張作霖爆殺事件は第三次満蒙独立運動だった？

張作霖爆殺事件に関係する公文書を調べていたら、興味深い記述を発見しました。アジア歴史資料センターに保管されている『機密公第四三一号　昭和三年六月十三日』の中にある「凌印清（人物名）」に関連する記述です。

原文はこのあと記しますが、先に内容を簡単に言っておくと張作霖爆殺事件は、凌印清なる人物が元清朝皇族の恭親王の支援を取り付けた上で引き起こした満洲軍閥政府転覆計画の一環であったという驚くべき情報です。

一読したかぎりではたしかに山師的で怪しげな人物が吹いたたんなるホラ話のようにも見えます。が、だからといって頭から否定するわけにもいきません。なぜなら文書には当時大連に居を構えていた恭親王が彼らとともに奉天の日本領事館まで実際に同行したこと、さらに計画の軍資金とするため家財を売り捌くなど積極的な動きをしていたことがはっきり記されているからです。

もしこれが本当であれば、張作霖爆殺事件は関東軍参謀・河本大作の独断専行によって引き起こされたという従来の定説は大幅な修正が加えられることになるでしょう。同時にそれは歴史的にもたんなる要人殺害事件としての位置づけでは収まり切らなくなるでしょう。

具体的には、清朝崩壊後の１９１２年、１９１６年に発生した元清朝皇族による第一次および第二次満蒙独立運動に続く第三次満蒙独立運動として位置づけられることになるはずです。

以下、原文です。

昭和３年６月８日

在奉天総領事より田中外務大臣宛

凌印清に関する井田哲の河野副領事への談話について

機密第四一八号（接受日付不明）

昭和三年六月八日

在奉天

総領事　林　久治郎（印）

外務大臣男爵　田中義一殿

井田哲ノ談話送付ノ件

別添井田哲カ当館河野副領事ヘ来談要領時折柄御参考迄送付ス

本信写送付先　在支公使、牛荘領事
（凌印清ニ関スルモノナリ）

（別添）
昭和三年五月二十四日午後二時半井田哲来館
談話要領
一、自分（井田）ハ営口ニ現住シ営口厚発合毓記ノ嘱託ニシテ三菱商事株式会社満蒙総代理ナリ
一、井田ハ五月十九日岸田領事ト共ニ来奉シ目下松隆洋行ニ止宿シ居レル処三、四日中ニハ帰営ノ予定ナリ
一、凌印清トハ大正十三年以来ノ知己ナリ凌ハ約一ヶ月以前ニ保定ニ赴キ張学良及楊宇霆ニ面会シ上海其他南方ノ近況ヲ通報シタリ凌ハ元来張作霖及楊宇霆ニ対シテハ毫モ敬意ヲ表シ居ラサルモ東三省ニ或野心ヲ有スルカ為作霖、宇霆ト連絡ヲ取リ居レリ
一、張作霖ハ凌及李景林ノ首ニ付テハ十万元ノ懸賞ヲ付シ居レリ但シ学良、宇霆ハ南方ノ状況ヲ知ル為ニ凌ヲ使用シ居ルモノナリ
一、凌ハ目下直隷、山東、河南三省ノ招撫使ニシテ専ラ南北ノ現勢ニ付調査ヲ遂ケツツアリ凌ハ招撫使ノ現職ニ在ル関係上南方ニ部下約一万人ヲ有シ尚銃器モ略其数量丈所有セルカ但弾薬ヲ有セス
一、凌ハ目下奉天附属地ニ居住セルカ同人ハ将来東三省現在ノ各機関ヲ顛覆シ自分（凌）ニ於テ満州ヲ統治シ進テ日支ノ関係ヲ密接ナラシメントノ意志ヲ有ス其顛覆ノ理由トシテハ満洲ヲ一種特別ノ区域ニ改造シ飽迄三省人ニテ東三省ヲ治メ百政ヲ改革シテ以テ日支ノ関係ヲ増進セムトスルニ在リ
一、凌ハ目下何等事ヲ起コスニ必要ナル資金ヲ有セスノミナラス其日ノ生活費サエ十分ナラサル模様ナリ然ラハ如何ナル方法ニテ資金ヲ集ムヘキカ又顛覆ノ方策如何ト言フニ
（一）顛覆ハ武力ニ依ルハ不可能ナレハ金五十万円ニテ各機関ヲ買収シ凌ノ一味ニ引入レルコト
此資金調達ハ遼陽ヨリ新邱ニ至ル運炭線敷設権ヲ支那側ヨリ得タル後之ヲ満鉄会社ニ売込ミ同社ヨリ右金員ノ調達ヲ得ルニ有リ尤モ此ノ話ハ未タ満鉄ノ何人ニモ話シ居ラサルカ自分（井田）ノ従弟カ目下北京ニアリテ専ラ此ノ件ニ付研究ヲ重ネツツアリ（敷設権獲得ニ関シ奔走シ居レリ）若シ有望トナラハ満鉄ニ話ヲ持掛クル積ニテ種々考量ヲ廻ラシ居レリ
（二）凌ハ五十万円ニテ十分東三省有力機関ヲ買収シ得ル見込ナリ其買収ノ任ニハ凌ノ部下ヲ使用スル筈ニテ愈成功セハ凌自身東三省ノ首脳者トナル計画ナリ
一、自分（井田）ハ営口並ニ東三省ニ現住スル鮮人ノ境遇ニ同情シ且日本ノ対満蒙策ニ顧ミ張作霖ノ如キ人物カ三省ノ首脳タル間ハ鮮人並ニ内地人ノ境遇ハ改善サレス又帝国ノ国威ヲモ発揚ニ至ラサルヘク斯クテハ商租問題其他重要懸案ハ解決ノ望ミナケレハ東三省当局ノ組織ヲ改造シ邦人ノ利権確保ノ必要上偶然ニモ自分ノ意志カ凌ノ計画ニヨル目的ニ符号シ尚凌トハ久シキ旧友ナレハ是ヲ好機ニ共同動作ヲ執ラムトスル決心ヲ見ルニ至レリ凌モ自分モ勿論武器ニヨリ擾乱ヲ惹起セムトハ目論見居ラス全然買収ニヨル考ナリ
一、尚自分（井田）ノ東三省組織変更ニ関スル政策綱領ハ何レ河野ノ参考迄ニ郵送スヘシ
一、井田ハ凌ノ性質等ヨリ観察スルニ凌ヲ赤化主義ニモアラス又三民主義者ニモアラス全ク軍閥ヲ廃シ民福増進ノ意志ヲ有スルモノナリ
一、井田ハ岸田領事ニ対シ自己ノ主義政策並其遂行ニ関シ内話セシ処遼陽新邱間運炭線敷設ノ如キハ奉天管内ニシテ自分ノ関知セサル所ナルモ井田ノ右運炭線並計画ノ大略ハ奉天総領事館ニ通シ置クヘシトノ話アリタル次第ナリ云々

張作霖登場列車爆破事件と凌印清の関係につき井田哲の談話について

機密公題四三一号
（６月１８日接受）
昭和三年六月十三日

在奉天
総領事　林　久治郎（印）

外務大臣男爵　田中　義一殿

列車爆破事件ニ関する井田哲談話要領ノ件
凌印清ノ計画ニ対スル井田哲談ニ関シテハ本月八日付機密公第四一八号拙信ヲ以テ御報告置キタル処今回牛荘岸田領事ヨリ別紙写ノ通列車爆破事件ニ関シ井田哲カ牛荘領事館ニ於イテ為シタル談話報告アリ其内容ニ付テハ俄ニ信ジ難キ幾多ノ点アルモ御参考迄写送付ス

本信写送付先　在支公使　牛荘領事

昭和三年六月七日午後四時井田哲ノ牛荘領事館ニ於ケル談話ノ要領

１、凌印清ノ計画及井田哲ノ奉天ニ於ケル行動

井田ハ五月十九日出奉二十四日奉天総領事館ニ河野副領事ヲ訪問シ凌印清ハ将来奉天省現在ノ各機関ヲ転覆シ満洲統治ノ実権ヲ握リ東三省ハ東三省人ヲ以テ治ムル一種特別ノ区域トナシ百政ヲ改革シ以テ日支ノ関係ヲ改善セムトスルノ計画アリ井田ハ東三省ノ実権ヲ張作霖カ掌握シ居ル限リ日本人ノ満蒙ニ発展スルコトハ不可能ナルコトヲ熟知セルヲ以テ凌ヲ援助シ其計画ヲ実現セシメ我カ国ノ満蒙ニ於ケル発展ヲ期スル決心ナリト述ヘタリ

凌印清ハ此ノ目的ヲ達スルニハ日本軍ノ諒解ヲ得ルノ必要アリトシ凌ハ井田及王精一ト共ニ関東軍河本参謀ニ面会ノ上井田ハ通訳ヲ為シ本計画ヲ説明シ諒解ヲ求メタルニ河本参謀ハ井田ニ対シ趣旨ニ賛成スルモ首脳者カ凌ニテハ貫録不十分ナリトノ意ヲ漏シタル為　更ニ計画ノ一部ヲ変更スル事トシ大連ニアル恭親王ヲ擁立スル事ヲ企テ恭親王ヲ説イテ奉天ニ連レ来リ本計画ノ首脳ニ推シ松隆洋行ノ階上に於テ井田、凌、王ト共ニ河本参謀ト会見シ計画ノ一部ヲ変更シ統領ニ恭親王ヲ戴ク事トシタル旨ヲ説明シ軍ノ諒解援助ヲ求メタリ

本計画ノ実行ニハ相当ノ資金ヲ要スルモ目下其準備ナシ資金調達ノ方法トシテ凌ヨリ蒋介石ニ打電セハ直ニ数十万元ノ送金ヲ受ケ得ルモ東三省ニ蒋ノ勢力ノ侵入ハ日本側ニ対スル関係上ヨリスルモ不得策ナルヲ以テ之ヲ見合セ恭親王ノ手ニ於テ之ヲ調達スル事トシ親王ハ一応大連ニ引キ返シ不動産ニヨリ金融ヲ求ムルモ敏速ニ運ハサルヲ以テ親王家ニ秘蔵セル骨董類ヲ売却或ハ担保ニ供シ資金ヲ調弁スヘク目下親王ハ此ノ方面ニ活動中ナリ

『機密公第四三一号　昭和三年六月十三日』

ちなみに、あの時代に発生した満州をめぐる一連の事件には日本とソ連による綱引きという側面があります。その視点から関連する歴史的事件を時間軸上に並べてみると次のようになります。

１９１１年　辛亥革命〜清朝崩壊により満州族亡国の民に

１９１２〜１６年　第一次および第二次満蒙独立運動〜元清朝皇族粛親王と川島浪速ら日本人浪人による満州独立計画

１９１７年　ロシア革命〜世界への共産革命輸出が始まる（モンゴル・満州・中国への赤化政策が活発化）

１９２６年　郭松齢の乱〜ソ連による満州衛星国化計画（郭松齢は親ソ派）

１９２８年　張作霖爆殺〜凌印清と恭親王による第三次満蒙独立運動

１９２９年　中ソ紛争〜ソ連による満州衛星国化計画

１９３１年　満州事変〜関東軍による第四次満蒙独立運動

このように並べた上であらためて眺めてみると、張作霖爆殺事件の謎に新たな光が差し込んでくるように思うのは私だけでしょうか？