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人間の底知れなさとは? 映画化も話題になったデイヴィッド ・グラン 『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』(倉田真木訳)

2023年11月26日、デイヴィッド ・グラン 『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』(倉田真木訳)を課題書とする読書会に参加しました。

この本は、1920年代に実際に起きた連続殺人事件を主題として、著者デイヴィッド ・グランが徹底的な調査に基づいて記したノンフィクションである。2017年にアメリカで刊行されるやいなや〈ニューヨーク・タイムズ〉のベストセラーランキングにランクインし、アメリカ探偵作家クラブ(MWA賞)の犯罪実話賞に輝いた。
さらに、レオナルド・ディカプリオとマーティン・スコセッシによる黄金コンビで映画化され、ロバート・デ・ニーロなどの実力派俳優が出演して話題を呼んだことも記憶に新しい。

あらすじ

1921年5月、アメリカ先住民オセージ族が「花殺しの月の頃」と呼ぶ時季に、オクラホマ州でオセージ族のアナ・ブラウンとチャールズ・ホワイトホーンの死体が立て続けに発見された。潤沢な石油から生まれる金で、裕福な暮らしを謳歌していた住民のあいだに衝撃が走った。

アナの妹であるモリーは保安官による迅速な捜査を期待するが、法執行官たちは先住民の女であるモリーの言うことにはろくに耳を貸そうとせず、犯人はいっこうに見つかる気配がない。夫のアーネストとアーネストのおじであるヘイルを支えとして、モリーは遺された妹のリタと母のリジーを守ろうと奮闘するが、リジーも不審な死を遂げる。そしてここから、オセージ族やオセージ族の権利を守ろうとした者が、次々に命を奪われていった。

一方、1908年にローズベルト大統領によって設立された捜査局に、1924年、ジョン・エドガー・フーヴァーが29歳という若さで局長に就任した。
捜査局の権限を全米に広げて、自らの権力を盤石にしようと目論んでいたフーヴァーは、未解決事件として棚上げされていたオセージ族連続殺人事件に着目する。実直な昔かたぎの法執行官トム・ホワイトに捜査を命じ、オクラホマへ派遣する。

感想(※ネタバレ含む)

★ここからは「ネタバレ」要素が含まれるので、ご了承ください。

事件の真相は、石油で裕福になったオセージ族の金を手に入れるために白人が計画した策略であり、白人の有色人種に対する差別意識が根幹にある。

だがこの本の興味深さは、単に「人種差別はひどい、許せない!」という感想を抱くだけに留まらず、人間の邪悪さや卑小さ、底知れなさについて考えさせられるところにある。

アメリカには〈セルフメイドマン〉(self-made man)という理想像がある。アメリカ大陸を開拓した時代には、自らの力だけで成功を手に入れる、独立独歩の人間があるべき姿とされた。

事件の黒幕となる犯人は、文字どおり牛を追っていたカウボーイから身を起こし、必死に働いて富と地位を築いた、まさに〈セルフメイドマン〉である。単なる金持ちの成りあがりではなく、一流の紳士としてふるまい、オセージ族が金を手に入れる前からオセージ族を支援し、さまざまな寄付を行って尊敬を集めてきた。オセージ族に宛てた手紙では、こう綴っている。

オセージ族はわたしの生涯最良の友人であり……これからもずっとわたしはオセージ族の真の友です

かつて真正直に働き、先住民の生活の向上のために力を尽くした者が、なぜこんな凶行に及んだのか? 
この言葉はまったく心にもない嘘だったのか? あるいは、オセージ族が石油マネーを手にして裕福になると心変わりしたのか? 
人間はもともと邪悪な存在なのか? それとも、欲がからむと、どんな高潔な人間でも邪悪になるのだろうか?

手紙に書いた気持ちはまったくの嘘ではなかったのかもしれない。犯人はオセージ族を愛していたのだろう。カウボーイが牛を愛するのと同じように。
しかし、オセージ族が自分よりも金を手にすることは許し難かった。いや、家畜と同じような存在だったのならば、愛しながらも金のために殺害するのは当たり前のことだったのかもしれない。「一等級だ」「なんて美しい」と言いながら牛や豚を殺すのと同じように。

なお、犯人を〈黒幕〉と表現したが、この言い方が正しいのかどうかについても、本を最後まで読むとわからなくなる。
ほんとうに〈黒幕〉が〈黒幕〉だったのか?
〈黒幕〉はひとりだったのか? 複数だったのか? 
当時の白人社会すべてが〈黒幕〉だったのではないだろうか。

黒幕に協力したアーネストの底知れない禍々しさも胸に重くのしかかる。アナとリジーの殺害に続いて、義理の妹のリタ夫婦のみならず、自分の妻のモリーと娘と息子もまとめて殺す計画に加担していたのだ。

なにより恐ろしいのは、逮捕されて刑務所に入り、出所してしばらくするとオクラホマに戻りたいと申請し、自分が殺そうとした息子に会っていることである。息子もかつて父親に殺されそうになったことを知っているというのに。そして最期は自分の遺灰をオセージの丘に巻いてほしいと息子に頼む。

映画では、主役のディカプリオがアーネストを演じている。観た人の感想によると、なにも考えていない空虚な人間を見事に演じていたらしい。最初に本を読んだときは、ディカプリオが捜査官のトム・ホワイトをヒーローとして演じるのかと思ったが、アーネストに焦点を当てた方が何倍もおもしろいだろう。

そう、まだ映画を観ることができていないので、年末年始にまだ上映している映画館があれば観に行きたいのだが……。
正直、3時間26分ってちょっと長すぎやろ~『RRR』ですら、3時間2分だったのにと思っていたが、読書会の参加者によると「まったく長さを感じなかった」という意見が圧倒的に多かった。

さらに読書会で聞いた話によると、「お餅を食べるとトイレに行きたくなくなる」とのことなので、お餅を食べて準備万端にして臨みたいと思う。
(外でお餅を食べられるところはどこだろう? 奈良公園の中谷堂とか?)

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