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『湘南新宿ライン』 人生の中間決算 START IT AGAIN 健三の場合

エロ本の修正箇所チエックと書店から返品された書籍の集計作業に追われ、帰宅したのは今日も23時過ぎ。
週の半分は在宅ワークだが、出勤した日の帰宅時間はほぼこの時間になる。

「修正はAIにやらせて、返品の集計はロボットにやらせればいいのに」
湘南新宿ラインを降りて、保土ヶ谷駅から国道1号線を歩きながらマスクの下で健三はつぶやいている。

家に着き、家族を起こさないように静かに玄関を開ける。
リビングのテーブルに短時間で泥酔できるストロングとつまみを用意し、ソファーに座ってスマホを確認すると、大学時代の仲間でのLINEグループの未読メッセージが34件と表示されている。
「みんなヒマなんだな。」
未読件数の表示が増えていくのをそのままにしておくと目障りなのでメッセージを開くが、内容は読まない。
ときおり、飲み会もやってるようだが、誘われても、「行けたら行くよ。」とだけ返信するが、行ったためしはない。
会社の飲み会は、まだ我慢できるが、会社以外のコミュニティに参加する時間は無駄だと思っている。
そんな時間があったら妻のご機嫌とりかドラクエウォークをしてたほうがいいし、SNSで人とつながるなんてトラブルのリスクを増やすというデメリットしかないと思っている。
今の時代、大事なのはプライベートな時間とプライバシーだ。
昭和の頃のような人とのつながりなんて令和の今ではナンセンスだし、できるだけ他人との接触を控えた方が、ウィルス感染のリスクも減る。
サングラスは、眉毛が完全にフレームの上にでてしまうので、トムクルーズのようにはならないが、マスクは濃い髭を隠せるし、似合うと思っているので、コロナ禍は一段落しているが、外出時は必ずマスクをしている。

家には高校2年の息子がおり、中学までは部活のサッカーの応援も行く事はあったが、反抗期なのか、このところ会話はない。
また受験を控え、部活も辞めたので応援の機会もなくなった。

妻はもうひとり子供を欲しがっていたが、子供を成人させるまでのコストと手間を考え、健三が反対し、今に至っている。
息子はかわいいが、子供自体はコスパが悪いと思っているのでひとりで十分だ。
ただ昔から生粋のオッパイ星人で、子作り行為は大好きなので、もっぱら妻を対象に、20代の頃か、それ以上の頻度で行為に励んでいる。
少子化に伴う国の停滞や経済の衰退について、少しは気になるが、これからは量ではなく質を求める時代になるだけで、それなりに国は存続できると思っているし、大事なのは自分達の生活だ。
今の時代、子供をたくさん作ったり、人とのコミニケーションでストレスを溜めて生きる事はナンセンスで、自分にとって価値ある世界で生きていく事が大事だと信じている。

ストロングのおかげで即泥酔した健三は、ご機嫌とりの報酬がわりに、寝ている妻を起こし、自分よがりの子作り行為を行い、気分良く眠りについた。

翌朝、眠い目をこすりながらテレビをつけると、どの局からも「コミュニティポイント制度の施行❕」というニュースが流れており、ネットニュースでも同じ記事が大きく載っていた。

人口減少に歯止めがかからず、このままだと国として存続できなくなると判断した政府が、対応策として策定した制度のようだなのだが、記事を読んでもいまひとつ主旨がわかりにくい。
だだ、健三が思っていた事と同様、経済的価値観を量から質へ転換させる的な事に関係している制度のようだ。
比較的わかりやすく説明してくれる解説者曰く、
無駄やロスが多かったこれまでの日本経済は例えるとデコボコだらけの「かりんとう」のような形で、そのデコボコが無駄とロスで、それをなくし、キレイな「球体」にすることにより、それが小さい球体であったとしても、効率の良い質の高い経済となり、世界と渡り合える国になるという事のようだ。
それでもそこから「コミュニティポイント」にどうつながるのかがよくわからないが、これからは人と人との直接的なコミニケーションと連帯がより重要になり、そのコミニケーションを推進、促進させる為に、「コミュニティポイント」なるマイナンバーのような全ての国民が参加せざるを得ない仕組みを策定したようだ。

イェール大学の成田教授が統計から導きだしたエビデンスをもとに発案され、政策実行の責任者はホリエモンという強力なコンビを使うことからして、政府が強引に普及させようとしてるのは間違いない。
ホリエモンは記者会見で、日露戦争に勝利した日本をモデルにしたと過激なコメントをしていた。また、明治維新前後や戦後に日本人が持っていたエネルギーを復活させると意気込んでおり、「結局、令和より昭和のほうが景気よかったわけだから。」と乱暴な理屈を振り回している。

健三は通勤途中、ネットで記事の続きを読んでみたが、そのうち立ち消えになるパターンだろうとタカをくくり、いつものように大谷翔平の活躍のニュースを見ながら会社についた。

席に着き、イントラネットを開き、社内メールを確認すると、「コミュニティポイント制度についての重要なお知らせ」というメッセージが目についた。
テレビやネットニュースと同様、コミュニティポイントについての事で、今後はカーボンニュートラルやSDGs以上に、会社にとって重要で、コミュニティポイントを多く所持している社員の給料はアップさせ、昇進も同様にするとの内容だった。 

「これはただごとじゃない。」

このままいくと、「金持ち」と「コミュニティポイント持ち」は同義語になるし、コミニケーション能力が高い「パリピ」がヒエラルキーの上位になる事は間違いない。

「とりあえずはこの仕組みの中で生き残るしかなさそうだ。」

同僚の間でもコミュニティポイントの話で持ちきりだ。
新情報に敏感な若い社員達は既に対策について講じ始めている。
耳をダンボにして周りの話に聞き耳をたてていると、ポイントを稼ぐために重要なのは、家族や仕事場での同僚達とだけでなく、それ以外の人とコミニケーションをとり、情報を集め、それをまた違うコミュニティーでアウトプットすることらしく、全国民がそうすることにより効率の良い社会が生成されるという事のようだ。
GAFAがビッグデータを利用している問題どころではなく、いつの間にか国は国民の行動と発言の全てを把握し、ポイント化できる管理体制を整えてしまったようだ。

モヤモヤしながら朝の会議に参加したが、エロ本事業部長からの話がさらに健三を動揺させた。
半年後からエロ本の修正作業はAIが行い、返品された書籍の集計作業も外注することになり、それに伴い、50歳以上を対象とした、早期退職制度をスタートさせるとの事だった。

1ヶ月後、社内メールで社員のコミュニティポイントランキングが送られてきた。
10,000人ほどの全社員がランキングされている上に、全ての社員が見ることができるようになっている、、
恐る恐る自分のランキングを見るとほぼ最下位、
予想はしていたが、自分の担当部署が消滅する可能性がある事と、この順位は会社員として死刑宣告を受けたも同然だ。

ふと昔よく聴いていた浜田省吾のバラードアルバムのタイトル『Sand castle』という言葉が思い浮かんだ。

オレが築き上げてきた価値観は
『Sand castle』=『砂の城』だったのか。 
国の制度ひとつ変わっただけで、サラサラと価値観が崩壊する音が聞こえるようだった。
「自分が正しいと思っていた価値観はこんなに脆いものだったのか、、」
「それともいつ転がり落ちるかもわからないナイフのエッジを歩いていたのをオレは気づいていなかっただけなのか、、」

翌日の土曜日、ボーっとしながらお気に入りのBMW118iを運転中、前のクルマが停まった事に気づくのが遅れ、追突し、その衝撃で持病のヘルニアが悪化し、救急車で横浜市南部病院に運び込まれた。

手術が必要だった為、約1ヶ月程入院する事なったが、入院してる間、お見舞いに来たのは妻と大学時代の友人のヨンちゃん1人だけだった。
ヨンちゃんは保険会社勤務で、車の任意保険はヨンちゃんを介して契約していたので、渋々来たようなものだ。
期待はしていなかったが会社の同僚は誰一人、お見舞いには来ていない。
自分が逆の立場でも同僚のお見舞いはいかないと思うのでお互い様だが、疎外感はある。

入院中は、担当の若いナースが親切にしてくれるので、エロいキモチを隠しつつ、コミニケーションをとりたかったが、自意識過剰になり適切な話題が思いつかず、自分のコミニケーション能力の低さに失望した。

妻は仕事もあり、頻繁には病院に来られないので、宅配便やUberがナースステーションまで購入したものを届けてくれるサービスを利用し、必要なものはECサイトで購入するようにした。
時折、車椅子でナースステーションの前を通るのだが、その際何度か元気の塊のような若い宅配業者が自分担当のナースと楽しそうに談笑しているのを見かけ、少しイラつく自分がいた。
「荷物を届けるだけの事で、会話と笑いは必要なのかね?」
「ふたりとも、コミュニティポイント獲得の為に打算的に会話しているんじゃないか?」
ただ、学生時代に健三はクロネコで宅配のバイトをしており、その時の配送先での客とのコミニケーションで、やりがいを感じていた事を少しだけ思い出した。

「コミュニティポイントか、、、」

ふと
大学の同級生のLINEグループでのやりとりを思いだした。
典行は飲み会の幹事になって、オレを誘ってくれていた。
それに対し、オレは「行けたら行くよ。」と雑な返信しかしていなかった。
「典行はお店を予約する時、オレを人数に入れて予約していたのか、、」
「それともどうせこないと思い、入れてなかったのか、、、」

「オレは家族以外、どこかのコミュニティの人数に入っているのか?」
 
コミュニティポイント制度は、今の日本人にというより自分に欠けている、人と関わる事で得られる喜びを再発見するという面もあるのかもしれない。
 
ナースと談笑したいからではないが、健三は退院したら早期退職制度で会社を辞めて、事故車になったBMW118iを売却して軽トラックを購入し、宅配業を始めるのもいいかもしれないと思いながら、テレビを見ると
「自動車の無人運転が道路交通法の問題をクリアし、今後は荷物の配送もロボットが行うことになる事が決定した。」とのニュースが流れていた。

「ふりだしに戻ったか、、」

ガッカリしながらも、これからどのように生きていこうか考えていたが、このところ、隣のベッドにいる患者のイビキがうるさく、熟睡できていなかったので、午後の回診が終わったあと、睡魔に襲われ昼寝をしていたところ、
「うそだ、、勘弁してくれー❕」と自分の発した叫び声で目が覚めた。

「恐ろしい夢だった、、」

夢の中では、女性の出産時の死亡リスクを減らす為、子供は卵で産まないといけないという法律ができていた。
それにより、子作り行為も人工授精に限られ、リアル子作り行為をしたら厳罰となり、違反した自分と妻が「ホテルニュー京浜」で現行犯逮捕され、死刑判決を受けたところで目が覚めたのだった。

冷や汗を拭きながら、周りを見渡すと、隣のイビキジジイの脈をとるのに前屈みになっていた担当ナースのパンティラインが目に飛び込んできた。
芸術的ビーナスラインともいえる絶景を拝みながら、これまでオッパイ星人だった自分がライン星人へと変わっていくのを感じた。

世の中は明治維新がおきた時のように常に劇的に移り変わりゆくもので、同時に人の価値観も変わっていくものだし、また変わっていかないといけないと痛感しながら、恋人時代に妻とドライブした美ヶ原のビーナスラインと通勤時に乗っていた湘南新宿ラインを懐かしいキモチで思い出した。

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