【日曜興奮更新】急いで

セックスって、その辺に転がってるけど全くあの男に匹敵する者がいない。少し前にプロポーズしたのに返事がない。「待ってくれ」って、言ったっきりで変に私に期待をさせている。何日も待っているのだ。

今朝、横に寝てた知らない男の寝てる顔を見て、はっきり分かった。頭の隅にあの男の返事をまだ待っている自分がいた。次へ、と乗り換えられない。


「なんかさ、あんまり会社ぽんぽん辞めて色々するのも良くないと思うよ。」

好きな彼は、私によくこう言うのだった。

「分からないよ。私だって色んなことに巻き込まれてさ、会社を次々と辞めてるんだよ。あと、わたし、寿命短いらしいし。」

「なんで寿命短いって分かるの?」
「占いで言われたんだよ。すぐ終わるんだって。」
「へー、なんでそれと会社辞めるのが関係あんの?」
「すぐ終わる人生なら、ぽんぽんと次へ次へ色んなことしなきゃだめでしょ。」
「そこまでその占い師に言われたの?」
「いや、私が決めたの。」
「勝手なやつだな。」

実際、その占いの結果を半分信じて背中を押されている。バカみたいと言われても、振りかけられた言葉が深く身体に染み込んでしまって、どうにもこうにも解除が出来ないのである。

「だからさ、結婚しようよ。」
「待って、勝手だよ。」

そこから、何日も経っている。

私は仕事をすぐ辞める。周りの人に新しい門出を応援されたのにすぐ辞め、また応援され、辞めて、を繰り返している。こういうのは普通、長いスパンで時々繰り返して、人は死んでいくんだろうな。でもわたし、何もかも急いでいる。時間がない。


そして先週、人が死んでいるのを見てしまった。勤務先のビルの前で同い年くらいの女の子が倒れていた。助けなきゃと思ったけれど彼女はもう動いていなかった。顔はこちらを向いていなかったので、怖さはなかった。

しかし、足先のストライプのネイルが太陽に照らされ、やけに光っているのを見て、腰に力が入らなくなった。そこにまだ女の気持ちが残っていた。

現場検証している警察官に尋ねた。

「彼女、なにがあったんですか?」
「飛び降りです。」
「どこからですか?」

彼は答えずに、わたしの勤務先のフロアを指差したのだ。人って本当に死んでしまうんだ。命の無くなり方、突然である。よくあの高いフロアの廊下から下を見下ろして「ここから落ちたら終わりだろうな」とか考えていた。

そういう軽い気持ちでのシミュレーションを、本当に実行してしまった人が目の前にいることが私の恐怖をさらに増やした。


「時間がない」

ふいに彼に送ったメッセージ。2秒して送信取消をした。今の時代は言葉をすぐ撤回できるから、便利だ。

Twitterを開く。今日も誰かと誰かが考え方の違いで、大いに喧嘩をしていた。恐ろしくバカなんじゃないかな、人に構っている暇がある人はいいなと、思った。

死を見てから、ずっと鼓動が早い。こういうのはじきに収まるだろうけど、思考はどんどん早くなっていく。

恋も次へ行くべきなんだが、なぜだかそこを急ぐと生きている意味がなくなっていくような気がするから大変だ。人から愛されて、愛している、という状況は、人間にとって、私にとって、とても大事なことなんだろうと思う。


「こないだのプロポーズ、冗談だよ。お茶でも飲もうか。」

テキストを打っている途中に、目が痛くなってきた。重くてしつこい涙が出る前の、あの痛みだ。

「分かった。」

彼から返信が来た。どういうテンションでの、分かった、なのだろう。

2日後、彼は家にやってきて「これ、心が落ち着く音楽なんだよ」と言ってヒーリングミュージックをリビングでかけ始めた。いいね、と言いながら私は彼にバレないように音量を3つほど下げた。

「仲直りのハグでもしますか!」

そうやって大きく手を広げ、彼に助走をつけて飛び込んでもらった。体格差があるから、重い衝撃も胸にやってきて、ビリビリと痛みが走った。

私は泣いていた。

「おい、仲直り嬉しいっての?」
「いや、違う。」
「違うんかい。まだ寿命短いとか、信じてたら許さないからね。」
「うん。」 
「いま、何を信じてる?」

そう聞かれても、私は答えが出ない。

「何を信じたらいいかな。」

「俺とか?」
「お前かい。」
「結婚とかは、当分出来ないけど。」

吹き出してしまった。口からよだれが出て慌てて拭き取る。笑ってる場合ではない。私は急いでいるのだ。

「じゃあ、いつするんや。」
「死ぬ間際。」
「頑張って生きなきゃいけないのか。」
「うん。」

腰に力が入った。当分、この男とはセックスばっかりして、死ぬ間際までがんばっていくしかない。占い師よりも、いま腰に力を入れてくれるやつの言葉を信じてしまおう。

思いっきり次の執筆をたのしみます