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私にはわかりません 中①

富士の樹海
年間多くの人間が死に場所として選ぶ土地
良く聞くのは磁場の狂いから生きたくなっても本当に迷って逃げられなくなるという話
いま目の前にある初夏の樹海は、そんな闇など微塵も感じさせないほど美しく日の光に輝いていた

遊歩道に来た
意外だったのは、観光客らしき人々でまあまあ賑わっていたこと
勝手に陰なイメージを作り上げていたが、そんなことはなく
みな、写真を楽しげに撮ったりして遊歩道を散歩している
しかし僕の目的はここじゃない
遊歩道から外れた、もっと深い場所だ
人は死ぬときに、発見されたい人と見つかりたくない人に別れるという
発見されたい人は遊歩道で自殺することもあるだろうが
それは、管理人が即座に見つけてしまうだろう
だから奥地に行く
自分が迷う恐れもあるが、一応の対策はしている
色とりどりな紐を、メモした順番通りにくくりつけ、帰りは逆の順で回収するという実に原始的なやり方だ
朝の8時、風は爽やかで少し肌寒い
初夏とはいえ木立のなかにいると日光も弱まる
僕は観光客に会釈を返しつつ、どんどん遊歩道の奥まで進んでいった
そして、誰も廻りに居ない隙をつき、木立が密集した場所へ身を隠す
遊歩道を歩いていく観光客の声を遠くに聴きながら、まずは赤いテープを引っ張りだし、目立たない場所に括った
人影を躱し、奥地に進む
ふと、昔にやっていたホラー番組を思い出した
樹海を探検して実際遺体を見つけていた
モザイクはかかっていたが、あの興奮が甦る……

気づけば長時間、人の気配を感じることがなくなった
完全に一人らしい
木立は遊歩道にくらべ圧倒的に密になり、足元は大きな石や根っこで非常に歩きづらい
天気は良いが、鬱蒼とした森のなかは薄暗かった
期待で否応なしに高まる
足に疲労はたまってきていたが、たびたび来られる場所じゃないだけにとことん味わいつくそうと決意してきている
携帯食を食べながら、ひたすら木々に目を凝らし、地面には遺留品がないかと注意を払い続ける
時計を見ればもう12時だ
軍手で藪を掻き分けて随分経った……

ギクッと足が止まった
少し離れた藪の横に、自然界には存在しないほど鮮やかな緑色の何かがある
近づくとそれはリュックのようだった

心臓が跳ねあがる
ゴミは見かけたが、それさえも数は少なかった
だがリュックは…もしかすると近くに遺体がある可能性があるのでは

指先まで鼓動を感じるくらい、身体中が脈打ち息が荒くなる
初めて見るのは…男か女か?
若いのか年寄りなのか?
状態は?

緊張と期待で目眩がしそうだ

輝くような、ネオンカラーのグリーン
誘うような、危険信号のような蛍光色

リュックの周りをまず見渡す
……が
残念ながら、遺体らしきものや衣服はなかった
いや、諦めるのはまだ早い
とりあえず…

僕は持ってきていた大きいビニール袋にリュックを丁寧にいれた
持った感じはカラカラに乾いている
だが空ではない重みを感じた
ここしばらく雨が降らなかったお陰で状態は良さそうだ
ツイてるぞ

だがツキがあったのはここまでらしい
荷物を捨てたのなら周囲に遺体があるはず、と探したものの
まったく見つからなかった
それが経験の浅さからくるミスだったのか、本当に遺体が無かったのかはわからない

3時になる頃には、さすがに諦めた
樹海で夜を迎えたくないなら、そろそろ潮時だろう

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