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6.景義先生と鳩

 ツツジの花の蕾が緑の合間から見え隠れする隣に、満開になった別のツツジが鮮やかに並んでいる。植えた時期の違いだろうか、とどうでもいい事を考えながら歩いているうちに、今日もまた景義先生の家の前にいた。玄関から庭を覗き込むと、鳩に餌やりをする景義先生がいる。ででぽう、ででぽうと尾を振る白い鳩どもは恐らく、公園の奥の神社によく集まっているあの鳩だろう。薄茶や胡麻斑ごまだらの鳩や雀もいる。
「こんにちは」
景義先生は私の視線に気が付くと、足元に群がる小さいものに気を使いながらこちらへ歩いてきた。
「表から来るなんて、珍しいじゃない。きみも餌をやってみる?」
そう言って景義先生は私を庭へ迎え入れ、チラシで折られた粗末な餌箱を寄越した。待っててね、と奥へ入っていくのを見送る間にも鳩はばさばさと襲って来る。

 無防備に鳥の餌を手にしたばかりに、肩や腕や頭まで鳩に群がられていると、まもなく景義先生はくすくすと笑いながら戻ってきた。見慣れた盆の上には白磁の茶器が乗っている。
「烏龍茶だけれど、すごく甘いの。懇意にしている店のを、昨日ちょうど買ってきてね。あぁ餌はその辺りに撒いてくれたらいいよ」
どうにか鳩に解放してもらおうと足元に残りの餌をばら撒いて、未だ両腕に数匹乗った鳩と格闘しているうちに、獣臭さの隙間から華やいだ香りが鼻をかすめた。服についた羽根を払い縁側に腰掛けると、景義先生は少し自慢げに急須の蓋を開けてみせた。
「ほら、花が少し混じっていてきれいでしょう」
「本当だ。変わったお茶ですね」
中には小さな花びらが水を吸ってちらちらと咲いていた。かちゃこ、と蓋を閉め、茶碗に注いでいく手を眺めていると、餌を食べ終わったのか、鳩が一匹また一匹と飛び去っていった。

 最後に残った鳩が、けんけんと片足で庭の端へ向かい、恐らくは景義先生が置いたのであろう小箱にむっちりと収まった。
「あれは?」
「この辺の鳩なのだろうけど、怪我をしているみたいでね。明後日になれば病院がやっているのだけど、それまではと思って」
鳩を連れて動物病院で待つ景義先生の姿がまるで想像出来ない。もはや諦めている事だが、景義先生は恐らく、多分、残念ながら、人のことわりにないものである。間違いない。そうですか、と話半分に返事をして淹れたての茶をすする。馴染みのある味ながらも華やかで、素人でも高級だとわかる甘みを感ぜられた。
「美味しいですね」
「よかった。誰かに飲んでもらいたくて」
実にのどかな風景である。水温みずぬるむ春とはいえ、まだ少し冷たい風がふぅと吹いた。

 景義先生が窮屈そうに腹をさすった。よく見ると女帯を着けている。先程までの姿が記憶の中ですでに曖昧になっていて、初めからそうだったのか思い出せない。景義先生の腹は恐らく妊婦のそれであった。そっと手を触れてみると、腹の中ではなにやら、ごりゅ、こここ、と音がしていた。丸い臨月腹の前へ立ち、見上げる景義先生のとろんとした瞳に気を取られる。着物の合わせに手を差し入れ、まさぐると、少し腫れていた。腹の子の父親に構うことなく強請る唇は血色よく、胸の膨らみの先はふくふくと熱を持っている。
「鳩が、あ、ぁ、見ているよ……」
「構うものか」
腹を庇う様に抱え横向きに寝そべった景義先生の足を開き、事に及ぼうとすると、固く白い塊が内側から穴を犯し、拡げていた。

 卵の、外殻だろうか。呼吸に合わせて蠢く肉色が卵殻を隠し、開くたびに薄赤い粘液がじわりと漏れ、糸を引きながら床に落ちる。拡がり切った穴をつつとなぞると景義先生はいやらしく身体をくねらせた。
「あ、だめ、だめ、もう入らない……」
私は力なく抵抗する、否、抵抗するフリを楽しむ景義先生の、卵を押し戻すように己の怒張したをねじ込んだ。卵は存外抵抗もなく腹の中に押し戻されていった。
「ひいぃっ……あ゛っ……」
亀頭の先にごりごりと硬いものが擦れ合う振動が伝わる。景義先生は着物の袖を噛み締めながら逆流する異物に耐え、苦悶の表情を浮かべ──しかしその瞳は期待に満ちていた。卵はいくつ入っているのだろうか。はらわたを掻き分け何度も腰を打ち付ける。
「お゛っ……おぉ゛っ……う、産ませて、出させて……死んでしまうよ……」
今更何を。私はそういいながら腹を力一杯両手で押さえ付け、卵と卵の間へ吐精した。陰茎をずるり、と引き抜くと、ぽっかりと開いた肉の穴から勢いよくひとつ、ぽ、という音とともに卵が飛び出した。その後を追うように、ひとつ、またひとつと卵が、精液と腸液にまみれて力なく吐き出されていく。特に大きな5つめがゆっくりと時間をかけて、拡がり切った穴を更に少し裂きながら産まれたところで、ででぽう、頭上から鳩の声が大きく響き渡った。

 突如として現れた歪な脚の鳩が景義先生の事を掴み上げた。
「あ、あ、あぁ゛」
卵を置いて軽々と持ち上げられた景義先生の体からは、更に大きな卵が産まれようとしている。鉤爪が容赦なく肉に食い込み、降って来る体液に鮮血が混ざり始めた。それから間も無くして酷く耳障りな音と、絶叫が響き渡り、6つめの卵と、肉塊。握り潰され、事切れた景義先生が降ってきた。殻にはヒビすら入っていない。が、そうやって無事に産まれた卵は一つ残らず無惨に踏み潰された。中からは人間の腕や足が見えていたが、割れた殻がズタズタに刺さり、こちらも生きている様子はない。

「鳩ね、次の日にはいなくなっていたのだけど、箱はしばらく置いておく事にしたの」
卵の形をした餡菓子を頬張りながら景義先生が言った。そうですか、と返事をしながら庭を見る。そこには血も羊水も肉塊も跡形なく消えていたが、卵が落ちた場所には浅い穴が残っていた。子供たちが躓くので、そのうち埋め直すつもりらしい。


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