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量子的重ね合わせ状態を1回で区別できるならば、その人はユニタリー性を破る存在である。

素朴な実在を扱う古典力学とは異なり、量子力学は実在概念をその中に持たない情報理論です。その理論の主役は、観測者が1回の試行で区別できる背反的な事象に対する確率分布です。「それらの事象は同時には起き得ず、背反的である」と観測者の意識が知覚認識する事象xとその集合Δに対して確率分布p(x)が導入されます。例えばサイコロの目が1であるならば、そのサイコロの目は同時に6にはなれません。このことを踏まえてΔ={1,2,3,4,5,6}として、サイコロの目x∈Δの出現確率をp(x)と数学的に表現できるようになり、そしてその合計確率は(1)式のように1になります。

(1)式

この「排反的な事象」は観測者の認知によって指定をされます。サイコロの目が1であり、同時に6であるとことはないという経験則に基づいて観測者は目が1から6までの事象を区別されると判断をして、その確率分布を考えるのです。区別する能力が観測者になければ、そのような確率分布を導入することはそもそも無理なのです。

ではこれまでの経験から離れて、背反的な事象の集合Δはどのくらい自由に選べるのかを考えてみましょう。もし宇宙のどこかに居る異星人が、我々とは違う知覚認識能力をもっていたら、我々には区別のできない複数の事象を彼らの高い分解能の視覚や知能によって区別できたりするのでしょうか?たとえば「サイコロの目が1でもあり、そして同時に6でもある」という重ね合わせ状態が異星人には存在して、その状態と単に「1である」という状態を1回で区別できたりするでしょうか?

議論を具体的にするために、以下の考察では例として1つの電子のスピン自由度を考えてみます。スピンのz成分が+1の事象を「Z=+1」と表し、またー1の事象を「Z=-1」と表しましょう。z成分を測定をすると必ずこのどちらかを我々は認識します。そして量子力学では(2)式のように、それらの状態を状態ベクトルで表現でき、この2つのベクトルは直交をしています。

(2)式

もしスピンのx成分を測定するのならば、同様にスピンのx成分が+1の事象「X=+1」か、またはー1の事象「X=-1」かのどちらかが観測されます。この2つの事象も、(3)式のようにそれぞれ直交する状態ベクトルで書かれます。

(3)式

もし電子のスピンが古典力学のような実在的存在ならば、x成分がX=+1の値を取り、そして同時にz成分がZ=+1の値を取る状態も存在すべきです。他の組み合わせの状態も存在するはずです。そしてそれらを観測者は排反的に認知できるはずです。その場合は形式上(4)式のように4つの異なる排反的な事象の状態ベクトルを、観測者は設定をすることでしょう。この4つのベクトルは直交しなくてはいけません。

(4)式

しかしベル不等式の破れが実験的に確立した現在、実際にはそのような排反的な事象の集合Δを考えることはもう許されません。

もし異星人たちが地球に来訪をしても、量子力学の法則に従っている存在ならば、やはり(4)式の4つの排反的な事象を彼らが認知することはありません。

では異星人が、スピンx成分が+1の状態とスピンz成分が+1の状態を、唯1回のチェック(実験)により100%の成功確率で区別できるとしたらどうでしょう?彼らにとっての背反的な事象として(5)式の4つを考えることができます。

(5)式

量子力学に従っている我々には、この(5)式の4つの事象を背反的とすることはできません。1回の試行だけではスピンx成分が+1の状態とスピンz成分が+1の状態を区別できないのです。区別するには無限回の実験の繰り返しが必要となります。もしその区別をただ1回の実験だけで可能にする異星人が居れば、量子力学のユニタリー性を破っている存在だということが、以下のように分かります。

異星人の認知に対して量子力学を仮定をしながら計算をして、それから矛盾を示します。スピンx成分が+1の状態とー1の状態は(6)式のようにスピンz成分が+1とー1の状態の量子的な線形重ね合わせです。

(6)式

ですからそれぞれの状態ベクトルの内積を計算すると、(7)式のように零にはなっておらず、直交していません。

(7)式

ではここで(5)式の4つの状態を1回の試行で区別できる異星人の脳の記憶領域の状態の存在を要請してみます。測定前のその記憶領域は、ある初期状態|0>にあります。そしてその状態ベクトルは(8)式の規格化条件を満たします。

(8)式

スピンx成分が+1の状態だと異星人が認識する過程では、測定後にそれを認識した異星人の記憶領域の状態は|0>から|→>に変化するとします。同様にスピンx成分がー1の状態では|←>、スピンz成分が+1の状態では|↑>、スピンz成分がー1の状態では|↓>になるとします。4つのこれらの状態にある記憶領域ははっきりと区別できる必要があるので、それらは(9)式の直交性をそれぞれが満たす必要があります。

(9)式

しかし(7)式、(8)式、(9)式の3つを仮定すると、この異星人にとっての(5)式の4つの排反的な事象を異星人が認識する過程を表すユニタリー演算子は存在しないことが数学的に証明できてしまいます。まずそのようなユニタリー演算子がならば、

(10)式

という4つの関係式が要求されます。そして演算子に対して、ユニタリー性と(7)式、(8)式から

(11)式

という関係が成り立ちます。この左辺の量は零ではないという結果です。ところが(11)式の左辺の量は(9)式と、(10)式の1番目と3番目の式を使うと

(12)式

とも計算できて、同じ左辺の量は零であることになり、矛盾が生じるのです。従って(10)式の条件を満たすユニタリー演算子が存在しないことが示されました。ですから、もし量子的な重ね合わせ状態にただ1回の試行をして100%の成功確率で区別できてしまう異星人がいたら、その異星人は量子力学のユニタリー性を破る存在であると言えるのです。

量子力学でも、その確率分布の引数である互いに排反的な事象は、観測者の意識が本来設定するものですが、シュレディンガーの猫の状態のような量子重ね合わせ状態を1回のチェックだけで区別できる観測者は存在しないのです。この結論は、今後いくら量子コンピュータや量子AIの技術が進んでも、量子力学が正しい限りにおいて変わりません。

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