幸せになるふしぎな言葉 〜なむみょうほうれんげきょう〜
彼女との初めてのデートには古民家を改装したカジュアルフレンチを選んだ。
下駄屋だったというタイル張りの小さな店舗は、中に入ると一階と二階が吹き抜けになっている。もとの建材のシャビーさと陰影を活かして仕上げた内装。ドライフラワー、観葉植物、ビンテージ雑貨。スタッフは美男美女。寂れた商店街の中にあるから平日なら予約しなくても入れて、2000円でコーヒーとデザートつきのランチセットが食べられる。
窓辺の席に座って、淡い色のジャケットを脱いだ彼女は歳より幼く見える。栗色のセミロングをひとつくくりにすると、形のいい額がよく見える。
「美味しそうですね」
「うん!」
ブロッコリーのポタージュ、レタスと青大根と豆苗のサラダ、白いソースがかかった豚のグリルには菜の花とミントの葉があしらわれ、ケイパーの風味がいいアクセントになっている。
私「それで今日はなんの話がしたかったの?恋バナ?」
🌷「アゲさんが嫌じゃなかったら宗教の話していいですか?」
私「もちろん!私、宗教の話大好き!えっと、親御さんが装花学会員で、詩織さん自身も装花学会員?反抗とか葛藤とかはなかったの?」
🌷「反抗した時期もありました。でもだんだんしっくりくるようになったというか。父は貧乏な家に生まれて高卒で頑張って働いて、家を2軒建てて私たち三人兄弟だけど兄も姉も私立の4年制に行かせてもらいましたし、私も美容の専門学校に行かせてもらって。何不自由なく育ててもらって、それは父の努力もあるけどお題目のお陰だし、私自身お題目を唱えるとすごく幸せな気持ちになるんです」
私「なんみょうほうれんげきょう?」
🌷「そう、南無妙法蓮華経」
私「でっかい仏壇があって掛け軸みたいなのを拝むんだっけ?」
🌷「よく知ってますね。でも大きい仏壇じゃないといけないってこともなくて、小さい仏壇もあります。御本尊、南無妙法蓮華経の掛け軸は文字曼荼羅といって、日蓮大聖人という方が書いたものの写しなんですけど、私達は仏壇とか御本尊を拝んでいるわけではないのです。南無妙法蓮華経っていうのは私の名前なんです」
私 「ん??」
🌷「うふ、難しいですよね?えっとなんて言ったらいいのかな?南無妙法蓮華経は私だけじゃなく、アゲさんの名前でもあるんです。誰のなかにもいい面があって、お題目をあげているとそのいい面が出てくるんです。幸せな気持ちになって、体が暖まって、自然に笑顔になる。元気になるんです。人間だけじゃありません。宇宙のすべての物質には仏の心がやどっているんです」
私「宇宙のすべての物質!原子にも?」
🌷「そう、原子にも仏性がある。お題目を唱えたら願い事が叶うっていうのは、単純に願った通りになるってことじゃなくて、一心に信心しながらお題目を唱えることで私が仏の心で人と向き合うと、私の周りの人、同僚とかお客さんの態度も変わる。地上が極楽になる。それって革命ですよね!?」
私「そう考えると、世界が違って見えてくる!素敵な教えだね!なるほどそれで人間革命かぁ」
🌷「そうなんです!ご存知のように学会は日錬正宗の信徒団体として設立されました。今は坊主が破門とかゆってるんですけど」
私「知ってる!日錬宗の御本尊は阿弥陀如来で、日錬正宗の御本尊は日蓮聖人で、装花学会の御本尊は日蓮聖人とい」
🌷「日錬宗?そんなのあるんですか?知らないです」
私「私、宗教好きで…実家が…ちょっとなんか唯物論だったから、いろんな宗教の人と話してみたいんだよね☆」
🌷「私は宗教は創価学会にしか興味ないです。お寺とか神社は建物とか彫刻とか芸術作品としては見ることはありますけど、信仰の対象じゃないですね」
私「神社に入るとき鳥居通ったらダメなんだっけ?」
🌷「昔はそうだったみたいですね。いまは普通に鳥居のところから入ります」
私「なるほど〜世俗化の流れなんだね」
🌷「いまはだいぶ緩くなったみたいです。
特に家の親は他宗のひとと結婚してもいいよって」
私「理解のある素敵なご両親だね」
🌷「はい、私お父さんみたいな人と結婚したいんです」
そのあと、彼女が病気になったときお題目を心のなかで唱え続けたら治った話とか、師匠が死んだときに一週間ぐらい泣き暮らしたこととか、師匠は博士号いっぱいとってて偉大っていう話とか、政教分離してないじゃんとか言う人いるけど地民党と倒立教会よりぜんぜん政教分離してるしその証拠に新聞だって別だしとか、ていうか立件とか強酸も絶対不正してる光明党ぐらい清廉な党はないとか、デザートのフルーツタルトとコーヒーを楽しみつつ、その後サイゼリアに移動してドリンクバーで粘って5時間ぐらい聞いた。
装花学会の初代と二代目の会長が戦時中に治安維持法違反容疑で投獄された話は胸を打つものがあったし、全ての物質に仏性があって現世を極楽にしたいっていう教えはとても素敵だと思った。
「信心の足りない人は現世でも生まれ変わっても不遇」っていう教えは好きじゃないので私は装花学会に入ることはないけど、お題目が彼女にとってとても大事なものなのだということはよくわかった。
彼女の綺麗な目と両親と学会の話をするときの幸せそうな表情がとても尊いものに思われた。私はいつまで彼女と同じ目をしてたんだろう?世界は善と悪に分かれていて、自分は善の側に立っていたころ、私は幸せだったのか不幸せだったのか、戻りたいのか戻りたくないのか、もうよくわからない。
「今日はありがと」
「こっちこそ、いっぱい話しきいてもらっちゃって。こんどはカフェめぐりしたいです。」
うん、またね
池のほとりの柳の新芽の鮮やかな緑が春風に揺れていた。
えっいいんですか!?お菓子とか買います!!