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三羽さんの企画【itioshi】に投稿!

三羽さん、こんにちは。
最初は局も考えましたが、募集が【物語】でしたので、短編作品を一押ししたいと思います。

この短編は、自身で書いている『コントラクター~ピエロとプリンス~』という、8万文字の作品の一部を切り出し、改変している短編小説です。
何度か出したことがあるので、読まれてらっしゃる方もいるかもしれませんが、最新の加筆修正版です。

私の【itioshi】は3,000文字の短編作品『マッカランと白雪姫』とさせていただきます。
先日、Amazonで『夏舒計画短編集①』の1話として入れましたが、文章を大幅改定したくなり、今は短編集自体の販売を休止中しています。

もし、この作品を気に入っていただけましたら。Amazonでの販売を再開した際にお手にお取りいただけると嬉しいです。
kindle unlimitedで無料で読める設定を予定しています。


『マッカランと白雪姫』


 再びカウンターの中に入ったマスターは、棚にあるウイスキーを取り出し背の低いグラスに注いだ。彼女は鼻の前でゆっくりとグラスを回し香りを楽しんでから、そのトロリとした液体を口に含んだ。舌の上で転がすようにじっくり味わって、「はー、やっぱりウイスキーはマッカランよね」と息を吐き、グラスの口紅を拭った。
 薄暗い店の中、暖色のダウンライトに映し出された、少しだけ紅潮した柔らかな表情。二〇歳以上年上であろう女性の甘く濡れた声に、僕はこれまで全く興味のなかったウイスキーを飲んでみたいという強い衝動にかられた。
「真衣さん、それ飲んでみてもいいですか?」と僕が言うと、四つ年上の香澄さんが僕の腕に寄りかかりながら「あー、私も欲しい」と心地よく酔った声で言った。一軒目のイタリアンで僕たちはすでに赤ワインを一本開けていた。カウンターしかない真衣さんの店はもう三軒目だ。一二時の針を過ぎた店中には、僕たち三人だけしかいなかった。
「あら、いいわよ。ストレートでいいかしら?」
「あ、はい。僕はよくわからないのでおすすめでおねがいします」
「山辺君はマッカラン飲んだことある?」
「いえ、ウイスキー自体、ほとんど飲んだことないですね」
「そう。じゃあ、ハイボールがいいわね」
「あ、はい。おまかせします」
「私も炭酸がいい」
「じゃあ香澄ちゃんもハイボールね」
 マスターはそう言うと、棚から長めのグラスを二つ取りカウンターに置いた。冷蔵庫から長くて四角い氷をとり出すと、それぞれのグラスを斜めにして滑らすように入れた。それから、ねじねじの長いスプーンで、グラスの中で氷だけをクルクル回した。
「ねぇマスター。それって、なんか意味あるの?」と香澄さんが聞いた。
「こうやってグラスを冷やした方がおいしくできるのよ」
「へー」と言いながら、香澄さんはトロリとした目をグラスに向け、子供のように両肘をつき掌の上に顔を置いた。
 マスターは二つのグラスそれぞれで氷をひとしきり回すと、グラスから水を捨て『MACALLAN 18』と書かれたボトルを手に取り、銀色の量り(はかり)を使ってグラスにウイスキーを注いだ。琥珀色の液体が白く濁っていた氷の上を撫でるように流れると、氷は水晶のように透明になった。
 太古から続く儀式を見ているような気持になり、僕は背筋を伸ばした。
 マスターはそこまでやると、キャンドルを三つカウンターに置き、火をつけダウンライトを少し落とした。キャンドルの光が揺れ、グラスの中のウイスキーを撫でた。隣に座る香澄さん顔が、その液体の揺れに合わせて濡れたように光っていた。
 マスターは冷蔵庫から瓶入りソーダを出し、氷に当たらないようにゆっくりと丁寧に注ぎ、それからねじねじの長いスプーンで氷を少し持ちあげ元に戻した。グラスの底から泡が上がり美しく光を反射させた。
 最後にマスターは切り株みたいなコースターを僕たちの前に置き、そこにグラスを置いた。厳粛な様式を持つ、ウイスキーハイボールの儀式はそれで終わったようだった。
 聖なる飲み物のように、マッカラン一八年のハイボールはキャンドルの炎を受け琥珀色に揺れていた。
「香りと一緒に飲むのよ」
マスターはコースターに指を三本添えながら、上目づかいで僕の目を覗き込みそう言った。
『香りと一緒に飲む』。僕は厳かにグラスを取ると、顔に近づけて匂いを嗅いでみた。シュワシュワとはじける泡で小さな水滴が僕の鼻先を濡らした。アルコールがツンと鼻の奥を刺激した。洋酒に詳しくない僕には、その香りを表現する言葉が思いつかなかったけど、ビールやワインとは違う、枯れた古木のような、それでいて雨の日に濡れた若木のような、瑞々しく香ばしい匂いがした。
隣で香澄さんが「いつになったら乾杯するのよ」といい、僕の目の前にグラスを突き出した。彼女の顔を見ると、そこには少しだけ口角をあげ目を細めた、柔らかな微笑みがあった。口紅が全て取れてしまった唇の、その奥に隠されている白く奇麗に並んだ歯を見たいと思った。香澄さんが歯を見せるくらいに楽しそうに笑うところを、僕は見たことがなかった。
 僕たちは薄いグラスが割れないように丁寧に乾杯し、同じタイミングでその美しい液体に口をつけた。生まれて初めて飲んだマッカランは、神々しく清らかに喉ぼとけを撫で、そのまま侵食していくように僕の前頭葉をトロリと溶かした。「はぁ」とアルコールの息を吐きだし放心したまま正面を向くと、僕の顔を覗き込んだままのマスターは「でしょ?」と言って、子供の成人を誇る母親のような顔で微笑んだ。
 隣には「はー美味しい」と、深く息を吐く香澄さんの甘い声があった。マスターがグラスを持ったので、僕たちは三人でもう一度乾杯した。

 キャンドルの光が揺れる店の中にはゆったりとしたスローなジャズピアノが流れ、金曜の終電後の時間はだんだんとその速度を落としているようだった。
「あ……この曲好き」と香澄さんがその静かな空間の空気を揺らした。揺れるキャンドルの光とマッカランの甘い香りの間を埋めるような音楽。その曲は僕もよく知っているディズニー映画の曲だった。
「ああ、『いつか王子様が』ね。ビル・エバンスの演奏よ」とマスターが答えた。
「シンデレラ?」と香澄さんが言ったので、僕は「ディズニーの白雪姫ですね」と答えた。
「白雪姫……あれ? どんな話だったかしら?」
「ほら、あれよ。眠りについていたお姫様が王子様のキスで目を覚ますお話よ」マスターが香澄さんの問いに答えると、「なんで、お姫様は眠っていたの?」と香澄さんはマスターにそう聞き返した。
「あら、何だったかしら、継母に毒リンゴを食べさせられるんだったかしら?」
「はい、まず狩人に殺すように命令し、そのあとは毒のついた櫛(くし)、最後に毒リンゴです。僕その話知っていますよ。ディズニーでは継母だったけど、原作の初版では実母でしたね」
「え? 実のお母さんが娘を殺そうとしたの?」と香澄さんは驚いたように僕に聞き返した。
「『大人も眠れないほど怖いグリム童話」で読んだ時はそうでしたね。初版の設定が批判を受けたのか。二版目からは継母になったみたいですね」
「ひどい……」とつぶやいた香澄さんの声の中には、何かしらの苦しみがあるようだった。
「そうですね。親が子供を殺すなんて信じられませんね」
「……ねえ、その時お父さんは何をしてたの?」
 香澄さんの言葉は、僕の海馬にかすかに残る父の顔を呼び覚ました。生まれたばかりの僕を抱いている写真の中の父は、やつれた顔に嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「あ、国王ですか。どうでしたっけ? 確か戦(いくさ)に行ってたんでしたっけ? どっちにしても出てきていませんね」
「そう……」
 そう答えた香澄さんの黒い瞳の中に、橙色のキャンドルの炎が揺れていた。お酒のせいなのだろうか、頬が朱に染まっているのにその顔はとても白く、口紅のはがれた唇は鮮血のように赤かった。まるで白雪姫みたいだなと思った。白雪姫が生まれる前、お后(きさき)は針仕事で自分の指を刺してしまい白い雪の上に血を数滴こぼした。その様子を見て、お后は『雪のように白く、血のような赤い頬をして、黒檀のように黒い目をした子供を授かるように』と祈った。
白雪姫は生まれることを望まれ、その期待通りに生まれてきたはずだった。

《マッカランと白雪姫(小説『コントラクター』より抜粋) 了》

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