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悪意・東野圭吾

柴田翔の『されど われらが日々──』は、遺書や手紙が長い、と僕は前回の読書ブログに書いた。で今回読んだ小説、これも手記や記録の文章が長かったりするのだ。みなさんそんなに長く書いて疲れませんかね??……

そんな小説は東野圭吾の『悪意』(講談社文庫)である。小説は、容疑者の手記で始まる。

4月16日、事件は起きた。その日、児童文学者の野間口修は、人気小説家の日高邦彦の家に行った。日高は来週からバンクーバーで暮らす予定で、当分会えないので、友人の野間口は会いに行ったのだ。家に行くと、日高は留守で、庭に勝手に入っている女がいた。女が去ったあと、帰ってきた日高に女のことを話す。日高はいう、女の飼う猫がダンゴで毒殺されたのだが、それをやったのは自分だと疑われている、と。自分はやっていないと女にいったのだが、女は疑いをやめず、庭に毒ダンゴが落ちてないか探していたのではないかな── 日高ははじめは野間口にそう話すが、すぐに本当のことを打ち明けた、俺が猫を殺したのだ、留守の間に人に家を貸したいのだが庭を汚されると困るからやった、と。日高は明日までに書かなきゃならない原稿があり忙しそうだし、野間口は早々においとますることにした。ちょうどそのとき、日高の家に藤尾美弥子が訪ねてきた。日高のベストセラー小説が美弥子の兄の名誉を傷つけているということで、日高は藤尾の家族との間にトラブルを抱えていた。野間口は、帰宅後、日高に電話で呼び出され、再び彼の家へと行く。そこで、日高が殺されているのを見つける。殺したのは、猫を殺された女性か、それとも小説を憎む女性か……。

と、読者は犯人がどちらかではないかと予想したくなるが、そう早計に考えてはいけない。実は以上のあらすじ紹介は、第一章の野間口の書く手記によるものである(この小説は、第一章が「野間口による手記」という形式である)。だから、話をすべてそのまま真に受けることはできない。

事件の捜査にあたるのは、加賀恭一郎刑事。彼は、かつて、学校で教職に就いていたことがある。殺人事件などという不吉なきっかけで偶然の再会を果たした元同僚の二人。加賀はかつての職場の先輩である野間口に手記を見せてもらう。やがて、加賀は、現実の整理と野間口の言動と手記の観察から野間口自身が犯人であると断定する。第二章は、事件についての加賀の記録という形をとる。続く第三章はまたも野間口の手記、第四章の加賀の独白を挟み、第五章はまた野間口の手記……という構成自体がユニークなのが本書である(解説で桐野夏生が「静かに怖い」と書いているがたしかにそうだ。これ、驚きの真相はもとより、この構成自体が怖さをひきたてる感じがある!)。

で、そんな構成の、加賀の記録というのが謎である。何故に彼は、独白ではなく、「記録という形で残して」いるのか。それは、野間口に影響された、と思われるし、小説構成上の演出的効果を東野圭吾が狙ってのこともあろうが、ミステリ小説として解かれるべき謎とは別にまた謎である。


☆ 悪意・東野圭吾・双葉社・単行本・1996年刊行。講談社ノベルス・2000年刊行。講談社文庫・2001年刊行。



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