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【さくら、もゆ。】クロという最高のヒロインについて

「さくら、もゆ。」を遊びました。
1年近く美少女ゲームというものを遊んでこなかったので、正直しっかり入り込めるかちょっと不安でした。……が、完全に杞憂でしたね。

複雑に絡み合ったシナリオの考察については先駆者に譲ります。
丁寧に繰り返し説明を受けて尚、物事の因果関係について完全に把握できている自信は私にはありません。
要するに、ヘンテコなことを言ってしまうのが怖いわけです。「完全に理解していない」という点については、大多数の読者はそうなんじゃないか、と思ってもいますが。

そのため、本感想文においては、特定の一人のキャラクターのみに焦点を当てて、彼女のことだけを延々と語りたいと思います。
なお、盛大にネタバレを含みます。



クロ。
主人公・奏大雅の相棒であり、家族です。
激しい人見知りで、人と目を合わせることも、話をすることもとっても苦手。
大雅と話すときも大抵、面と向かい合ってではなく電話越し。
けれども、大雅に対しては誰よりも優しい。いつまでも小さいままの、かつて猫だった女の子です。

読んでいる最中、彼女のことをとても愛おしく思いました。
そして全てを読み終えた今、彼女のことを二度と忘れられなくなりました。


黒猫が人間になったのならば、なぜクロの姿は白いのか。
猫にとってチョコレートは毒なのに、なぜクロはチョコレートを好んで食べるのか。
それらは全て、クロなりに大雅のためを想って起こした振る舞いの一部でした。それも、ほんのごく一部。

自分のことを「ばか」と言うクロは、何というか非常に自己肯定感の低い子です。
自分の能力が低いから云々、というお話だけでなく、クロはクロ自身の人間性に対して強い不信感を抱いているようです。
否。人間性、と書いてしまいましたが、そもそも彼女は生い立ちからして人間ではなく、あくまで「人間のフリをして」人間についていっているだけだと、そういった意識はいつまでも消えず。
どこまでいっても分からないことがあって、大切な人の気持ちも、彼が苦しんでいることも、全てを解することは出来なくて。
「こんなわたし」だから、自分の望みは叶わないと、彼女はそうやって自分の気持ちを必死に押し込めていました。

自分の気持ち。
大雅を守りたいとか大切にしたいとかそういったことを超えて、大雅を「大好き」だという気持ちです。


クロの行う全ては、「奏大雅」を名乗る少年のため。そういうイキモノだから、と言ってしまえばそれまででしょう。
しかし、本当はそれだけではなかった。
かつてクロがクロになる前に犯した過ちへの罪悪感だったり、大雅と過ごした大切な日々だったり。クロは色々な事を知り、色々な経験をしてきました。
そんな中で、本作における複雑怪奇に絡み合った因果関係と同じように、クロが大雅に抱く感情もどんどん膨らんでいったのです。

けれどそれは叶わない想いだし、叶ってはいけない想いである……というのが、クロの中での絶対でした。
大雅を助けたい一心で傍にいたけれど、大雅が苦しむ原因の一端を作ってしまったのは紛れもなくクロ自身です。
それに、クロは人間ではありません。頑張って人間の振りをすることは出来ても、本当の意味で大雅と通じ合う事は難しいでしょう。
仮にそうできたとして、大雅が大人になってしまえば、クロの姿はきっと見えなくなってしまいます。そうなるようにこの世界は出来ていますから。
傍から見て正しいかどうかは関係なく、少なくともクロの中では、これらの事柄は変えようのない事実でした。


……と。
自分の気持ちを必死に押し込めてここまで歩んできたクロが。
そして、自分を犠牲に大切な人を救おうとした大雅のこれまでを、誰よりも傍で支えてきたクロが。
大雅のために全てを投げ打ち、ひたすらに自分を呪ってきたクロが。

何一つ報われないまま終わるなんて、そんな物語、あってはいけないのです。

だから、難しい話はもうおしまい。
空間を超え、時空を超えて描かれた彼らの戦いはここでひとつの終わりを迎えます。
そして後には、ただ一人の少女を迎えに行くだけの、どこまでも真っ直ぐで温かい愛の物語だけが残っています。


……みたいな感覚で、クロルートの終盤を読んでいました。本当に合ってる?というのは、ここでは置いておいてください。

クロルートが本当に好きです。
奏大雅こと「ぼく」が、今までずっと償ってきたことを全ておしまいにして。
自分の贖罪を「自己満足」と名付け、ついに「ぼく」という存在を一人の人間として認めて。
生まれてこなければ良かったと願うぼくが、生まれてこなければよかったと願うわたしと結ばれたその瞬間、ようやくこの物語の全てが報われたような気持ちになりました。
……そこから先が本当に、本当に長いんですけれどね。ただ今回の記事では、そこは敢えて軽めに触れる程度にさせて下さい。

1つ1つ振り返っていく過去の全てが、クロの悲しみを呼び起こすもので。
言葉を重ねれば重ねるほど、クロが背負ってきたものの重みが際限なく圧し掛かってきて。
もう何というか、読んでいてこんなに胸が締め付けられるお話ってそうそうないと思います。

「こんなわたし、きらい」。
「こんなに痛いのなら、心なんて要らなかった」。
己の想いに苦しみ続けるクロの言葉です。

大雅に銃を持たせてしまった事も、大切な二人のために全てを投げ打つ彼を止められなかった事も、全ては何も出来ない自分のせいだ、と己を責めるクロの姿。
恋心や嫉妬、思い描いていた自分の役目に反するであろう感情全てを「まっくろ」と称し、否定し続けるクロの姿。
ひたすらに苦しみ抜いて、止め処なく涙を流し続けて。クロのことを思い返す度、その悲しげな声色ばかりが頭に浮かんでしまいます。

けれど、痛みや苦しみの先でしか掴み取れないものも確かにあるんだよな、とも、同時に思います。


折角作曲なんてやっている身なので、音楽の話をさせてください。私に語れることなんてそんなに多くはありませんが。
クロのテーマ曲、素敵ですよね。「満月の夜会」って曲。
後半はひたすらにアレンジ版しか流れないんですけれど、このアレンジがもう大好きで大好きで。
クロが大雅に対して抱いている切実な感情を、そのメロディが何よりも雄弁に語ってくれているような感じがして、とても心に来ます。
儚くて寂しくて、でも優しくて温かい。色々なものが込められた曲だなと思います。

そして、主題歌の方でも。彼女の姿を重ねて聴ける曲がいくつもあると思います。
その中でも特に取り上げたい曲がひとつ。
クロの声優さんが歌う、作中でも大切な曲「さくら、もゆ。」。です。

作中でこの曲が生まれた経緯は、一旦置いておきましょう。
歌詞の受け取り方は、きっといくつあったっていいはず。それは、届かなかった気持ちを抱く全ての人に向けて歌われた愛の歌です。
改めて歌を聴き、歌詞を見返してみると、私にとってこの曲は「大雅の隣を誰かに譲ったクロの歌」のように思えてならないのです。

あの曲を聴くたび思うことがあります。
本来、クロと結ばれる運命なんて存在しなかったんだ、ということ。
クロは自分の恋心も、耐えられない喪失感も全部押し込めて、ハルという少女に道を譲ろうとしたこと。
あくまで「そういう生き物」として、クロは自分の宿命を受け入れて姿を消していくのです。
さよならの涙、淋しさの涙、悲しみの涙。そんな涙に、いつか花が咲くようにと願うのです。きっと。


でも、絶え間なく見てきた悲しい景色の先に、人々は最後の希望を見つけ出して。
あらゆる絶望を味わった先で、クロはとうとう夢を叶えました。
払った犠牲はとてつもなく大きかったし、大雅とクロにとって果てしなく長い年月を要したけれど。
大好きと叫ぶクロを見て、私の涙腺は文字通り壊れてしまいました。


「さくら、もゆ。」
本当に、本当に素晴らしいゲームだったと思います。
私はクロといういたいけな少女のことを、一生忘れることはないでしょう。

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