落語の話

テキスト落語「笠碁」

 「囲碁将棋に凝ると親の死に目に会えない」なんて事を申します。
 それほど囲碁や将棋というのは、覚えれば覚えるほど面白くなるんですね。
 私は向いていないのか、結局どちらも覚えず終いでしたが、好きな人に聞くと碁会所に行って、朝から晩まで飽きもしないで囲碁を打つんだそうですね。

 じゃぁ、碁会所に来る人がみんな上手な人かというとそうでもない。
 中にはよく分かりもしないのに、割入ってくる人もいましてね。
 人が打ってるのを後ろから覗き込んで、
「この白の石はどちらのですか?」
「白は私の石ですよ」
「え、あなたの? 嘘ですよ。この碁会所の石でしょうよ」
なんて邪魔をする。

「石は碁会所のだけれど、今やってるこの時は私の石ですよ!」
「へぇ、そうですか。じゃぁ、白があなた? じゃぁ、あなたもう負けてますよ」
「良くも分からないで何言ってんです。今は私が優勢なんですよ」
「いやだってあなた、ここに黒の石が四つ並んじゃってるじゃないですか。これじゃどちらを止めても負けでしょう……、あら? こっちは随分沢山並んでますね……。ははーん、五並べじゃなくて本碁ですな」
なんて、そんな頓珍漢なやり取りもあるようで。


「お、この一手ちょいと待ってくれないかな」
 美濃屋と大旦那、いつもの様に大旦那の店の奥で、碁を打っております。
 どちらも碁の腕はからっきし。下手の横好きというやつで、今も大旦那が『待った』を申し出る。

「今日は『待ったなし』でやろうと、あなたから言い出したんですよ」
「うん確かに言った。だけどさ、この一手だけ待っとくれよ。後は言わないからさ。その代わり、あなたの番には私も一手待つ、それでいいだろ?」
「いけませんよ、こっちは折角いい形なんだから」
「ダメ? ……そう、いや、いいの。どうでも待ってくれってんじゃない。待ってもらえたらてぇ話なんだ」
 煙管に葉っぱを詰めてひと口吸い込むと、鼻から煙を出しながらじっと碁盤を眺めます。

「あぁ、うっかりしちゃったなぁ。いいトコ打たれちゃった。しかし、この石が死んじゃうのはもったいないなぁ。何かいい手はなかったかなぁ……」
 なんて、ブツブツ言いながら煙管をふかしながら、上目遣いに美濃屋を見る。
「なぁ、いいだろ? この一手だけ待ちなよ、後は言わないから。」
 美濃屋も、自分にいい形だから、首を縦に振らない。

「 ダメ?……あぁ、そう。はいはい分かりました。そっちがどうしても待たないと言うなら、私だって言いたかない事も言わなきゃならない」
「言いなさいよ何でも。遠慮しないで」
「それじゃ言うけどね、一昨年の暮れの二十九日、あんた、私のところになんて言ってきた?
 急にどうしても二百円の金が要る。銀行で下ろそうにも倅が商用で大阪に印鑑を持って行ってしまって下ろすことも出来ない。
 誠に申し訳ないが、一つ御用立て願いたい。その代わり、倅が戻る七草には間違いなくお返しますと、あなた、そう言ったね」

 イキナリ昔の話を持ち出されてカチンとくる美濃屋、
「あれはちゃんと返したでしょうよ」と言い返す。
「そりゃそうだ、返してくれなきゃ困るよ。けどその先があったろ。
 年が変わって元日の、午前中は私があなたのところに年始に行く、午後はあなたが私のウチに来る、毎年の吉例だ。
 ところが私が行ったら、あなたがいなかった。おばあさんがすぐ帰ってきますからお待ちくださいと言うから待っていたが、いつまで経っても帰ってくる様子もない。
 じゃぁ、帰ってきたらウチに来るように言ってくださいと言って、帰って待ったが、あなた元日に来ない。二日に来るのかと待ったが来ない。
三日も来ない、四日も来ない。五日六日でとうとう七草だ。
 今日は来るだろうと待っていたら、あなた、夜中になってウチの敷居をぼんやり跨いだ。
 どうしたんだい。体でも壊したかと心配したじゃないかと言ったら、あなたなんて言った?
 実はお宅の敷居が高くて上がりにくい。
 というのも、お借り申したお金、七草までにお返しする約束でしたが、倅が商売の都合でどうしても十五日でなければ帰ってこられない。
 誠に申し訳ないが、十五日までお待ちを願いたいと、こう言ったね。
 そん時、私はなんて言った?
 何を言ってるんだ、あなたと私は子供の時分からの友達。お互いの気心も分かっているんだし、あれはどうせ私の小袋銭。なに、心配することはありませんよ。十五日だろうが三十日だろうが待つから気にするなと、私はそう言ったろ?
 それを思えば、この一手くらい待てないって事ぁないでしょうよ!」

「変な話になりましたね。でもあなたね、お金はお金、碁は碁じゃないか」
「碁は碁てぇ訳に行くものか、自分だけ勝てばいいってものじゃないんだよ。
 こういうものは勝ったり負けたりするから面白いんじゃないか。だからね、待ちなさい」
「いや、その話を持ち出す前なら待てましたが、こうなっては決して待てません」
「あなたも随分強…」
「ええ強情ですよ。子供の時分から強情で通ってますから」

 そう美濃屋に突っぱねられて、大旦那も後に引けなくなる。
「あぁ、そう。あぁ分かった、分かりましたよ。ここは私のウチでこの碁盤は私のだ。ここで囲碁なんぞするからケンカになるんだから、やめましょう」と、碁盤の上の石をグチャグチャにかき混ぜてしまった。
「あぁっ! 何も壊しちまうことはないでしょう。あなたも随分ワガマ…」
「ええ、ワガママですよ。子供の時分からワガママで通ってるんだ」
と返します。

「そうですか、そういう方とお付き合いは出来ない。じゃぁ、私は帰ろう」
「帰る? 帰れとも言わないのに帰るのかい。あぁ、そうかい。
 帰れ帰れ、ヘボ」
「ヘボ!? ヘボはあなたじゃないか! 三度に一度は負けてやらなきゃ、張り合いもつくまいと思うから、こっちはわざと負けてんだ。それも知らないで勝ったつもりになって……。なんだこのザル!」
「ザルぅ!?」
「あぁ、あんたのは隙間だらけのザル碁じゃないか!」
「何言ってやがんだ大ヘボ!」
「うるさい大ザル!」
「金輪際、あなたとは碁は打たない!」
「あぁ、私も助かる! 忙しい中出てこなくて済む。二度と小僧さんを迎えに寄こすな!」
「誰が迎えになぞやるものか、帰れ!」
「おぉ、帰ぇる!」


 孫の二、三人もあろうかという大店のご隠居二人が、たった一目の事で大喧嘩。
 一日二日は孫を連れて、上野に行こう浅草に行こうなんてしてれば気も紛れますが、折り悪く三、四日雨でも降り続こうもんなら、だんだんと退屈をしてしまいます。

「碁敵は憎さも憎し懐かしし」
 なんてのは、実に上手いことを言うもので。

「まったく、よく降る雨だな。こんなに降る事ぁないだろうに。おばあさん、お茶入れとくれ」と美濃屋。
「あなた、朝からお茶ばかり飲んでるじゃありませんか」
「いいじゃないか、お茶くらい好きなだけ飲んだって。グズグズ言う事ぁないよ。大体その猫を膝から下ろしたらどうだい! 猫ばかり抱いて。
この猫ババア!」
 などと、ご内儀に憎まれ口を叩いて、ため息を吐きます。

「あー、こんな時に碁でも打ってられりゃなぁ……。 
 あいつとケンカなんぞするんじゃなかった。だけど、あんな古い話を持ち出されたんじゃ、意地でも待てるものか。まぁ、待ったって負けやしないけれど、あんな言い草されて……。
 あいつ、何してやがるのかなぁ。向こうだって退屈してるだろうに。
 小僧を迎えに寄こすがいいじゃないかなぁ……。」
 と、ここで小僧さんを迎えに寄こすなと言ったのを思い出し、
「あんなタンカ切るんじゃなかったなぁ」と後悔します。

「何してるだろうあいつ。
 こう雨が降り続くと冷え込むし、あいつは持病持ちだから寝込んじゃいないかな。もし、寝込んだりしてると可哀想だ……。
 見舞いにでも言ってやろうかしら。
 でもなぁ、あんなケンカして、こっちから行くのも悔しいしなぁ」

 そこで、ふっと妙案が浮かびます。
「そうだ、店の前通ってみようかな。大概あいつは店に座ってんだ。こっちの姿見りゃ黙っちゃいられないだろう。
 『どこ行くんだい?』位のことぁ言うだろう。『うん、ちょいとそこまで』
と答えたら『じゃぁ、帰りに寄んなよ』なんて言うに違いない」
 思い立ったが吉日、よし、行ってみようと、おばあさんに向かって出かけるよと言って立ち上がります。

「下駄出てるかい? あ、それとお前さんの傘貸しとくれよ」
「ダメですよ」
「 何で?」
「アタシも買い物に出ますから」
「じゃぁ、もう一本コウモリあったろ」
「あれは、倅が店に持って行ってそれっきりですよ」
「なんだい、傘くらい何本か用意しとけばいいじゃないか」
 文句を言いながら外を除いて、
「大した雨じゃないが、傘がないと濡れちまうしなぁ」
と独りごちる。

「なぁ、傘貸してくれよ、すぐ帰ってくるから」
「私もすぐに出るんですよ」
「それじゃぁ何かい? お前、私に濡れてけって言うのかい」
「濡れていけとは言ってませんよ、傘を持って行ってはいけないって言ってるんです」
「同じことじゃないか、いいよ、借りないよ」
 そう言って、玄関を見回すと、富士山に行った時の頭傘(かぶりがさ)を見つけます。
「いいのがあった。これをこうして……」
 頭傘を頭に乗っけて、顎紐を結わえると着物の袖を握って体に巻きつけるようにする。

「おばあさん、ちょいと出かけてくるよ」
「お止しなさいよ、そんな妙ちくりんな格好をして。どちらへ?」
「なに、ちょいとあいつの店の前まで」
「およしなさい、またケンカになるから」
「大丈夫だよ。あいつの店に行くんじゃない、前を通るだけだ」
 そう言って、ご内儀が止めるのも聞かないで家を出ると、案山子みたいな格好のまま通りへ向かいます。

「けどなぁ、あいつが店に居りゃいいが、居なかったら無駄足だしな。と言って店ん中を覗き込むのは嫌だしな。前を通りながらちょいと見て、すぐ戻しゃバレないかしら。ちょいと見て、こう。ちょいと見て、こう」
 頭傘を頭に乗っけて、顔だけ横を向いたり前を向いたり。怪しい事この上ない美濃屋です。

「定吉、火がないよ火が。
 お客さんがおいでになって、一服すると言ったって火種がないと困るだろう。早く火を持ってきな!
 それに誰だ、今日掃除したのは。長松お前か? 見ろ汚いったら。雑巾は何度も濯いで床を拭かないと、汚れを伸ばすばかりで床が斑になってるじゃないか。不精するんじゃないよ」
 ことらも、長雨ですっかり退屈している大旦那。
丁稚小僧に小言を言っていると、今度は店の中で孫がケンカを始める。
「これ! ケンカをするんじゃない。ほら兄ちゃんが妹のを盗っちゃいけないよ、これ泣くんじゃないよ、うるさいねまったく……。
 おい、お母ちゃん! お母ちゃんはいないのかい? ダメだよ子供を店で遊ばせてちゃ。奥に連れてきな!」
 と言ってるうちに、定吉が火種を持ってくる。

「お前、随分と火を持ってきたな。こんなにはいらないんだよ。
 たばこの火種なんだから、高いところが二つか三つありゃぁいいの。
 灰をかけろ、そんなに掛けるな頭を出せ、頭を出しなさい…お前の頭じゃないよバカ!」

 そんな大旦那を後ろから見て、三人目の孫にお乳をやりながら笑っている、倅の嫁を睨みつける大旦那。
「何だいこの人は、後ろでゲラゲラ笑ってるんじゃないよ。
 早く奥に子供を連れて行きなさい。それに何だいみっともない、おっぱいを放り出して店先に出るんじゃありませんよ」

 ハイハイと子供達を連れて、奥に引っ込む嫁の背中を見上がら、
「大きなおっぱいだよ全く。それに気が利かない。俺の女房ならとっくの昔に離縁をしてるが、倅のだから我慢をしてるんだ」
などと、一人でブツブツ。

「それにしてもよく降る雨だなぁ。こんなに降らなくったっていいだろうに」
 そんな大旦那の様子に番頭さん、
「お退屈でございましょう。碁会所へお遊びに行かれてはいかがです」
と言う。すると大旦那、
「はっ、ダメさあんなトコ。相手がいないよ」と言う。
「相手が弱すぎてですか?」
「ふん、御冗談を……、強すぎるんだよ。こっちは何十目と負けちまうんだ。
 ああいうのは、一目半目を争うから面白いんだからね。何十目も負けちゃつまらない。
 大体この頃の若い奴は、本なぞ読んで勉強していやがるんだ、勝てるものかい」そう言いながらタバコの煙をぷかーっと吐き出す。

 そこで、番頭が気をきかせて、
「美濃屋さんへ、小僧を迎えにやらせましょうか」
と言うと、大旦那ニヤリと顔を緩ませるが、ハッと気づいて不機嫌になる。
「知ってるだろ、大喧嘩したの。
 そういやケンカの最中にお前さんが顔を出して、これは有難い、仲裁してもらおうと、私が目配せしたらお前さん『ん?』なんて気づきもしかったね」
 とんだ藪蛇。番頭さん話を誤魔化そうと、
「美濃屋さんはお強いんですか」などと聞いてしまう。

「負けないよ、あんなやつになんぞに。あの石が死んじまうのがもったいないから、待ってもらえたらというやつだ。それをあいつぁ……。
 だけどいいんだよあんな事は。こっちは何とも思っちゃいないんだから。
 だから黙って来ればいいのに、強情なんだあの男は。子供の時分からずっとそうだ。変わらないんだよ」
 と、煙管をふかして、
「こんなに雨が降ってるってのに、何をしてんだか……」
なんて言いながら、表に目をやります。

 すると、店を挟んで反対側の道を歩く、美濃屋の姿が目に入る。
 途端に大旦那、今までの仏頂面がパッと晴れます。
「来た来た、とうとう出て来ましたよ。私が我慢できないくらいなんだから、あいつに我慢出来るわけがないんだ」
 嬉しそうに番頭さんにそう言うと、奥に向かって、
「おーい! 盤を出しなさいよ、いつもの部屋。それとね、羊羹も切っておきなさい。あいつは甘い物が好きなんだから」と声をかけます。
「へへ、来てくれりゃぁいいんだよ。……あら?」
 そこで大旦那、美濃屋の格好に気づき、
「変な格好してきたよ、頭傘被ってやがる。んん? 何をしてやがるんだ。
 へへ、決まりが悪いもんだから向こうっかわ歩いてやがら。
 いつもの様にスっと入ぇって来りゃいいのに何してんだ、バカだねぇ」

 独り言を言いながら、大旦那が店の中から見ていると、美濃屋が店の向かいに差し掛かる。
「なんだい、首を振りながら歩いてるよ。何をしてやがんだスっと入ぇりゃいいじゃねえか……」
 大旦那が待ち構えている店の前を通り過ぎて、美濃屋、首を振りながら行ってしまいます。

「……言っちゃったよ向こうに。ウチに来たんじゃないのかな」
「碁会所へ向かってるんじぁありませんか」と番頭さん。
「碁会所? 碁会所なんか行って打てる碁じゃないよ、あいつは。
 私としか打てない碁だ、遊びに行くトコなんぞあるものか」
とムキになって返す大旦那。

 すると、一度は通り過ぎた店の前を美濃屋、今度は向こうから引き返してくる。
「あ、戻ってきた。へへ、今度は『こんちわ』位の事は言うよ、私がここにいるの分かってんだから」
「大旦那さまが居るのに気が付いていないんじゃありませんかね」
「気が付いてない事ぁないよ。あんなに首振りながら歩いてんだから……。
 また向こう歩いていやがる。忙しいフリをしたってダメだよ。お互い隠居で暇なのは分かってんだから……」
 なんてブツブツ言いながら眺めていると、美濃屋またもお店の前を通り過ぎていく。

「おい、帰っちゃったよ……。嫌な奴だな!
 ここまで来て帰る事ぁないじゃないか、私がここにいるのを分かってるんだから。あいつが、そういう男だってんなら私だって付き合いを考えるよ!」と、大旦那が身を乗り出すと、道の向こうに頭傘の男が立っている。

「へへへ、いたよ番頭さん。帰ったんじゃないよ、向こうのポストの脇に立ってやがる。あれじゃ、どっちがポストだか分かりゃしないね。
 どうせ入りづらくて悩んでるんだろうから…、よし! こっちから入りやすくしてやろう」と大旦那、奥に向かって、
「おーい! 盤をこっちに持ってきとくれ」
と言って、小僧が盤と石を持ってくると自分の前に置かせる。
 そして石を手に取ると、盤にパチンといい音をさせて打ち始めます。

「この音を聞けばあいつは店に入ってくるよ」
「入ってきますか?」と番頭さん。
「あぁ、入ってきますよ、まぁ見ていなさい」
 そう言って大旦那、盤の上に石をパチン、パチン。


「驚いたね、巳年の奴は執念深ぇってのは本当だ。まだ、あの事を根に持っていやがる。
 最初に通ったら睨みつけやがって、二度目に通ったら下唇突き出して見やがってバカにしてやがら。
 売るケンカなら買ってやろうかな。あいつなんぞに負けるもんか」
 美濃屋が独りごちていると、店の中から聴き慣れた、パチンパチンと碁を打つ音。
「いいねぇ、あの音を聞くと胸がスっとするね。盤が良いんだね。石の方も膨らみがあってね。盤石が良いと二目三目腕が上がるてぇが、本当だね」
と、そこで美濃屋はたと気づく。

「あれ? 誰と打っていやがるんだ? 相手がいるのかな、相手がいるとなると穏やかじゃねえな」
 焦った美濃屋、今度は店の真ん前を首をふりふり通りすぎ、中の様子を伺おうとする。そんな様子が大旦那からも見えている。

「ほら、出て来た出てきた、この盤を見て素通りをする事はないでしょう……あれ、行っちまうのか?
 バカだな、行ったり来たり店の前ウロウロしやがって……やい、ヘボ!」

 大旦那の声に美濃屋が、
「お、今ヘボと言ったな!」と返す。
「ヘボだろ。待ってくれが待てない位だ。ヘボだろうヘボ」
「待ってくれをいう方が余程ヘボだ。なんだこのザル」
「大ヘボ」「大ザル」
 すると大旦那、盤の上の石を片付ける。

「ここに盤が出てるんだ。ヘボだかザルだか一番やるか!」
「よし、受けた!」
と、途端に二人とも盤を挟んで笑顔になる。

「へっへへ、ヘボでもザルでも構わない、この町内にあなたと私、子供の時分から残ってる友達はもう、二人っきりだ」と大旦那。
「だからさ、仲良くやりましょうよ。……あれ? 盤の上に雫が落ちてくるな」
 雨漏りかなと屋根を見上げるが、雨の持ってる様子がない。
 おかしいなと、盤の上の水を拭いて、始めようとするとまた雫が垂れてくる。
 と、ここで大旦那、やっと雫の正体に気がつきます。

「おい、まだ頭傘取らねえじゃないか」

おわり

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ぷらすです。

今回のテキスト落語は、ぶんちゃんにリクエストを頂いた『笠碁』(かさご)です。
元々は上方の古典落語だったのを、東京でも演じるようになった噺だそうで、隠居した大店の主人が二人が、大好きな囲碁がキッカケで大喧嘩になり、仲直りするまでの物語ですね。
仲直りしたくて仕方ないのに、お互い意地を張る姿が、何とも滑稽で可愛らしい物語です。

この噺は、本来はそれぞれの一人語り(独り言)で構成されていて、プラス、視線の動きや表情、コミカルな動きで二人の心情を表すのが真骨頂のネタなので、テキスト化すると魅力半減なんですが、セリフを削ったり、一人語りを解体してセリフを他の人にも割り振ったりしながら、何とか内容が通じる位にはなったんじゃないかと思います。

「笠碁」の名手というと、八代目 三笑亭可楽 と、五代目 柳家小さん(永谷園の人)らしく、このテキストも小さん師匠の型を元に書きおこしてるんですが、個人的には、 十代目 金原亭馬生師匠のバージョンが好きですねー。

ではではー(´∀`)ノシ

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