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ふきまんぶく

 「ふっきちゃんがきったよ♪ ふっきちゃんがきったよ♪」
 ポカポカお天気の3月のある日、私は7歳、5歳、3歳になる子どもたちを連れてフキノトウを採取していた。家の庭には毎年たくさんのフキノトウが顔を出す。この年もたくさんのまんまるい顔が、あちこちから出てきていた。
「あったー!」
「こっちもいっぱいだよ」
「そんなに泥が付いてたらだめだよー」
「あーなんでばらばらにしちゃうのーもう!」
「あ、それ採ろうと思ってたやつなのにーずるい!」
などなど、にぎやかな声が里山に響く。わたしもテンポよく次々とフキノトウを採り、かごがいっぱいになってきた。それにしても、その間中どこからか聞こえてくる・・・
「ふっきちゃんがきったよ、ふっきちゃんがきったよ」
私も口ずさみながら、なんだろう?フキノトウを摘むたびに、ふわっと弱い嘔吐感がする。これってどこかで身に覚えがある・・・。なんだろう?フキノトウを手にしながら、時々立ち止まった。
「ふっきちゃんがきったよ、ふっきちゃんがきったよ」
あ、これは・・・。
 そう、これは4回目のつわりの始まりだった。緊張感が高まり、体中に電気が走った。今後の生活や高齢出産の不安などが押し寄せてくる。それでも、太陽はポカポカと3人の子どもたちを包みこんでいて、幸せに満ちている。しばらく、そのままフキノトウを探しながら、自分で落ち着かせる。次第に、不安から期待へと心が傾いてくる。これもいつものことだ。女はあんなに大きな妊娠出産の苦難を、多量の幸せホルモンで覆いつくしてしまうことが可能なのだ。(もちろんそうはいかない人もたくさんいると言うが。)
 そうか、ふきちゃんが来るのか・・・。フキノトウを採り終えて家に帰ると、持っていた田島征三さんの絵本「ふきまんぶく」を広げた。

 ふきちゃんのお話は、野山に囲まれたのどかな東京の多摩にある、日の出村のできごと。ふきちゃんはとても元気で好奇心の強い女の子。ある日の夜、山肌に光っているところがあって、そこには星がたくさん落ちているにちがいないと、ひとりで山へ行ってしまう。そこには、たくさんのふきが生えていた。葉っぱが夜露で光っていたのだった。ふきちゃんは、ふきといっしょに遊んでいるうちに眠ってしまう。ふきちゃんがいなくなったので村中を探し回って、やっと山で眠っているふきちゃんを見つけたお父さん。そのたくましい背中におぶわれるふきちゃんが柔らかくて子どもらしくて愛しい。お母さんやふきちゃんの真正面の顔が、くるりと山を仰ぎ見る時、そこには描かれていない首の角度が絶妙でハッとする。そして、ふきちゃんだらけのおしまいの絵がはたまた度肝を抜く。田島征三さんらしい強いメッセージを感じる作品だ。

 先日、フェイスブックでつながっている作者、田島征三さんから、突然メールが届いた。
田島:ふきちゃんは、何歳になりましたか?
私:14歳になりました。同じような田舎育ちで、ふきまんぶくの生き写しのように、強くてたくましい子になりましたよ。
田島:うちのふきちゃん(征三さんの娘さん)の娘も、中学生になりました。
私:うちのふきちゃんは、祖父が二人とも亡くなってしまったので、征三さん、見守っていてくださいね。

 天から降ってきた、我が家のふきちゃん。なかなか芽を出せない、ふきまんぶくみたいなシャイな一面もあるけれど、しっかり根を張って育っている。野生のふきは強いのだ。山はそこだけ光っている。