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PERFECT DAYS をガイド目線で。

通訳ガイドのぶんちょうです。
ガイド繁忙期前に見ておきたかった話題の映画 PERFECT DAYS 。
行ってきました。

一言で言うと、私のなかで最高の映画でした。

映画を観終わり家に帰るまで、話しかけられてもうわの空になるほど内容を反芻し、観てから何日も経つと言うのに、いまだに、ふと断片的にシーンを思い出しては、ああでもない、こうでもないと脳内会議が騒がしい。映画を観ている時間より、余韻を楽しむ時間のほうがずっと長い作品でした。

映画を観る前に何の先入観も持ちたくなかったので「役所広司が出演するトイレ掃除の話」これだけの情報で地元の映画館の座席に座りました。恥ずかしながら、カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞したことで話題を集めていた作品とも知らずに。

トイレ掃除から一気にリッチになる話?覚醒して異次元体験でもする話?退屈な映画かも。B級映画洗脳されてきた私の脳みそには陳腐なことしか思い浮かばなかったのです。

ところが、この映画、冒頭から最後まで映像も音楽も少ないセリフもストーリーも全て私を引き込んでくれました。「何も起きない」映画だったのですが。

主人公、平山のルーチーンを崩さない日々の生活。布団の畳み方から歯の磨き方、トイレ掃除の仕事に出かけて家に帰って床に入るまで、全てがきちっと無駄のないシナリオに沿って進んでいく1日。

その描写を見ていると、完璧なまでに洗練されて無駄のないスポーツ選手の動きやら、機能を求め続け、削ぎ落とし続けて生まれた美しいアート作品のような感じさえしたのです。

そして、彼がどんなに頑としてルーチーンを崩さず、穏やかで何もない生活を目指していても、日々生きていく中で強いられる、ちょっとした変化にうろたえたり、怒りを感じることもあったり、過去の経験に感情を大いに揺さぶられたり、自分でも気づいていなかった嫉妬の感情を発見することになったりするのです。

スマホもない、時代遅れなマイペースな彼の生活は、現代人からすると仙人のような感じさえします。昭和の頃は夢だったような生活を手に入れたはずなのに、いつの間にか、それに翻弄されている私たちにとって、平山の生活スタイルはノスタルジックなだけではなく、見ていて思わず背筋が伸びるような感覚を覚えます。

平山は2つの世界が存在すると語っていました。自分の意志を貫き、誰にも干渉されずに自分の好きを真っ直ぐに生きる彼の世界。私たちは、それが叶わないことだと知っているから、少し憧れの世界でもあります。そして、もう一つの世界は、それをどこかで求めつつも、結局は世間に合わせて生きていくことをしている大多数の人間の世界のことを言っているのでしょう。

あるとき、平山に10代の姪が訪れます。彼女は、彼の自由な世界を垣間見、憧れるものの、最終的に「大人の決断」をして、迎えに来た母親に従います。それは、平山と短いながら過ごす時間を持ったことで、自分の住む世界の隣に、ちゃんともう一つの世界が存在することを知ったからこその決断でしょう。

いつでも遊びにおいでと言う一言で彼女は、叔父の世界の住民には今はなれないけれど、それでも、そんな世界が隣にあり、行こうと思えば、そっちにいつでも行けるんだと知ることで、現実を生きることに、ちょっと希望を与えられるのです。

私たちは、幾つになろうと、どこかで理想を夢見ながら現実を生きているのですから。

では、理想とは具体的に何なのか、そう考えた時に、面白いことに気づきました。

私の仕事は通訳ガイドですが、この映画に出てくる一つ一つが、まさに日本に来る外国人観光客の求めるものと合致していたのです。

まず彼の住む家。昭和に建てられたと思しき古い木造です。今、日本人にも古民家はブームですが、外国人は、日本の古い木造家屋を案内してあげるととても喜びます。

カセットテープやレコードのLPを求めて海外から来る人もいます。竹内まりやなど、とても人気なのですが、どこで知ってくるのでしょうね。

最新のトイレ。日本のトイレは常に絶賛されますが、映画に出てきたのは、渋谷区のトイレプロジェクトで作られた有名建築家の設計した、言うなればアートトイレでしょうか。コロナ禍で外国人が来れない時に、渋谷でオンラインツアーをしましたが、その時にこのトイレの紹介を世界の人にしました。

浅草の地下の飲み屋。東京の開発に取り残された飲み屋街は大人気の観光地で、どんな高級なレストランよりも、こういう場所が好きだとさえ言う人もいるのです。

その他にも、銭湯、古本屋、神社、平山が毎朝使う自動販売機さえ、全てガイドの私にとっては日々、外国人に紹介するコンテンツとして存在しています。

全部の外国人とは言いませんが、かなりの人が、畳に布団を敷いて寝起きし、銭湯に通い、こぢんまりした飲み屋で一杯飲みながら夕食を取る、そんな生活にものすごく憧憬を感じるのです。

さらに、主人公の研ぎ澄まされたようなシンプルな生活スタイルはまさに外国人の大好きな「禅」の体現だと思ったのです。  

そんな風にこの映画に出てきたものを繋げていくと、1日のツアーができそうなくらい、外国人には、たまらなくクールな東京の生活!と言う風にも捉えられるのではないかなと感じてしまいました。職業病かもしれませんね。

ちなみに、この映画は来日経験のあるドイツのヴィム・ヴェンダース監督によるものです。日本に来たときに、ここ日本では「昔」と「最先端」と「自然」が同居していることに魅力を感じてくれたのだろうか、なんて想像してしまいます。

私たち日本人が日頃、窮屈に感じているもの、ほっとするものは、世界共通なのだということにあらためて気づいた感じです。

この映画を見た来日観光客がどんな風に感じたのか、聞いてみるのが楽しみです。






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