落語の話

テキスト落語 「初天神」

 子供というものは、赤ん坊の時分は何とも可愛いもので、ちょいとあやしてやってキャッキャと笑ってる顔を見ておりますと、こっちまで幸せな気分になったりするものですね。
 ところが、これがだんだん大きくなって、歩気回るようになり言葉や理屈を覚えるようになる。
すると、一体どこで覚えてくるんだか、言うことを聞かないんで、こっちが叱っても憎ったらしい屁理屈で返してみたり、そうかと思うと、自分の思い通りにならないからと、駄々をこねて泣き喚く。
 たまの休みに家族で何処かに出かけたりしますと、こっちは叱ったり宥めたり、勝手に動き回るのを追いかけたりと大忙しで、元気なのは子供ばかりで親の方は疲れ果ててしまう――なんて事も多くなってまいります。
 まぁそれだって、子供の成長にとっては大事なステップなんでしょうし、たまに甘えてくれば、自分の子供ですからやっぱり可愛らしいと思うものです。
 それに振り返ってみれば、自分たちだって子供の時分は、やっぱり同じように親を困らせていたんでしょうね。
 

「おっかぁ、ちょいと羽織出してくれ」
 長屋住まいの八五郎、縦縞の小紋を着ると女房に声をかけます。
「なんだろねぇこの人は、新しく羽織を拵えたもんだから、用もないのに羽織を着ちゃ、表に出たがってさぁ」と呆れる女房に、
「バカ言ってやがら。用もねぇのに表に出たがる奴があるかい。
 今日は天気もいいからよ、その羽織を羽織ってね、ちょいと天神様へお参りに行ってこようと思ってな」と八五郎。

「あら、天神様? そういえば今日は初天神じゃないか。じゃぁさ、金坊も一緒に連れてってやっておくれよ」
 女房が言うと、それまで機嫌の良かった八五郎の顔が曇ります。
「 金坊は勘弁してもらおうじゃねぇか」
「勘弁してもらおうって、自分の子供じゃないか」
「自分の子だから嫌なんだよぉ。あいつは表に出た途端、アレ買ってくれコレ買ってくれってよ。あいつと表を歩いた日にゃあ、俺ぁまんじりとも出来ねえ。だから早く羽織出してくれ。アイツが帰ってきちまう前に早く出かけるからよ。ほら早く……って、あら、帰ってきちゃったよ」
 ため息まじりの八五郎の前に走ってきたのは、今年六つになる息子。
「お父っあん、ただいまぁ」
 さっさと出かけてしまおうと思っていた矢先に帰ってきた金坊に、針五郎は「鼻が利くねコイツぁ」とひとりごちます。
「え、なぁに?」
「いや、なんでもねぇ。それよりまだ日も高ぇじゃねえか、どっか行って遊んでこい」
「どっか行って遊んで帰ってきたんだよぉ」
「もっとどっか行って遊んでこい」
「だって友達みんなウチに帰っちゃったもん」
「友達がウチに帰ぇったら、お前も帰って遊べ」
「だから、帰ってきたんじゃないかぁ。……あら、お父っあんどうしたの、羽織なんか着ちゃってぇ、どこかへお出かけ?」
 目ざとく羽織姿に気づく金坊に、八五郎なんとか誤魔化そうと、
「おう、今日はこれから怖いおじさんたちの集まる所へ行って、仕事の打ち合わせだ」と渋面を作ります。

「あはは、嘘だよぉ。長い付き合いだものお父っあんの顔色見れば分かるよぉ。」と八五郎の嘘をあっさり見抜く金坊。
「あっ、分かった! 天神様に行くんだろ、今日は初天神だもの。ねぇお父っあん、アタイも連れてとくれよ初天神。ねーったらー」そう言って袖口にすがりつく金坊に「勘のいいガキだねどうも……」と八五郎は一つため息を吐き、開き直ります。

「あぁ、そうだよ、これから初天神に行くんだ。でもオメェは連れてかねえよ。どうせまたアレ買ってくれコレ買ってくれって言うに決まってんだから」「そんな事言わないでさぁ、アレ買ってくれコレ買ってくれって言わないからさぁ、ねぇいいだろぉ」と、甘えた声でねだる金坊。
「ダメだ。ここで約束したって、一歩表に出りゃ必ず言うに決まってんだから」
「ぜったい言わない、男と男の約束だ。だからさ、ねぇ、連れてっておくれよぉ」
「聞いた風なこと言ってやがら。ダメだったらダメ!」
「そんな事言わないでねぇぇ、連れてっておくれよぉ、ねぇ、お母っあんからも頼んでおくれよぉ」

 頑なな八五郎の態度に、お母っあんを味方に付けようとする金坊。
「ちょいとあんた、連れておやりよ」
 そう言ったあと、小声で「やだよ置いてかれちゃ、家ん中でグズられちゃたまんないんだから」と女房。
「ねぇ、連れてっておくれよ」「連れてっておやりよ」「連れてっておくれよ」「連れてってやんなよ」二人がかりの攻撃に、さすがの八五郎も諦めます。
「うるせえなぁ!分かった連れてくよ!」
  ただし、と八五郎。
「いいか金坊、男と男の約束だ。表でアレ買ってくれコレ買ってくれと言ったら、ただじゃおかねえぞ」
「そうだよ金坊、ちゃんとお父っあんの言うこと聞かないと、川ん中へ放っぽりこまれちまうよ」
「ほら聞いたな、じゃぁ行くぞ」

「いいか、また駄々こねやがったら、帯引っつかんで遠慮なく川ん中放っぽりこんじまうからな」
 渋面の八五郎、横を歩く金坊がワガママを言い出さないように、改めて釘を刺します。
「いいよ、アタイ泳げるもん」
「泳げたってダメだ。川にはカッパがいて、お前ぇなんぞ頭からガブりと食われちまうんだから」
 声を低くして、身振り手振りで脅かそうとする八五郎に、金坊は呆顔。
「こないだ先生が言ってたよ。カッパってのは架空の生き物でホントはいないって。そんなのまだ信じてるなんてお父っあんはあどけないね」
「ほんと可愛くないねお前は。ほら、ちゃんと引っ付いて歩け人が多いからよ。迷子になっちゃいけねえ」

 天神様の境内に着くと金坊、目を見開いて辺りを見回します。
「お父っあん、人がいっぱいだね」
「初天神だから当たり前ぇだ。お参り行く人と帰ぇる人の肩と肩がぶつかって、それでごった返ぇすのよ」

「へぇ、ねえお父っあん」
「なんだ」
「人もいっぱい出てるけど、お店もいっぱい出てるね」
「おぉ、そうだな。今日は店がいっぱい出てるな」

「ねぇお父っあん」
「なんだ」
「こんなに店が出てるのにさ、今日のアタイはアレ買ってくれコレ買ってくれって言わないでしょ」
「おぉ、言われてみりゃぁ、今日はアレ買ってくれコレ買ってくれって言わねえな」

「ねぇお父っあん、アタイ今日はいい子だよね」
「そうだな。そうやってオメェがいい子にしてりゃぁ、お父っあん何時だってオメエを連れて歩いてやるんだけどな」
「ねぇお父っあん、アタイいい子だよね」
「そうだないい子だな」

「だからさ、ご褒美に何か買っとくれよ」

 ほらやっぱりと、八五郎はため息を吐きながら、
「……始まりやがったな。今日はそういう事言わねぇって約束で来たんだろ?」
「うー、そんな事言わないでさ、ほら、あそこに団子が売ってるよ。ねぇ団子買っとくれよぉ、団子ぉ」
「男と男の約束だって言ったなぁ、お前ぇだろ」
「だからさ、男と男の約束でアレ買ってくれコレ買ってくれって言わないんだからさぁ、ご褒美に団子一つ買っとくれよぉ。ねぇ一本だけ」

「うるせぇなぁ! 買わねぇったら買わねえんだよ今日は!」
 しつこく食い下がる金坊に、八五郎とうとう声を荒らげます。すると金坊、途端に目の中に涙を一杯に貯めて、
「うぅーー……、団子ぉぉ! 買っとくれよぉおお! だんごぉぉぉぉぉぉ!  だんごぉぉぉ!」と、大声で泣き出し、周囲の人たちの視線が集まります。

「大声で泣くんじゃねぇよ! みんなこっち見て指差して笑ってるじゃねえか、みっともねぇ。分かったよ買ってやる」
 ひっぱたいてやりたい気持ちをグッと堪え八五郎。
 まぁ団子一本くらいならと諦め、だからコイツ連れてくるのは嫌だと言ったんだ……なんて、ブツブツ言いながら団子屋の前に金坊を連れて行きます。

「おぅ、団子屋」
「へい、いらっしゃい」
「何だってテメェ、こんなところに店出しやがったんだ」
 イキナリ文句を言われ驚いた顔の団子屋ですが、そこは商売人。
「いつも出ておりますよ」と、さらりと返します。

「いつも出てるんなら、今日くらい休みゃいいじゃねぇか」
「そんな事を言われましても、手前も商売ですから」
「まぁいいや、団子一本くれ。あん? アンコに決まってるじゃねえか、蜜はベタベタ汚れちまって家に帰ぇったらカカァに文句言われちまうだろ」
と金坊を指差す八五郎。

「コイツだけが言われんじゃないんだよ? 俺とコイツ並べて文句言われるんだよ。だからアンコだアンコ」
「蜜が良いぃぃいい!」
「……蜜にしてくれ。子供が食べるんだからね、蜜たっぷりオマケしてくれよ」と、言われた通り蜜たっぷりの団子を受け取ります。
 すると手に持った団子からタラリタラリと蜜が垂れてくる。

「ほら見ろ、あっちからこっちから垂れちゃって大変だ」
なんて言いながら、八五郎は蜜をひと舐め。普段は甘いものなんか滅多に食べない八五郎ですが、久しぶりの蜜は存外美味く、チューチューペロペロと啜っているうちに蜜が全部なくなってしまいます。

「ほらよ」
「うあぁぁああん! 蜜全部舐めちゃったあぁぁぁ!」
「あぁうるせえな。泣くんじゃねえよちょっと待ってろ。なぁ団子屋」
「何でしょう?」
「その壷には何が入ぇってるんだ? え、蜜? ホントかぁ? ちょっと蓋開けてみろ」
 またイチャモンつけられちゃたまらないと、団子屋が蜜壷の蓋を取ると八五郎、蜜壷の中に舐めた団子をちゃぽん。

「あ、ちょいとお客さん困りますよ!」
 団子屋の文句を右から左に流して、団子を金坊に渡すと金坊、嬉しそうにチューチューペロペロ団子の蜜を全部を啜ってしまいます。
「……ねぇおじちゃん、その壷には何が入ってるの?」
「なんだいこの親子は! ほらもう向こう行って!」
 怒った団子屋は、二人を追い払います。

「さぁ、早ぇとこ天神様にお参りに行かねぇと怒られっちまう」
「天神様は神様だもの、怒ったりしないよ。あ、お父っあん、凧が売ってるよ。ねぇ買っとくれよ」
「団子買ってやったばかりじゃねえか。ダメだよ!」
「うぁぁあああん! たこぉぉぉぉ! たこぉぉぉぉ!」
「あぁもう分かった、分かったよ、こんちくしょう」
 ブツブツ言いながら金坊を凧屋の前に引っ張っていきます。

「どれにするんだ」
「あの一番大きいのがいい」
「ばか、あれは売りもんじゃなくて、凧屋の看板替わりなの。なぁ凧屋そうだろう?」
 八五郎が目で合図しながら凧屋にそう尋ねると、
「いえ、売りますよ」
「売らねえって言えよ!」
「そんな事言われても手前も商売ですから、飾ってるものは売りますよ」
 顔を赤くする八五郎を無視して、凧屋は金坊に目を向けます。
「お父っあんが凧を買ってくれない? そんなことない買ってくれるよ、優しいお父っあんじゃないか」
と、これ見よがしにそう言うと声を潜めて、
「どうしてもダメだって言われたらね、そこの水たまりに引っくり返ぇって手足バタバタ…」
「余計なこと教えんじゃねぇ! わかった買うよ!」
 八五郎、結局、凧も買わされてしまいます。

「ほら、今度こそ天神様にお参りするぞ。何? 凧揚げしたい? 何言ってんだ、こんな人ごみで凧揚げるバカがあるか。え、そこの空き地でやってる? あ、ホントだ凧揚げしてやがら……。しょうがねえなぁ、今日はお前ぇに付き合ってやらぁ」
 ブツブツ言いながら空き地へ行くと、金坊に凧を持たせます。

「よし、じゃぁこの凧を持って後ろに下がれ、もっともっと後ろ…よし止まれ。あ、そこは枝が出てるから、もっとそっちによって、違うそっちだよそっち!」
「お父っあん、こっち? それともこっち?」
「そっちだそっち! そうそう、そこでいい。お、風が吹いて来やがった。いいか、一の、二の、三で離すんだぞ。ひのふのみ! それ離せ!」
 一気に凧の紐を巻くと、凧が空に揚がっていく。
「そーれ、風に乗ってどんどん揚がっていくぞ」
 糸を巻いたり緩めたりしながら、凧を操るうちに子供の時分を思い出して、八五郎だんだん楽しくなってきます。

「わぁ、お父っあん上手いねー」
「へへ、お父っあんガキの時分は凧揚げで負けた事はなかったんだ。そーれ」
「ねぇ、お父っあん、アタイにも持たせておくれよ」
「おう、ちょっと待て。ちゃんと揚がったら金坊にも持たせてやるからな、おっと、そーれ」
「ねぇ、お父っあん、アタイにも持たせてってばぁ!」
「うるせぇな! こういうものは子供が持つものじゃねえんだ、あっち行ってろ!」
 ぶら下がって邪魔をする金坊に、八五郎イライラしてつい、声を荒らげてしまいます。すると金坊、呆れ顔で

「こんな事なら、お父っあんなんか連れて来なきゃ良かった」

おわり。

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ぷらすです。

今回のテキスト落語は、父と子のやりとりを面白おかしく描いた古典落語、「初天神」です。

短めのネタで、登場人物も少ないので「寿限無」や「時そば」と同じ、若手が演じることの多い噺ですね。
ただ、この噺の面白さは、団子の蜜を舐めたり凧揚げをする様子の描写なので、テキストだとそのニュアンスが伝わらないですね。(書いてる途中で気づきましたw)

また、この噺のオチは流派によって違っていて、ワガママが過ぎた金坊に、父親がついにゲンコを落とす→金坊が「お父っあんが叩いたから舐めてたアメ玉が落っこちた」→「何、どこに落っことした」→「お腹の中に落っこちた」というオチで覚えてる方もいらっしゃるかもですね。

ではではー(´∀`)ノシ



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