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『あの日』人生の中間算       START IT AGAIN 凛々子の場合

 脇野凜々子は仕事を終え、六本木の「ニクアザブ」で一人焼肉をした後、いきつけのBARで終電近くまで飲み、帰路についた。
 最近は同じような繰り返しの毎日にマンネリ感を覚え、せめて見た目を変えて、気分転換してみようと金髪に染めてみたが、意外に似合っている気がして少し気分がいい。

 旦那の幹也は自宅でグラフィックデザインの仕事をしている。
凛々子は幹也の仕事の邪魔にならないように毎日遅く帰るという事を習慣にしている。

 週末、幹也はサーフィンやサイクリングに出掛け、凜々子はテニスや麻雀に行く為、夫婦はすれ違いの毎日が続いている。

 実家は世田谷の尾山台で、両親はハイブランドのセレクトショップを経営し、小学部から高校まで六本木の東洋英和に通い、大学は青山学院、初めての彼氏は中学のときセント・メリーズ主催のサマーキャンプで出会ったアメリカ人、
都会のお嬢様としてなかなかよい仕上がりだ。

 気が強く、押しの強い凛々子は気に入ったイケメンを次々に気合いでおとしてきたが、その性格が災いして、彼氏と衝突する事が多かった為、付き合いは長続きせず、生涯独身でいる事を覚悟し始めた30歳の頃、幹也と出会った。

 勤めていた広告代理店に幹也がデザイナーとして転職してきたのが出会ったきっかけだったが、
チャラい男が多い会社だったので、朴訥とした感じで黙々と仕事をしながらセンスがある幹也にこれまでに感じたことのない魅力を感じた。
 佐賀出身の九州男児で口数は少ないが、がっしりした体格で頼り甲斐のありそうなタイプだったので、幹也は同じ部署の他の女達にも狙われていた。
 特に同期の原野香が積極的に幹也にアプローチをかけていたので、凜々子は練りに練ったライバル蹴落とし作戦を香とのランチの時に実行した。

「ちょっと食事中には合わない話題なんだけど」と切りだし、
「中学の時に、佐々木千代という音楽の先生がいたんだけど、菅という人と結婚して、名前が菅千代(カンチョー)になっちゃって、自分も含め、生徒たちからかなりからかわれたんだよね。私達も結婚して同じような事にならないように気を付けないとね〜。」
鈍くなければ、自分の名前が薔薇の香りからワキの香りになる事をイメージするはずで、かなりのダメージを与えられるはずだ。

 作戦が功を奏したようで、その後、香が幹也にアプローチした様子はなく、無事に凜々子は幹也と付き合う事ができ、持ち前の押しの強さで結婚まで持ち込み、生涯独身を免れた。

 幹也はその後フリーランスとなり、桜新町でマンションを購入し、二人での新生活をスタートさせた。

 結婚して20年経っても、凛々子は口数は少ないが優しい幹也に惚れていた。
 これまで幹也の怪しい行動は何回かはあったが、少々のことは目をつぶり、結婚生活を維持してきたし、これから先もずっと幹也とは一緒にいたいと思っている。
 本当は平日の夜も一緒に時間を過ごしたいし、週末も一緒にいたいと思っているが、その事については言い出せないでいた。

 親の資金力と持ち前のバイタリティと押しの強さで、人生全て自分の思い通りにしてきた凜々子だったが、幹也との関係を思い通りにできてない事が唯一の悩みだ。
  
 一方、幹也は転職して凜々子を初めて見た時から、都会的で洗練された雰囲気でアグレッシブに生きる凜々子を魅力的に感じており、結婚できたことは満足していた。
 ただ、アグレッシブで社交的な凜々子が自分と一緒にいて満足しているのかというのが気になっており、その自信はない。
毎日、凛々子の帰りが遅いのは自分といても楽しくないからではないかと感じており、夫婦の会話が少ないのも気に病んいる。
 週末、サーフィンやサイクリングに行くのは2人で時間を過ごして、凛々子が自分のつまらなさに辟易しないようにする為だともいえなくもない。

 ある日、いつもより凜々子の帰りが遅いことが気になった幹也がベランダから外を見ると、街灯に照らされ、ちょうど凜々子がマンションのエントランスを入ってくるところが見えた。

ただ横には体の大きな男が、、

「あれは誰だ、、」

男は窓から見ている幹也に気づき、慌てて走り去った。

 幹也に見られていたことに全く気づかず、凛々子は玄関のドアを開け、リビングに入ると、ベランダに女がいる事に気付いた。
急いでサッシを開け、ベランダを見渡したが誰もいない。

「間違いなく金髪の女がいた、、」

凜々子はすぐに仕事部屋にいた幹也を問い詰めた。
 全く心当たりのない幹也は逆にエントランスのところに一緒にいた男のことを凜々子に問い詰めたが、凜々子も心当たりがなく、会話をすることで夫婦の問題を解決する術を持たない二人はあっけなく別れることになってしまった。

 それから10年、凛々子は実家に戻り、幹也も佐賀の実家に戻り、別々の生活を送っていたが、二人共「あの日」、もっと夫婦で話し合いをしていればと後悔する日々を送っていた。

 2035年はアインシュタインの相対性理論が発表されてからちょうど120年経つ年だったが、ついに人類の悲願だったタイムマシンが実用化され、国民は一生に一度だけ、タイムマシンを利用できる事になった。
 利用にあたっては諸々の細則があり、歴史の改ざんや金儲けの為の利用は禁止されており、また過去でも未来でもタイムトラベル中にその時代の自分に接触したり、見られる事も禁止され、またタイムトラベルできる時間は5分と決まっていた。

 過去や未来に行って何をしたいか等、各人の利用目的については厳正に関係省庁が審査した上でタイムトラベルの許可をおろし、国民の大半が利用申請を行った。
ほとんどが審査で落選する中、凜々子と幹也は奇跡的にクリアし、2人揃って記念すべき第一回目のタイムトラベラーとなった。

 凜々子の利用申請内容は10年前の「あの日」に戻り、幹也に夫婦で話す時間を増やし、お互いを理解し合うようアドバイスしに行くということ。

 幹也の利用申請内容は10年前の「あの日」に戻り、凜々子にもう少し二人の時間を増やそうと伝えに行くということだった。

 タイムトラベル当日❕
凛々子は等々力の玉川総合支所の一画に作られた確定申告の会場のようなタイムトラベル会場から、
幹也は佐賀市役所内の一画にある会場から

「あの日」に向かった。

 凜々子は行き先設定していた自宅マンションのベランダに降り立ち、そっと室内に入り、幹也に近づこうとしたが、「あの日」の自分が帰宅してきたので身を隠した為、幹也との接触は叶わず、また幹也は帰宅途中の凜々子に近づき、話しかけようとしたが、「あの日」の自分がベランダから見ていることに気づき、凜々子に話しかけることができず、2人共目的を果たせないままタイムトラベルは終わってしまった。

「あの時の金髪の女は10年後の自分だったんだわ、、」

「あの時の大きな男は10年後の自分だったんだ、、、」

「今からでも遅くないわ。」

「今からでも遅くない。」

 タイムトラベル会場から戻った凛々子は幹也に電話をし、幹也は凛々子に電話をした。

ツー、ツー、ツー

ツー、ツー、ツー

同じタイミングでお互い電話をした為、話し中になって電話はつながらなかった。

 タイムトラベル体験でアドレナリンがでていたので、勇気を出すことができ、電話をした2人だったが、凛々子は今更電話されても幹也は困るだろうと思い直し、幹也は凛々子はアグレッシブに毎日過ごしているから自分からの電話は迷惑だろうと思い、その後、お互い連絡する事はなかった。


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