをただ真面目にやるだけだったり、目標を固定的に決めてそれに邁進するだけでは人生の幅は狭くなってしまうでしょう。遊び感覚でいろいろやることは大切です。

一方で、無軌道に何でもいいからやればよいかと言うと、そういうわけではないでしょう。たとえば、他の人からの信用を棄損するようなことをやってしまえば、以降自分がどんな活動をしてもその価値を認めてもらえなくなることはありえます。「遊び感覚でいろいろやる」ことそのものが継続できなくなるのです。これは困りますね。

ようするに、「遊び感覚でいろいろやること」というアドバイスの裏には、「最低限の倫理観をもった上で」という前提が隠れているのです。この部分を見過ごすと、結構大変なことになります。注意したいところです。

〜〜〜お名前シールでアイデアだし〜〜〜

アナログでのアイデア出しは、情報カードや付箋がよく使われますが、お名前シールも面白く使えます。

たとえば、情報カードは独立して扱いやすい分、枚数が増えるとボリュームも増えます。対して付箋は厚みがないかわりに、貼りつけないとぺらぺらしていて固定できません。

一方、ラベルシールは厚さも薄く、後ろの台紙を剥がさない限りは自由に操作できますし、必要になれば模造紙などに貼りつけて固定することも可能です。自由度が高いのです。

ちなみに、情報カードやラベルシールなどのカードタイプのものは、広げて一覧することもできますし、束にして一枚一枚閲覧することもできます。デジタルツールで言えば、ビュースタイルの変更ができるのです。

そして、この「重ねて一枚一枚見ていくことができる」機能が存外に重要です。すべてを一覧してしまうと、「これらをまとめて統合せねば!」という謎の使命感が生まれてくるのですが、一枚一枚見ている限りはそうした使命感から距離を置くことができます。一つ一つのカードに自分の意識をフォーカスできるのです。

さらに、フォーカスするだけでなく、そのフォーカスを「移動」させることもできます。デジタルツールで言えば、スライドツール(プレゼンテーションツール)を使っているときの感覚があるのです。

全体を統一する必要があるならば、もちろん「統合せねば」という使命感は有効なのですが、そうではなく、単に「それに関する情報をざっと眺めていきたいのだ」という場合は、フォーカス+移動ができるツールの方が向いていると感じます。

〜〜〜コスパ良い成果の出し方〜〜〜

「コストパフォーマンス」で考えると、コンテンツ作りは「コピペ」か「罵倒」で作成するのがもっとも効率的になります。

コピペ(つまりパクリ)は、知的生産的な頭の動かし方をする必要がほとんどゼロですし、何かを罵倒するコンテンツはそれだけで人の感情を動かす力があるので、丁寧な編集作業でコンテンツの力を磨いていく手間もかかりません。

つまり、効率性を指標にして、KPIなりPDCAを回していると、いずれかは「コピペ」か「罵倒」(あるいはその両方)に到着してしまうのでしょう。

もちろん、それで中長期的に生き残れる保証はどこにもないわけですが。

〜〜〜何度も言おう〜〜〜

インターネットで10年以上活動してきた経験から言えるのは、「大切なことであれば、何度でも同じことを言った方がよい」ということです。この教訓は、インターネットに限ったものではありませんが、最近のインターネットではその必要性をより強く感じます。

タイムライン的に流れていく情報環境があたり前になる中で、一つの話題は他のたくさんのコンテンツと一緒に流れ込んできて、あっという間に押し流されていきます。Googleの検索結果は、激化した競争によって一般人は介入できない領域です。

だから、何度も言うのです。タイムラインでもブログでも、同じことを(あるいは同じようなことを)何度も言及するのです。冗長を恐れずに、繰り返すのです。

そこまでしても、たぶん「5%の人に伝わるものが10%の人に伝わる」くらいの微妙な効果しかありません。でも、その差が存外に小さくないのがネットワークの力です。頑張りましょう。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のストレッチ代わりにでも考えてみてください。

Q. 一冊の本を買う前に、どんな「情報収集」を行いますか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。今回は、新刊の執筆で初採用した「バザール執筆法」について振り返っておきます。

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○「バザール執筆法を振り返る」

『すべてはノートからはじまる』がどのように始まり、その執筆がどう進んでいったのかを振り返ります。

今回の執筆では「バザール執筆法」という(自分の中では)新しい執筆スタイルを採用したので、その歩みを振り返ることで、自分が使った方法を「点検」してみようと思います。

まずは企画案の始まりから。

■企画案の萌芽

それまで担当してくださっていた編集者さんが退社され、別の編集者さんに担当が交代するというメールが一つのきっかけとなり、新しい企画案の「探り」が始まりました。

2020年10月14日に送信したメールでは、まず大きな方向性として以下の三つの「案」を倉下が提示しています。

『ハローワールドのススメ』

デジタルツールにおける情報整理の考え方。デジタルツールを自分の思考ツールにする方法。さまざまな情報整理ツールの使い分け。プログラミング的思考と「自分の方法」を立ち上げる考え方。これまでの画一的な教育と画一的な生き方から脱出するための方法を提案。

『すべてはノートから始まる』

仕事・学業・セルフマネジメント全般において活躍するノート。アナログノートだけではなく、現代ではデジタルノートも一般的になりつつある。広義で言えば、ブログやwikiもまたノートと言える。それを自分の力に変えるにはどうすればいいか。具体的すぎる一つの「ノート術・ノート法」ではなく、人間が記録し、それを利用するという観点でアプローチする。

『創造的生活』(あるいは『絶望に抗う知の創造力』)

これから行き方が難しくなる時代の到来が予想される。そんなときに、短期的な利益を求めることに資源を注ぎ込むことは本当に適切か。いかに情報を摂取し、情報を生み出していくのか。5年や10年のスパンを見据えて、自らの「生きやすさ」につながる、情報とのつき合い方を考察する。

今読み返しても、どれも面白そうです。また、『すべてはノートから始まる』の概要は、まさに今回書いたような本のイメージが提示されています。わりと最後から最後までこのコンセプトが軸になっていたと言えるでしょう。

上記の三つから、編集者さんに『すべてはノートから始まる』を選んでいただき、さらにそれを倉下が詰めることになりました。

■コンセプトの掘り下げ

10月22日に編集者さんに送ったメールで、コンセプトがさらに掘り下げられています。まず、テーマですが、

・特定のノート術ではなく、「ノート術」全体の俯瞰
・ノートを自由に使う(≒ノートを自由になるために使う)
・情報が溢れ返る時代における情報整理のコツ

の三つを掲げました。その上で目次案が以下です。

『すべてはノートからはじまる』

・すべてはノートである
・僕たちとノートの関係
・ノートを自由に使う
・ノーティングの技法
・ノートツールさまざま
・考えるための静かな場所を持つ
・デジタルノートの未来

続けて書いた企画案の概要を、少し長くなりますがまるっと引用しておきましょう。

以下概要:

情報を保存し、あとから利用できるようにするものの総体をノートと呼ぶとき、私たちの生活はノートで満たされている。意識しようがしまいがノートは溢れかえり、私たちの生活を支えている。その力は、自分の仕事や生活に活かすこともできる。

人間の記憶力は不確かで、認知には偏りがある。行動経済学が示すように、提示された情報によって決断が変わってしまうことも少なくない。合理的な存在とは言い難い。情報環境に強い影響を受ける。しかし、人間はただ情報環境に流されるだけではない。自分で、自分の情報環境を作っていける。それがノートを使うということ。

情報の流れが高速化・混濁化している現在において、自分の情報環境を自分で構築していくことは極めて重要になっている。そこで、基本的なノートの使い方から、さまざまなノートに関する技法を紹介し、情報環境の構築に役立つ情報を提供する。

重要なのは、何かうまくいく「ノート術」を知ることではなく、状況や自分の目的に合わせて適切なノートの使い方を自分でジェネレートできるようになること。学校教育が基本的に画一的なメソッドの教授に終わってしまうことに対して、大人のノート術は、画一性から離れ、多様性を受容できるメソッドになりうる。その意味でも、多様なノート術の情報に触れておくのは有益である。

また、自分なりのノート術を開発し、そのノートを書き続けていくことは、自分が進む道の支援者を自ら作ることにつながる。大勢から離れ、自分だけの道を歩いていくとき、その道は、教科書もなければ、頼りになる人もほとんど見つからない獣道になる。しかし、自分がつけてきた記録は、そこから自分が進むための指針になりうる。情報を残し、記録をつけ、思考を綴るとき、もう一人の自分がそこに刻まれている。その存在は、心強い支援者になってくれる。

つまり、ノートを自由に使うこと=ノートを自由(のために)使うこと、となる。

加えて、そのような記録をインターネットに向かって公開することで、同時代において同じようにひとりで歩こうとしている人たちや、その後に続く人間への強力なエンハンスになる。「自分」の記録が、「自分たち」の記録に変質する。これまでそのような記録は「本」の形でしか残されてこなかったが、デジタル・インターネット時代ではそのような記録がより広く開かれることになる。

もちろん、デジタルツールならではの問題や制約もあるので、その点も踏まえた上で、自分と他人をつなぐことができるデジタルノートの強力な力とその課題を紹介する。

以上概要:

こうして「大ぶろしき」を広げたところ、編集者さんから上のコンセプトは以下の三つの要素が含まれていると指摘をいただきました。

・①ノート術大全
・②デジタルノートの技法
・③ノートするとはどういうことか

このうちのどれかに絞り込むのがよいのではないかとご提案を受け、どれか一つではなく、「ノート術大全」と「ノートするとはどういうことか」を混ぜ込んだ形にしようと決めたのが、倉下の次の一歩でした(天の邪鬼なので、言われたことを素直に実行しないクセがあります)。

■原初の目次案

10月28日のメールでは、上記の検討を織り込んだ新しい目次案をメールで提出しています。以下がその目次案です。

・序文 すべてはノートからはじまる
・第一章 ノートを味方につける
・第二章 はじめるために書く 行動のノート
・第三章 進めるために書く 管理のノート
・第四章 考えるために書く 思考のノート
・第五章 読むために書く 読書のノート
・第六章 伝えるために書く 共有のノート
・第七章 未来のために書く ビジョンのノート
・第八章 ノート作りのヒント
・跋文 人生をノートと共に

新刊の目次と比較してくださるとわかりますが、ほぼそのままです。

・はじめに ノートをめぐる冒険
・第1章 ノートと僕たち 人類を生みだしたテクノロジー
・第2章 はじめるために書く 意志と決断のノート
・第3章 進めるために書く 管理のノート
・第4章 考えるために書く 思考のノート
・第5章 読むために書く 読書のノート
・第6章 伝えるために書く 共有のノート
・第7章 未来のために書く ビジョンのノート
・補 章 今日からノートをはじめるためのアドバイス
・おわりに 人生をノートと共に

細かい言い回しの違いと、「第八章」が「補章」になっていることを除けば、ほとんど同じです。つまり、この時点で本書の骨子が成立していたのだと言えます。

これは極めて珍しい話です。これまでの執筆では、最初に立てたアウトライン・章構成が執筆が進むうちに変化するのはほとんど「あたり前」のことでした。章の中身だけでなく、章レベルでの再構成が行われることすら稀ではありません。しかし、今回は章レベルでの変更はありませんでした。最初に立てた構想のまま最後まで進んでいます。

さらに、注目すべき点がもう一つあります。それは、これまでの執筆ではこうして章立てを構成した後に、それぞれの章の中身(項目)も詰めていたのに対して、今回はそれをしなかった点です。言い換えれば、普段は上記の章立てをベースにし、それをさらに細分化して検討した上で、できあがったアウトラインを軸にしながら執筆を進めていくスタイルだったのが、今回は上記の章立てができた瞬間に執筆というランニングを開始したのです。普段の自分のスタイルから言えば、見切り発車と言えるレベルの「粗っぽい」状態からのスタートです。

でも、だからこそうまくいったことがいくつもあります。それを点検する前に、まずはどのような手順で具体的に執筆を進めていったのかを確認しましょう。

■バザール執筆法の手順

バザール執筆法は、大きく三つの特徴を持ちます。

・アウトライン/素材カード/原稿ファイルの並走
・常に書き直される原稿
・定期的な原稿の提出

それぞれを見ていきましょう。

■アウトライン/素材カード/原稿ファイルの並走

まず三つのツール、アウトライナー、情報カード、テキストエディタを使います。これらがそれぞれ、アウトライン、素材カード、原稿ファイルを担当します。しかし、その対応は必須のものではありません。別のツールを割り当てることは可能です。ただし、これらを単一のツール化でまとめない、という点は必須です。

これまでの倉下の執筆スタイルでは、ツールの完全な統合を目指していました。まるで統一場理論のように、上記の要素を単一のツール下で、ナチュラルに行き来きできる状態を望んでいたのです。

おそらく、「手順の効率化」という観点で言えば、そうした状態はまさに理想的なものであり、一つの終着点ではあるでしょう。バザール執筆法では、その桃源郷を捨て去ります。理想から飛び出て、現実へと旅立つのです。言い換えれば、手順としての効率化はさておき、プロセスとしての効率化を目指すのです。

どういうことでしょうか。

(下に続きます)

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