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交通事故患者さんの「痛い」という言葉に向き合っていますか?

怪我をすれば、大概の方は「痛い」と言うことが多いです。

ただ不思議な事に、この「痛い」という表現は
・痛いと言うことをちゃんと言わないと「なんで言わなかった?」と怒られ

・「痛い」と言うことを続けて訴えると「痛いばっかり言うんじゃないと怒られ

という現象があります・・・外来の現場では(笑)

いや・・・(笑)と入れてしまっていますが、これは言われた方の患者としては切実なんですよ。

「じゃあ、どうすればいいの?」と。
だから医療嫌いになる人とか、不信になったりする。

この「痛い」・・・音だけなら「いたい」という3文字になるわけです。

私が、今回考えて頂きたいのは「痛い」という患者さんの訴えを、どのように捉えていらっしゃいますか?ということ・・・。
今回は、元事故被害者という患者目線と、医療コーディネーターとしての経験も交えて記事に上げてみます。

①DLPFC理論を含めて、患者の痛みというものへのスタンスが変わり始めた

②医療従事者の考える「痛い」と患者の痛いは、どこかに乖離があるのでは無いか?

③「痛い」というのはそもそも何か?をちょっと思案してみる

④そもそも交通事故の損害賠償は「痛い」をどうするべきと考えているのか?

の4本で参ります。

①DLPFC理論を含めて、患者の痛みというものへのスタンスが変わり始めた

数年前からDLPFCに関する情報が出て来ました。
掻い摘まむと・・・
・DLPFC(dorsolateral prefrontal cortex:背外側前頭前野)とは脳の一部

・痛みの回路を抑制し興奮を沈める司令を出しネガティブな感情をコントロールする所。

・慢性痛患者ではこの仕組みが衰え、痛みの回路の興奮が収まらず、身体的な原因が無いにも関わらず痛みを感じてしまう

・また、痛みが長引くほどDLPFC体積の減少や機能低下が見られる他、うつ病患者でも同様に減少縮小が見られる

と言うモノ。
実際に、接骨院の現場でも「痛い痛い」とずっと訴える患者さんは珍しくありません。

極端に言うと「いつまでも痛いとか言ってんじゃない!」という、時代錯誤的な怖い先生の言葉を、理性的に理由付けした感が私にはあります(笑)

実際に、慢性期になって器質的には炎症は治まっていますが、痛みを訴える患者さんはいます。

ここは大事な事ですが・・・痛みがある患者さんの心理というか、気持ちって、考えた事ありますか?

表皮に目立った損傷も見えなくて、下部組織と交通もして無く、当然ながら観血的な状態でも無い。
でも、痛い・・・そして痛みに混じって複合的に、日常生活への支障がいくつも出てくる。

分からないなら簡単です・・・自分がなればよく分かります。

私の場合は、幸か不幸かそんな状態を経験しています。同時に、いろんなドクハラも受けています。


ただ言える事は、患者がドクハラと思ってしまうような言動は何も産み出しません。

医療従事者としては、いろんな思惑はあるとは思いますが・・・少なくとも、御自身の経験してきた事で、負が強いことを目前の患者さんにぶつけても、何の解決にもならないのです。
・痛いとばっかり言うな!
・痛いと言うのはお金目当て?
・これだから交通事故患者は・・・
・もう治ってもおかしくない

とかね・・・

患者さん側の最大のポイントは・・・



「自分でもなんで痛いのか分からない」だと私は考えます。

だって見た目的にも出血している訳でも無く、見た目も紅斑や内出血が見えるわけで無い。
なのになんで?

なので、その疑問が払拭出来ないことから、ダークサイドに陥る。

ただそう言った中でも、この理論はある意味で、いい線引きというか目安を作った点があるのは良いことだと思います。
「ここまで長い期間、痛いと言うのは、他に原因あるかもよ」と。


②医療従事者の考える「痛い」と患者の「痛い」は、どこかに乖離があるのでは無いか?

この、DLPFC理論のように「いままでの思い込みとは違う事かも」という気づきは大きな影響を与えると思います。

同時に「こんなに器質的には、一次創傷治癒に至っているのに、なんで痛いというかな・・・」という医療従事者の疑問にも、1つの効果が出るのです。

ただし・・・私から見て、これを活用と言うよりも「乱用」になっていないのかな?という現場もあります。

このDLPFC理論って・・・当てはまればいいけど、どっちかというと・・・この恩恵って、医療従事者側にもしっかりありませんか?場合によっては患者よりも・・・

そもそもですが・・・


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