「人に期待するな」という言葉の、納得のいく解釈
「人に期待するな」
とよく言われます。
期待をするから、相手がそれに応えてくれない時に悲しくなったり、苛立ってしまったりする。
人間関係で疲れないためには、人に期待しないことが重要だ…。
確かに、これは一見分かるような気がします。
でも、人を好きになるときって、そこには絶対に何かしらの期待があると思うんです。
この人とは仲良くなれそう、
この人は頼りになりそう、
この人には自然な自分を見せられそう、
この人となら楽しい時間を過ごせそう…
そういった期待を抱くからこそ、相手に好感を持つことができて、他人でない何らかの「関係」に一歩踏み出すことができます。
めんどくささの全くない人間関係なんてものがこの世にないことは、おそらく全員が気づいています。
だからこそ、「この人となら、人間関係のめんどくささを請け負ってもいい」と思えなければ、積極的な関係には入っていけないのではないかと私は常々感じています。
そしてそのためには、やっぱり相手に対する希望と期待が必要なんじゃないでしょうか。
たとえなんの希望も期待もゼロで始まる人付き合いがあったとしても、そんな関係にはちっとも深みがないし、第一楽しくありません。
「恋が生まれるには、ほんのわずかな希望があればよい」
というのは、スタンダールの言葉です。
逆を言うと、相手に希望を抱かず、何も期待しないのなら、その相手への好意はない、ということじゃないかと思うんです。
自分自身のこれまでの人生を振り返ってみても、「相手に期待しない」人間関係で良いものがあったかというとかなり怪しくて、ましてや恋や深い友情なんてものは成立していませんでした。
そんなこんなで、「人に期待するな」言説への疑問が少し前からあったのですが、もう少し考えてみると、この言葉の解像度が一気に上がってきました。
先に述べたように、人間関係を始めるには期待が必要だと私は思っています。
しかし、その上で大事なのは、人間関係が始まったあとで、その期待を相手に押し付けないこと。
「人に期待するな」、この言葉の意味することは、これなんじゃないでしょうか。
相手に期待して、その人を好きになるのはなんの問題もありません。
それが自然な人間関係のスタートだし、他人を愛し始めるための条件だから。
でも、どれだけ期待を寄せたとしても、相手も自分と同じようにひとりの人間で、その人にとってはその人の人生が一番大切であることを、決して忘れないこと。
相手との関係に希望を抱いたとしても、あくまでそれは自分に都合の良い希望であることを、頭の片隅に置いておくこと。
これらは、長続きする平和な関係に、必ず必要なスタンスである気がします。
相手への期待が毒になるのは、その期待を相手に押し付けて、その人を嫌な気持ちにさせた時です。
それから、相手が自分の期待通りの行動を取ってくれなくて、なんだか裏切られたように感じてしまった時です。
こういった時に足りていないのは、ひとえに相手をひとりの人間として尊重する気持ちです。
相手が、自分が思っていたのと違うことをしても、それをごく当然のこととして受け入れること。
その態度を持ち続ける限りは、人への期待というのは、決して悪いものではないはずです。
今回のnoteでは、「人への期待」について改めて考えてみました。
他人に期待することは、それ自体決して悪いことではありません。
期待するからこそ、めんどくささを押し退けて、その人と関係を構築することができます。
(人間関係は、おしなべてめんどくさいものです)
ただし、忘れてはいけないのは、「相手を、意思を持ったひとりの人間として尊重すること」。
これを忘れなければ、相手が自分の期待に応えてくれなくても、悲しくなったり、苛立ってしまったりはしません。
相手をひとりの人間として尊重すると、どれだけ親切な人でも、常に他人の期待に答えるために生きているのではないと分かるからです。
だって、私たち自身からしてそうですよね。
「人に期待するな」というのは、人間関係を希薄にするような言い方で違和感があったのですが、「期待しない」のではなく、「期待した上で、相手への尊重を忘れない」と考えると、すごく納得がいきました。
もちろん考え方は人それぞれですが、私はこれからも相手に期待を抱きつつ、これまで以上に、相手への尊重の気持ちを持ちながら生きていきたいと思います。
読んでくださり、ありがとうございました。
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