落語の話

「テキスト落語」寿限無

「こんちわー、ご隠居いますかーい」
「はいはい、おや、誰かと思ったら熊さんじゃないか。まぁお上がりお上がり」
「どうも、ご隠居。今日はね、ちょいとお願いがあって来やして」
「ほう、 お前さんがアタシに頼みなんて珍しいね。なんだい?」

 ご隠居が聞きますと、熊さん珍しく神妙な顔で言います。
「他じゃねぇんですがね、実はウチの長屋にオメデタがありやして」
「おや! オメデタ。ほう、どういうオメデタ?」
「お子さんがお生まれになったんですよ」
「おや、そうかい。どちらのお宅だい」
「へぇ、アッシんところなんです」

 これには、ご隠居も呆れ顔。
「……何だよ自分のところかい。自分のところに子供が生まれて『お子さんがお生まれになって』なんて言い方があるかい。
 しかしまぁ、オメデタイこったね。そうかい、そういやこの間合ったが、お前んトコのおカミさん、溢れそうなお腹してたっけ。そろそろかなぁと思っていたが生まれたんだね。良かったじゃないか、おめでとう」
「へぇ、ありがとーございやす。実は今日が『初七日』でね」
「え、……あぁ、そう、こりゃぁ失礼した。そんな事とは知らずに『おめでとう』と言っちまった。じゃぁ、お生まれになってすぐに、お亡くなりになっちまったのかい?」

 神妙な顔でご隠居が言うと、突然熊さんが怒り出します。
「冗談言っちゃいけねえや! ピンピンしてますよ!」
「え? だって今、初七日って言ったろ?」
「生まれて今日が七日目」
「……そりゃ『お七夜』てぇんだよ。初七日ってヤツがあるかい、縁起でもない」

 そんなご隠居の小言も熊さんは、
「あーそれそれ、お七夜だ。確かシチがつくと思ってたんだ。
 それでカカァと話をしてたんです、名前を付けなきゃいけないってんでね」
と、どこ吹く風。

「そうだな。お七夜の日には名前を付けるもんだ」
「そんでカカァが、お前さん付けとくれってんですが、アッシは学がねぇし、さてどうしようかと思ってましたら、カカァがね『じゃぁ横丁のご隠居さん、あの人は物知りでお調子者だから、聞けば何でも教えてくれる、アンタ、ウマイこと煽てて頼んできて』と、こう言うんだ。だからね、ウチのガキの名前付けちゃくれやせんか、頼みますよご隠居」

 ご隠居、半目になって熊さんを見ながら、
「……へぇー。さぁ熊さん、ここでアタシの質問だ。お前さんは今、『誰と』話をしてるでしょう」と言うと、熊さんしばし考えて、ハッとします。
「あ、ご隠居だ! カカァも言ってました。当人の前で言っちゃいけねぇって」と照れ笑い。
「でもいいや、あなたは心が広いから」
「ごあいさつだねお前さんは。はっはっは、まぁ腹も立たないがね。
 でも何かい、名前を付けるってことぁ、アタシが赤ちゃんの名付け親になるって事だよ。構わないのかい?」

 もちろんと頷く熊さんに、
「そうかい、じゃぁ喜んで付けさせて貰いましょ。生まれたお子さんは男子(なんし)か女子(にょし)かい? 」と尋ねる。
「……え?」
「いや、生まれたお子さんは、男子か女子か」
「………うん、さぁ、そこだ…、ネェ。『なんし』か『にょし』か。
 そこんところに付いちゃ、アッシもカカァとよく話をしましてね。まぁ、
なんしだのにょしかなんて、そんな人間にはなって貰いたくねぇと思……」
「お前さん意味が分かってないだろう。男の子女の子か聞いてるんだよ」
「あぁー! だったらオスなんです」
「オスってヤツがあるかい。男の子か、うん。お前さんも人の親になったんだ。こういう風に育ってもらいたい、こういう風に成って欲しいなんて願いもあるだろう。どういう名前がいいかな」

 すると熊さん、ご隠居に顔を近づけると、
「長生きするような、めでてぇ名前なら何でもいいんだ。
 いやね、生まれる前ぇは、こうなって欲しいああなって欲しいなんて思いもしましたが、顔見ちまうとどうでもよくなっちまって。へへ、親ってのは妙なモンだね。とにかくまぁ、長生きしてくれりゃぁいいと思ってね。何かそういう名前をお願いしやすよ」
 と言います。それを聞いたご隠居は少し感心したように、
「ほう、長生きするような名前な。それじゃぁどうだろうな。
 昔からよく『鶴は千年、亀は萬年の齢を保つ』なんて事を言う。鶴太郎とか亀吉なんてのはどうだい」と言ってみる。

「お、なるほどねー。うん、結構には違いありませんけどね、『千年』なんてぇと、千年『まで』、万年なら、万年で死ぬって言われてる心持ちがするんでね、他のはありませんかね」
「万年生きりゃ十分だと思うがね……、まぁいいや、お前さんの気持ちも分からないわけじゃぁない。
 じゃぁどうだろう、これはアタシも聞いた話でお経を見して貰ったことがあるわけじゃぁないんだけどね、お寺さんのお経に出てくる言葉で、寿限り無しと書いて『寿限無(じゅげむ)』というのがある。どうだい?」
寿限り無し! そりゃめでてぇね。めでたくて限りが無ぇんだ、毎日ずっと寿なんて結構ですね。他にも何かありますかね?」と熊さん目を輝かせる。

「うん『五劫(ごこう)のすり切り』ってのもあるな」
「え、めでてぇのかいそれ、ゴボウのすりこ木?」
「ゴボウじゃないよ。一劫、二劫と数えて五劫ってんだがね、三千年に一度、天人が天(あま)下ってきて下界の岩をその衣の裾でもってさぁっと撫でる。これを丹念に丹念に岩の方が擦り切れるまで繰り返す。それを『一劫』ってんだ。それが『五劫』ってんだから何億年だか何兆年だか果てしがない。
どうだい、めでたかろう?」
「そりゃいいね。へぇー、そんな話があるとは知らなかった。他にも何かありやすか?」
 感心しきりの熊さんに、ご隠居も悪い気がしません。

「『海砂利水魚 水行末 雲来末  風来末』ってぇのがあるな。
 『海砂利水魚』これは海の砂利、水の魚だ。獲っても獲っても獲り尽くせないという意味が有る。
 『水行末 雲来末 風来末』これは、水の行方、雲の行く末、風の来る末だ。
 これも、巡り巡って果てしがないというので、おめでたい意味合いがある」
「めでてぇのそれ?」
「だってお前、巡り巡って果てしないんだよ」
「あぁーなるほど。確かに」と納得する熊さん。


「こういうのもあるな。人間に生まれてきて何が欠かせないって『衣食住』だろ。それが『食う寝るところに住むところ』
それにね、『やぶらこうじぶらこうじ』なんてのもあるな」
 すると、それまで笑顔の熊さんが急に怒り出します。

「ケッ、いらねえ。今アッシは真面目に名前付けてもらおうって来てるんだよ。ご隠居そんなアッシに皮肉言うこたぁねえやな」
「皮肉もイヤミもいってやしない…」
「言ったよ! 今『破れ障子ボロ障子』っつったよ」
「そうじゃない。『やぶらこうじぶらこうじ』ってんだ。
『ぶらこうじ』は中国の樹の名前でな、この樹は春に若葉を生じ、夏に花を咲かせ、秋になると実を結び、冬になるとその実に赤い色を添えて霜を凌ぐという。一年を通じて丈夫な樹だ。
 お前さんにしてみれば、樹なんてみんなそんなモンだと思うかもしれないが、アタシは当たり前に丈夫でいられるってのが、人として一番ありがたいんじゃないかとそう思うんだが、どうだい」
と、説明するご隠居さんに、
「はあ、なるほどねー。そう言われてみりゃぁ確かにそうかもしれねえねぇ。じゃぁ、それも頂きやしょう」熊さんの機嫌も治ります。

「こういうのも思い出したな。アタシが子供の頃聞いた話だが、昔、外国にね『パイポ』って国があったんだそうだ」
「ウッソでぇ、 そんな名前の国ねぇよぉ」
「いや、本当にあったんだそうだよ。そのパイポという国に『シューリンガン』という王様と『グーリンダイ』というお妃様がいたそうだ。その二人には『ポンポコピー様とポンポコナ様』という二人のお子さんがいらして、この四人が大層なご長命だった――という話を、今思い出した。そのお名前にあやかってみるのも、面白いんじゃないかい」
 しかし、これには熊さんも渋い顔。


「……ご隠居さんねぇ、人の子供だと思うからそう言うんだよ。自分の子供にそんな名前付けるかい? ポンポコピーとポンポコナだよ?
 学校でいじめられんじゃねぇかなぁ。グーリンダイも、ねぇ。
まぁ、強いて付けるならシューリンガンかなぁ」
「いや、同じだと思うがねぇ。
 まぁまぁ、そりゃぁ今思い出したついでの話だ。
 例えば、長く久しい命と書いて『長久命』長く助けると書いて『長助』なんてのも、アタシはいい名前じゃないかと思うがね。
 まだ調べれりゃあいくらも出てくるだろうが、どうするね、調べるかい?」
と言うご隠居に、熊さんは手を振って、
「いや結構、なんてったってお七夜は今日ですからね。今日中に付けてやりてぇ。ただ、覚えきれねぇんでね、ご隠居さん紙に書いちゃ貰えませんか」
と、言います。
 ご隠居がそれまでの名前を紙に書いて渡しますと、

「へぇ、へぇ、どうもありがとーございやす。
 どれどれ、『ジュゲム、ゴコウのスリキリ、カイジャリスイギョ、スイギョオマツ、ウンライマツ、フウライマツ、食う寝るところ住むところ、ヤブラコオジブラコオジ、パイポ、シューリンガン、グーリンダイ、ポンポコピー、ポンポコナァァ、チョウゥキュウゥメイィィ、チョォウゥゥスケェェェ…………チーン。
って、お経だねこれじゃ。とても決めきれねぇや。
ご隠居、これ頂いていきやす。家に帰ぇって、カカァと相談して決めやすから」
「そうかい。それじゃぁ決まったら教えとくれよ」
と、ご隠居さんが言い終わるのも聞かないで、熊さん走って行ってしまいました。

 名前を書いた紙を貰って家に帰った熊さん。おカミさんと話をするけれど、どれもめでたい名前ですから、とても決め切れるものじゃありません。そのうちに考えるのも嫌になり、
「えーいメンドくせー、全部付けちまえ」
てんで、候補に上がった名前をみんな付けちまう。

 ありがたい名前のご利益なのか、この子は病気一つしないでスクスクと育ちます。
 やがて学校に通うようになると、朝、友達が迎えに来る。
「じゅーげむじゅげむ、ごこうのすーりきり、かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ、くうねるところにすむところ、やーぶらこうじのぶらこうじ、パッイポパイポ、パイポの、シューリンガン、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの、ちょうきゅうめいのちょーーすけちゃん、学校行きましょ」

 するとおカミさんが出てきて、
「あらお早うよっちゃん、迎えに来てくれたのかい? それがウチの、
寿限無寿限無五劫のすり切り海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのやぶこうじパイポパイポパイポのシューリンガングーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助は、まだ寝てんのよ。今起こすからちょっと待ってて頂戴ね。
 ほら、いつまで寝てるの。学校が始まっちゃうじゃないのさ。いつまで寝てるんだいこの子はまったくもう! 寿限無寿限無五劫のすり…」
「おばちゃん、学校始まっちゃうから先に行くねー」
なんて事も日常茶飯事。

 そのうちに男の子らしく、ワンパクに育ちましたから、たまにはケンカもします。
 勢い余って、相手の男の子の頭をポコッと殴っちゃって、その子がコブを拵えて家に言いつけに来る。
「うえーーーーん! おばちゃんとこの、じゅげむじぇげむごこうのすりきりかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけちゃんが、アタシの頭ぶって、こんな大きいコブを拵えたよー!」

「え、なんだって金ちゃん、ウチの寿限無寿限無五劫のすり切り海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのやぶこうじパイポパイポパイポのシューリンガングーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助が、金ちゃんの頭にコブを作ったって!?
そうかいゴメンよ。勘弁してねぇ」と謝ると、おカミさん熊さんに向かって、
「ちょっとお前さん聞いたかい? ウチの寿限無寿限無五劫のすり切り海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのやぶこうじパイポパイポパイポのシューリンガングーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助が、金ちゃんの頭にコブを作ったって」
「何! ウチの寿限無寿限無五劫のすり切り海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのやぶこうじパイポパイポの」
「パイポは三回」
「パイポパイポパイポのシューリンガングーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助が金坊の頭にコブを拵えた!?
どれ金ちゃん、おじさんに頭ぁ見せてくれ…………って何だい金ちゃん、コブなんかどこにも無ぇじゃねえか」
「あんまり名前が長いから、コブが引っ込んじゃった」

おわり

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ぷらすです。
お久しぶりの『落語の話』
今回は有名な落語『寿限無』をテキストに書き起こしましたよー。(´∀`)
落語家さんが一番最初に覚えるのが、この『寿限無』って話を聞いたことがあります。登場人物、場面転換が少なくて、殆どずっと二人の掛け合い。
喋り芸の基礎が詰まった話なので、落語入門の教科書的なネタなんでしょうね。
ただ、こうしてテキストにするとせっかくの面白さが半減しちゃいますけども。 ではではー(´∀`)ノシ


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