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『最初で最後のメッセージ』人生の中間決算 START IT AGAIN 正巳の場合

「終わった、、、、」

市議会議員生活、
もしかしたらこんな終わり方もあるかもしれないと思ってはいたが。
やはり自分は聖人でいるのは無理だったか、、、

年末、支援者が開催してくれた忘年会に参加した時の事。
1次会を終えて、2次会はスナックに行くことになり、ビルの3階にある店に向かった。
ビルに着いた正巳はエレベーターホールに沙希がいる事に気付いたが、他人行儀な軽い会釈を交わし、2人でエレベーターに乗り込んだ。

沙希は去年、東京から豊後高田市に移住してきて、すっぽんロールを売りにしたパン屋を開業し、正巳が地方創生の担当として、沙希の事業を支援しているうちに、沙希の真っ直ぐで、意志の強そうな瞳の虜になった。
正巳はアラフィフ既婚者、沙希はアラフォー独身、刺激の少ない田舎で不倫関係になるのに時間はかからなかった。
エレベーターの狭い空間に2人きり、扉が開けばそこに正巳の支援者達がいるというシチュエーションに妙な興奮を覚え、沙希が絶頂に達する合図の唇を舐める仕草を思い出し、貪るようにキスをし、沙希もそれを受け入れ、3階に着くまでの僅かな時間、正巳は欲望の奴隷と化した。
3階に到着し、エレベーターから降りた2人は他人になり、それぞれの席に座ったところで、後から来たご婦人達が入口でざわついているのに気付いた。

何事かと思ったが、自分を刺すような視線で、ざわつきの原因が自分にあることに気づいた、、、

忘年会は中止となり、家である実家に帰ってきたが、騒動を知った母から、母が知っている全てではないかと思われる言葉でなじられた。

「どぉくんなや❗️」

「はがいい!」

「田分け❕」

「親不孝者❗️」

「ろくでなし!」

「恥知らず‼︎」

母が怒るのはもっともだ。
田舎では一度でもミスを犯すと敗者復活のチャンスはなく、一族は永遠に汚名を着る事になる。

高校で柔道のインターハイ出場で喜ばせ、
大学でシンナーを吸って補導されて悲しませ、
上場企業に就職して喜ばせ、
援助交際トラブルで知り合いの弁護士にお世話になって恥をかかせ、
帰郷して市議会議員に当選して喜ばせ、

そして今回、、、

まさか
エレベーターの中に防犯カメラがあって、1階エレベーター前にそれを映し出すモニターがあったなんて、、

いずれは豊後高田市の市長選にでて、市長になるという人生のロードマップを描いていたが、全ては水の泡。

東京に残してきている妻の裕子との今後を考えても頭が痛い。
裕子の存在は選挙に勝つのに役にたっていた。
細身で高身長、留学経験もあり、バイリンガルである裕子は、田舎の住民からすると、別世界の人間に見えるようで、正巳が垢抜けたイメージになる事に貢献していた。
夫婦関係は悪くはないが、東京と大分での別居婚のせいか、子供には恵まれず、母からも顔を合わすたびに孫の顔がみたいとせっつかれている。

酒と性欲に支配されるのはオレの宿命なのか、、、
単に欲望に打ち勝てないダメ人間なのか、、、
時間を巻き戻す事ができたら、、と、考えていたその時だった。

携帯が鳴り、恐る恐るでてみると沙希だった。
迷惑をかけたので、謝りたいと思って重い口を開こうと思ったところ、沙希が先に用件を伝えてきた。
「お店を閉めて東京に戻るので、後の事は心配しなくていい。」との事だった。
正巳は混乱して、何を聞けばいいか迷ってるうちに、電話が切れた。

沙希の話の詳細は、翌日の母からの話で判明した。

沙希は昨夜、正巳の主だった支援者の家をまわり、「正巳にいろいろ相談に乗ってもらって、力になってもらっていた事に甘え、自分から関係を求めてしまった、、」と謝罪していたのだ。

良くも悪くも田舎は昔ながらの感覚が残っており、据え膳食わぬは的な考えは是とされており、自分は据え膳を食っただけの普通の男という事で騒動は収まったのだ。

「助かった、、、」

東京での生活に疲れ、豊後高田に避難してきた沙希。

今のオレは沙希の事を思いやる気持ちより議員でいられるという安堵感が大きい。
裕子とも離婚しなくて済む、、

安全地帯に戻れた安堵から、初めて沙希の事を考え始める自分の小ささに打ちのめされながら、改めて昨夜からの事を考えてみた。

自分の行く末を心配して、逃げるように家に帰った自分。
オレを庇うために、自分から悪者になった沙希。

「人としての格の違い、、、」

いくら自分を責めて、反省したり、考え方を変えようとしても、結局は議員を辞める事にならなくてよかった、、
離婚する事にならなくてよかった、、
という気持ちになってしまうオレはクソレベルの小心者だ。

しかし、この件から程なく、裕子との関係もギクシャクし始め、長年の別居婚にピリオドをうった。


沙希が犠牲になって、自分が豊後高田市で生き残ったあの日から20年。
正巳は市長として豊後高田市の成人式の祝辞を述べている。

成人式の祝辞といえば、山田宏議員の杉並区長時代の『英霊の遺書』と題された祝辞に感銘を受けていたので、いつかは自分もそんな祝辞を述べたいと思っていたが、初めての祝辞は20年前の件で自分が得た教訓を話す事にした。

テーマは
『知行合一』と『義を見てせざるは勇なきなり』

自分があの日、自分の正義として行うべき事は沙希を守る事のはずだったのに、それができなかった。
知っている事と行う事は同じであるべきなのに。

自分にはすべき事を実践する勇気がなかった。

「勇気を持って信じた正義を貫いて生きてほしい。」

正巳は新成人に話をしながら、改めて自分にいい聞かせている。

新成人に自分の気持ちが伝わるかわからない。
マスタベーションとも言えなくもないが、伝えたい事は話せたと満足し、祝辞が終わったところで、父兄席を見ると、いつまでも拍手をしている女性が目についた。

意志が強そうで、特徴的な大きな瞳。
歳はとってはいるが、

「沙希だ。」

その視線の先には凛々しい男の子。  

「そんな、、」

「まさか、、」

勇気がなかった自分の懺悔のような祝辞を聞いてくれていた沙希。

息子には最初で最後になるであろう父親からのメッセージ。

子供を宿していた上での20年前の沙希の決断。 

正巳は込み上げてくる涙を抑えきれなかった。

「ごめん」

「・・・・・」

「ありがとう」

正巳はお辞儀をしながら頬に伝わる涙を隠して降壇した。

そして、すでに両親がいない自宅に戻り、仏壇の母に報告した。

「オレの反省の言葉を沙希に聞いてもらったよ。」

「お袋に初めての孫が出来たよ。」

「オレのせいで孫に会わせてあげられなくて
ゴメン。」

沙希が育てている子供だからオレのようなポンコツにはならないだろうなと思いながら、いつまでも正巳は両親のいる仏壇の前から離れられないでいた。


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