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映画「巴里のアメリカ人」を読む②

⚠︎︎前回の続きです。

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5.ジャズバーの出会い
 ミロに連れられてやってきたモンパルナスの店で、ジェリーは自分たちの隣の席に座っている綺麗な娘を見つける。一目惚れだった。
 ミロや彼女の知り合いが眉を顰めるのも気に留めぬ程、ジェリーはその娘に釘付けになった。ストーカー並みにちらちらと視線を投げ、耳をそばだてて突き止めた彼女の名は『リズ』だった。
 そうとわかればいてもたってもいられなくなったジェリーは、半ば強引にリズをダンスに誘う。
「退屈そうに見えたよ」
「あら、じゃあ今はどう?」
 ……生憎、私はあなたの思うような女じゃないわ。
 惹かれていることを懸命に伝えるジェリーだったが、彼女は終始素っ気なく(そりゃそう)、結局不完全燃焼のまま、一曲が終わってしまった。

 帰り道、ミロは「あんな態度は許されない、私の前で女の子を引っかけるのはもう止めて」と激しく非難する。険悪な雰囲気のまま、ミロとジェリーは別れたのだった。

 翌日、ジェリーがいつもの喫茶で朝食を嗜んでいると、昨夜ぶりのミロがやって来る。彼女は「知り合いの画商が貴方の絵を見たがっている」とジェリーに話を持ち掛けた。数日後の昼に会おうと約束し、ミロは昨夜の非礼を詫びた。ジェリーは頼んでいたコーヒーを口に運ぶと「忘れて。僕は忘れた」と肩を竦めた。
 

6.リズとジェリー
 ジェリーはパリの表通り沿いのニコル香水店へと歩いていた。実を言うと、昨夜、リズの勤める店の電話番号を(なんとか)聞き出していたのだ。
 軽快な足取りで店へやってきたジェリーは、渋い顔をするリズを懸命に口説いた。持ち前のスマイルと精一杯の言葉に、なんでそんな早く降参すんねんという早さでリズは折れ、ジェリーは見事「じゃあ夜に」とデートの約束を取り付けることに成功した。ジェリーは喜び勇んで店を後にした。

 気持ちの“はやり”を共有したくて、ジェリーは一目散にアパルトマンへ帰ってくると「今忙しいんだけど……」と顔を顰めるアダムを丸め込み、お前ピアノに乗んなやというツッコミも追いつかないほどのスピード感でアダムの部屋を駆け回る。半ば諦め気味にノってきたアダムの伴奏と共に、ジェリーは喜びのダンスを始めるのだった。

 その日の夜。約束の場所にきちんと現れてくれたリズに、ジェリーは内心安堵した。店を追い出すために嘘をついたのかもしれないと思っていたからだ。
「僕は絵を描いているんだ」
「本当に?そうは見えないわ」
「よく言われる」
 ジェリーとリズは川岸を歩きながら、まるで長い時を経て再会を果たした友のように、とめどなく話をし続けた。話していくうちに、二人は互いに惹かれていっていることが分かった。
「……今度は君の話を聞かせてよ」
 そう口を開いたジェリーに、リズは「私は何もないわ」と静かに言う。話すのが苦手なの、と遠くを見つめるリズの手に、ジェリーは己の手を重ねた。
 そんなことないさ、とジェリーは首を振る。
「僕は一瞬にして君に惹かれた。君には言いようのない魅力がある、人を惹きつけるんだ」
 真っ直ぐにそう語るジェリーに、リズの頬が緩む。
 何処か自信のなかった心が、雪の溶けるように段々と解きほぐされていった。


7.幕間
 また会えるかと聞くジェリーに、リズは「土曜日なら空いているわ」と答える。にこりと微笑み、名残惜しそうに熱い口づけを交わして、二人は別れた。

 リズは、アンリのショーが行われている劇場に急いでいた。着いたときにはすでに、公演は終了していた。ごめんなさいと謝るリズにアンリは首を振り、
「いいんだ、そんなことよりアメリカでツアーをすることになったんだ」と息巻く。
「結婚して君も来てくれ、きっとアメリカが好きになるさ!」
 アンリは薄い青の瞳を耀かせ、リズを見つめた。実は好きな人がいるのだと伝えられるはずもなく、胸の内にあるアンリへの恩義も自覚していたリズは、何も言い出せないまま、ただ微笑んでいるしかなかった。
 
 リズへの想いがようやく伝わり、感傷に浸っているジェリー。
 毎度のごとくアダムの部屋にいたジェリーは「お客さんだ」と窓の下を指す友人の声に瞬く間に現実に戻された。ミロとの待ち合わせの時間だった。すっかりジェリーの想い人がミロだと思い込んでいるアダムのちょっかいを無視し、ぶつくさ言いながらジェリーは部屋を出た。
 
 アダムはベッドに寝転がり、夢を思い描いていた。コンサートホールでオーケストラをバックにピアノソロをする夢だ。曲はもちろん、ジャズ風のピアノ協奏曲。ソロも、もちろんアダム。指揮もアダム。ヴァイオリン隊、アダム。ティンパニ、アダム。ブラボーと囃す客、アダム───煙草の煙を見つめ、夢が霧散して後には見慣れた古くさい天井が瞳に映った。
 アダムはのろのろとベッドから起き上がると、まだ覚めやらぬ夢に思いを馳せながら酒を取りだしたのだった。
 
 ジェリーがミロに連れられてやってきたあるアパルトマンの一室は、額縁や絵の具類、それにレモンイエロウのかわいいソファを備えたアトリエになっていた。ジェリーの活動の支援のため、貸し出してくれるというのだ。
 突然のことに驚くジェリーに、ミロはさらに言葉を続ける。
「個展を開くことが決まったのよ、三ヶ月後よ」
「有難いが、それに相応しい絵が描けるとは……」
 渋るジェリーに、「貴方には才能があるのよ、きっと出来るわ」となおもミロは強く勧める。
 ジェリーは暫く考え込むと、「分かった、借りは返そう」と個展開催を快く受けることにした。ぱあっと顔を耀かせ、ああよかったと抱きついてくるミロに、ジェリーは困惑した表情を浮かべるのだった。

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参考:
 映画「巴里のアメリカ人」(1951年)
 巴里のアメリカ人 映画 画像/Web検索

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