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「キュビスム展」を見てわかるキュビスムって何?!!10分で解説

こんにちは。コンサルタントTです。

先日、1月まで会期中の展覧会「キュビスム展」国立西洋美術館で観てきました。
その内容を解説して「キュビスムって何?」「キュビスムってどんな活動?」について理解を深めていこうと思います。
すでに展覧会をご覧になった方、そして、これから展覧会を観に行こうと思っている方の参考になれば幸いです。

さて、まず展覧会の正確な概要を書いておきます。

<展覧会概要>
パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展 美の革命
ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ
2023年10月3日 ー 2024年1月28日
国立西洋美術館

キュビスムの主要作家約40人による絵画を中心に彫刻、素描、版画、映像、資料など約140点を展示、キュビスムを取り上げる展覧会としては日本では50年ぶり

それでは解説していきます。

まず、キュビスムそのものについて説明します。

「キュビスムとは、20世紀初頭、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックにより生み出された美術表現の試みであり、ブラックの風景画がキューブ(立方体)と評されたことからその言葉が生まれた」

「キュビスムの表現方法とは、西洋絵画の伝統的な技法であった遠近法、陰影法による三次元的空間表現から脱却し、幾何学的に平面化された形によって画面を構成するもの」

また、当時の有名な詩人、ギヨーム・アポリネールは以下のように言っています。
「キュビスムは模倣の芸術ではなく、創造にまで高まろうと目指す概念の芸術である」

どうですか?わかりましたか?
詳しくは、この「キュビスム展」の紹介がありますので、そちらをご覧になってください。
https://cubisme.exhn.jp/exhibition/

それでは、展示会の会場の紹介をしていきましょう。

展示会場は全部で14のテーマに分かれています。順番に「キュビスム」について理解していくのが良いと思います。

1. キュビスム以前 ー その源泉

キュビスムには3つの源泉があるそうです。
ポール・セザンヌ、新印象主義、アンリ・ルソー です。これにポール・ゴーガンも加えることもあるそうです。特にセザンヌの作品はピカソも含めた多くのキュビスム画家の指針として位置付けられており、セザンヌの描く反復的で断片的な矩形(くけい)の筆触、幾何学的な描法、がキュビスムを発想できた源泉と言われています。
セザンヌがキュビスムが生まれたきっかけだったとは私も知りませんでした。

会場でも、まずセザンヌの作品が展示されていました。
・4人の水浴の女たち
・ポントワーズの橋と堰(せき)


・曲がった木
・ラム酒の瓶のある静物

続いてゴーガンもありました。
・海辺に立つブルターニュの少女たち

さらにはアンリ・ルソーもあります。
・第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神
・熱帯風景、オレンジの森の猿たち

2. プリミティヴィスム

「キュビスム」に影響を与えた他の芸術として、アフリカの彫刻家たちが作った立体彫刻がインスピレーションの源のひとつになったと言われています。ピカソ、ブラックなどはアフリカの彫刻家たちの作品を研究し、学んだようです。

プリミティヴィスムの影響と見られるパブロ・ピカソの作品が展示されています。
・女性の胸像


・女性の仮面(彫刻)
・立てる裸婦(彫刻)

ジョルジュ・ブラックのそうした作品も展示されていました。
・大きな裸婦


3. キュビスムの誕生 ー セザンヌに導かれて

まず、ブラック、ピカソともに、キュビスムの誕生にはセザンヌの影響がとても大きかったようです。1907年にピカソとブラックは出会います。お互いに刺激を受け、それぞれ「キュビスム作品」を次々と制作していきます。
「キュビスム」という言葉は1908年にブラックが自作をサロン・ドートンヌに出品しようとした際(後に拒否されますが)、委員の一人であるマティスブラックの作品は小さな立方体(キューブ)でできていると発言したことが始まりと言われています。

この時代に生まれた次のような作品をこのコーナーでは見ることができます。

ジョルジュ・ブラック
・レスタックの高架橋


・レスタックの道
・レスタックのテラス
・楽器


・裸婦

4. ブラックとピカソ ー ザイルで結ばれた二人(1909-1914)

1909年から1914年までピカソとブラックの蜜月関係は続きます。
二人はモンマルトルで日々顔を合わせ、アイデアを交換し、作品を比較し合ったということです。二人とも精神的指導者はセザンヌとアンリ・ルソーということも共通していました。
1911年、ピカソがカタルーニャ地方のピレネー山脈麓の村、セレに滞在した際、彫刻家マノロとともにブラックもこの場所に滞在したようです。

後にブラックは次のように語っています。
「この時の交流はザイルで体を結び合って登山しているようだった。」

このコーナーでは以下のような作品が展示されており、結構本展の見どころとなっていました。

<パブロ・ピカソ>
・女性の胸像
・肘掛け椅子に座る女性


・ギター奏者       
・少女の頭部
・ヴァイオリン


<ジョルジュ・ブラック>
・レスタックのリオ・ティントの工場


・静物
・円卓
・ヴァイオリンのある静物
・果物皿とトランプ
・ギターを持つ女性


・ギターを持つ男性

5. フェルナン・レジェとファン・グリス

ピカソ、ブラックに続くキュビスムの代表的画家であるフェルナン・レジェとファン・グリスが1911年と1912年に美術界にデビューしました。

フェルナン・レジェについては、人物や風景を描くことを好み現代的な生活をしていたようです。対して、ファン・グリスは静物画をライフワークとして、コラージュの異質な素材や明晰な構図を多彩なテクスチュアとしています。

このように、二人は全く違う作風でしたが、ピカソとブラックともすでに契約していた画商ダニエル=アンリ・カーンヴァイラーと専属契約をしました。

また、レジェ自身も同じようにセザンヌ回顧展に大いに感銘を受け、二人はキュビスムの作品を次々に制作していきます。

このコーナーでは次のような二人の作品を見ることができました。個人的にはファン・グリスの作品は現代でも配色のセンスが素晴らしいと思いました。

<フェルナン・レジェ>
・縫い物をする女性
・婚礼


・形態のコントラス



<ファングリス>
・本
・ギター


・ヴァイオリンとグラス
・楽譜


6. サロンにおけるキュビスト

当時、パリには2つのキュビスムの代表的なサロンがありました。サロン・デ・バンダンとサロン・ドートンヌです。ピカソ、ブラック、レジェ、ファングリスは画商と専属契約をしていたため、サロンには出品しませんでしたが、それ以外のキュビスムを描く作家はこの2つのサロンに出品しました

ここでは、そのような作家のキュビスム作品をみることができます。

<アルベール・グレーズ>
・台所にて
・収穫物の脱穀



<ロジェ・ド・ラ・フラネー>
・腰掛ける男性


<アンドレ・ロート>
・マルグリットの肖像

<ジャン・メッツアンジェ>
・自転車乗り

また、このコーナーでは2つのサロンに関する資料も展示されていました。

7. 同時主義とオルフィスム ー ロベール・ドローネーとソニア・ドローネー

1906年、ロベールとソニアは結婚しました。以降、2人はお互いに刺激しながらキュビスム作品を発表していきます。
その二人の作品を見ることができます。

<ロベール・ドローネー>
・都市no.2
・パリ市


・窓
・円形 太陽no.2

<ソニア・ドローネー>
・バル・ビュリエ


・シベリア横断鉄道とフランスの小さなジャンヌのための散文詩

8. デュシャン兄弟とピュトーグループ

キュビスムの代表的なアーティストとしてデュシャン兄弟を紹介します。
長男のジャック・ヴィヨンは法学大学を出た後に、キュビスム版画家、かつ画家として活躍しました。
次男のレイモン・デュシャン=ヴィヨンは医学大学を出た後に彫刻家、芸術家になりました。
そして、三男のマルセル・デュシャンも画家として活躍しました。

1906年、長男のジャックヴィヨンアトリエ兼居住地をピュトー郊外に構えました。その拠点に次男のレイモンも越してきて、その後、1911年以降に、このピュトーにジャン・メッツァンジェ、フランシス・ピカビア、フェルナン・レジェなども集うようになり、彼らをピュトー・グループと呼ぶようになりました。
このコーナーではそんなデュシャン兄弟ピュトー・グループのメンバーの作品を見ることができます。
この中ではクプカの作品が気に入っています。

<レイモン・デュシャン=ヴィヨン>
・マギー(彫刻)
・恋人たちII(レリーフ)
・恋人たちⅢ(レリーフ)


・座る女性

<マルセル・デュシャン>
・チェスをする人たち



<ジャック・ヴィヨン>
・行進する兵士たち

<フランティシェク・クプカ>
・色面の構成


・挨拶

<フランシス・ピカビア>
・赤い木


9. メゾン・キュビスト

キュビスムの流れは建築や室内の装飾まで影響を与えました。1903年にキュビスムのサロンのひとつである「サロン・ドートンヌ」により、「メゾンキュビスト」と呼ばれた新たな建築・装飾芸術が展示されました。

その中では、アンドレ・マールがキュビスム的な優れた装飾芸術や家具を制作しています。また、デュシャン兄弟の次男のレイモン・デュシャン=ヴィヨンにとって、 「メゾン・キュビスト」は本格的な建築的構想の試みとなりました。このコーナーでは、当時の「メゾン・キュビスト」に関する資料や素描をみることができます。

10. 芸術家アトリエ「ラ・リュッシュ」

「ラ・リュッシュ」とは蜂の巣の意味です。パリ南部の屠殺場に近いダンツイヒ通りに「ラ・リュッシュ」と呼ばれた集合アトリエ1902年に彫刻家のアルフレッド・ブーシェによって創設されました。
「ラリッシュ」には、困窮するヨーロッパ中の画家や彫刻家が集まってきます。キュビスム時代には、この「ラ・リュッシュ」がキュビスム芸術の中心地と言われたこともありました。

このコーナーでは「ラ・リッシュ」に参加していた芸術家の作品を見ることができます。

<コンスタンティン・ブランクーシ>
・接吻
・眠れるミューズ
・プロメテウス

<マルク・シャガール>
・ロシアとロバとその他のものに


・婚礼
・白い襟のベラ
・墓地
・キュビスムの風景



<アメデオモディリアーニ>
・女性の頭部(彫刻)
・カリアティード
・赤い頭部


<ジャック・リプシッツ>
・頭部(彫刻)
・彫刻(彫刻)
・水浴する女性(彫刻)

<アレクサンダー・アーキンペンコ>
・女性の頭部とテーブル(彫刻)



11. 東欧から来たパリの芸術家たち

1920年のセクション・ドール展覧会3人の東欧出身の芸術家が頭角を現しました。
レオポルド・シュルヴァージュ
エレーヌ・エッティンゲン(レオポルドのパートナー)
セルジュ・フェラ(エレーヌのいとこ)

このセクション・ドールには彼らのようなロシア人芸術家が多く含まれていました。
このコーナーでは東欧出身の3人の作品を見ることができます。
<エレーヌ・エッティンゲン>
・無題

<レオポルド・シュルヴァージュ>
・カップのある静物
・エッティンゲン男爵夫人


<セルジュフェラ>
・静物


・静物:グラス、パイプ、ボトル

12. 立体未来主義

1907年、モスクワでステファノス展が開催されて以降、ロシアの画家の間でも「ネオ・プリミティズム」「立体未来主義」という芸術活動が盛んとなりました。これらの芸術活動もフランス中心の「キュビスム」の流れを汲んだものと考えられています。

このコーナーでは、ロシアの芸術家の作品をみることができます。

<ミハイル・ラリオーノフ>
・春
・散歩:大通りのヴィーナス



<ナターリヤ・ゴンチャローワ>
・帽子の婦人
・電気ランプ

<ジャン・ブーニー>
・理髪師
・椅子、パレット、バイオリン



13. キュビスムと第一次世界大戦

1914年ヨーロッパにおいても第一次世界大戦が没発し、キュビスム運動にも大いに影響を及ぼしました。直接的な影響では、画家自身が戦地前線に送られたことです。
そんな中で、フランスのカモフラージュ部隊がカモフラージュに用いた迷彩模様制作にキュビスムやその周辺の画家が登用されました。

また戦中、戦後、フランスにとって、敵国ドイツの装飾芸術が立体的(キューブ)、幾何学的とみなされたことや、キュビスムの画商カーンヴァイラーがドイツ人であったなどのことから、キュビスムとドイツを同一視する考え方が生まれました。それぞれのキュビスム芸術家達もこうした戦争や戦争をとりまく空気に巻き込まれながら、作品制作を続けていきました。

このコーナーではそんな時代の作品をみることができます。
ファングリスの2作品は非常に好きな作品です。
またピカソの作品も色合いが素敵な作品です。

<レイモン・デュシャン=ヴィヨン>
大きな馬(彫刻)



<アルベール・グレーズ>
・帰還
・戦争の歌

<パブロ・ピカソ>
・若い女性の肖像


<ファン・グリス>
・朝の食卓


・椅子の上の静物

<マリア・ブランシャール>
・輪を持つ子供

<ジャンヌ・リジ=ルソー>
1キロの砂糖のある静物

14. キュビスム以降

第一次大戦後の1918年、「キュビスム」に代わる芸術活動として「ピュリスム」(純粋主義)という言葉も生まれました。また、キュビスムの画商であったカーンヴァイラー画廊のストック(絵画)はフランス政府にしばらく押収されていましたが、それが競売にかけられました。
その競売において、ピカソやブラック、レジェなどの作品を落札したのがフランス在住のスイス銀行家、ラウル・ラ・ロシュでした。

このラウル・ラ・ロシュにル・コルビュジエが絵画コレクションを展示するためのギャラリーを備えた邸宅を建てることを提案します。そして、いとこの建築家ピエール・ジャンヌレの協力を得て、ラ・ロシュージャンヌレ邸が完成します。

このラ・ロシュージャンヌレ邸の絵画ギャラリーは週に2日一般に公開されました。ル・コルビジエは建築論の中でもキュビスム絵画の先駆的な意義に言及し、彼にとって、キュビスムが偉大な指針であり続けたとのことです。
大戦後のキュビストたちの大半が、静物やコメディア・デラルテ(即興演劇の一形態)の人物像など伝統的な主題に向かった中で、レジェはピュリスト達の舞台芸術や映画の仕事にも取り組みました。
そんな時代、キュビスム後の作品をこのコーナーでは見ることができます。
ここでもピカソとファングリスの作品が気に入っています。

<ジョルジュ・ブラック>
・ギターと果物皿

<パブロ・ピカソ>
・輪を持つ少女



<ファン・グリス>
・ギターを持つピエロ



<アンリ・ローランス>
・頭部(彫刻)
・果物皿を持つ女性(彫刻)

<フェルナン・レジェ>
・タグボートの甲板



<フェルナン・レジェ、ダドリー・マーフィー>
・バレエ・メカニック(舞台芸術)

<ジャック・リプシッツ>
・ギターを持つ水夫(彫刻)

<ル・コルビュジエ>
・静物
・水差しとコップー空間の新しい世界


<アメデ・オザンファン>
・食器棚


以上のように、展覧会のコーナーテーマに沿って、キュビスムの歴史を辿っていくことができました。

ピカソとブラックによって生まれた「キュビスム」の作品は現代でも高く評価されていますし、この後の現代アートの「抽象画」の分野にも繋がっていっているような気がします。
今から1世紀以上前の人類が生み出した芸術活動「キュビスム」について、少しは理解できたような気がします。
第一次世界大戦という時代の大きな流れに翻弄された「キュビスム」の歴史を知った上で、もう一度、展覧会見て観てみたくなりました。

それでは。

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