古着のリメイクは最高にオシャレ!
SDGsの話はいったん置いといて(最終的には合流するが)古着のリメイクってオシャレだね~。
ここ数年心を震わす服飾メーカーさんがない中、ある服飾職人さんのショップが気になり、定期的にチェックをしている。
その店は京都発で古着などを使いリメイクしている服飾店でボクの心を久しぶりにざわつかせてくれている。ここ数年来、服装では新しいものへの挑戦など「年齢的なもの」という言い訳の元に関心を失いかけてきたが、不況からの節約志向と服飾業界自体の不活性化と服飾業界の新しいニーズを掘り起こそうとする意欲が感じられない現状に買う側のボクのファッションに対する関心も他のモノ関心へと移行して、時代の閉塞感とファッション界の閉塞感が同時に存在していて違和感を感じることがなかった。
安くて品質のいいどこでも買える服を皆が来ていることに誰も何も思わない時代が続いた。国民服かい!
そして、最近では断捨離という言葉の流行りと共にタンスの奥にあったいい服も古着屋に並び始めた。
そこで疑問。
音楽でも昔の音源を再利用し時代に沿った音楽に再利用する手法がある。
建築もいい建物は、リフォームをし続ける限り何年も住むことができる。
かつ、オシャレに作り直している。
服や食器(プラスチックは別)はなぜか使い捨て。
手法があり、している人がいて店もあるが広まらない。
非常にもったいない。
先日、京都の割烹屋で定食を食べたら、コップが一点ものの「継ぎもの」のコップだった。非常に趣きがあり、これはこれで素晴らしいモノだと思った。できれば、購入したいとさえ思った。
探せばあるものだ…。
話しを服飾に戻そう。
悪口を書くみたいになるが、世界で有名になったあの人は「日本で一番になる、そしていずれ世界で一番になる。」と言っていた。だが、何のためにそうなるのか、何のためにそうなりたいのか、聞いているボクにはコンセプトは伝わらなかった。
かくして日本一にはなった。
その点では満足であろう。
だが、僭越ながら尊敬される人物となったのであろうか。(人による)
経営理念では成功したのだろう。
あの会社がしたのはくれぐれもファッションではなかった。
見誤ってはいけない。
やはり、ファッションとは芸術領域に関わるところなので、コンセプトや想いなどは重要とボクは思う。
時代性にあった理念と何よりも「創作性」が服に宿る感覚。それがファッションであり、着ている側がゾクゾクする感覚を味わえるモノ。そして、コーディネイトの可能性。
買って着たら、ハイ終わり。って服じゃオモシロなさすぎる。
…以上ですが、ボク自身のハードルを相当上げてしまいました。w
ボク自身に関しては理想論です。ハイ。
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