【日曜興奮更新】グッピーの命、今日の輝き

またどうしようもない人に金を貸してしまった。

両手を合わせてお願いポーズ。こんなに上手い人っているのだろうか。貸すそばから溶かす彼のTwitterは輝いていた。新しい時計、新しい車、新しい女。

コメント欄の「うらやましいですー」という声。私も羨ましいと思うが、それは私の金で買ったものなのだ。新しい女の口紅が、私よりも赤くて潤っている。

わたしの唇は、乾燥地帯もいいとこで最近は久しく誰にも奪われていない。

「わたしが買ってあげたグッピー、ちゃんと生きてんの?」

15匹仲良く泳ぐ姿を2人で見ていた。尾っぽが千切れている者もいて、かわいそうに思って全匹買った。エサと空気がぽこぽこ出る機械も。

「あぁグッピーね。いま、1匹とかだな」

知らないうちに命が減っていた。命を軽く言う人が前の席に座っていて、でもそんなやつに金を貸している自分が恥ずかしい。彼は新しいものが好きだった。興味があるものは何でも手元に置いておかないとおかしくなってしまう病気だった。

その病気を助長してしまう女が私であった。

「今度の日曜に全部返してよ」
「あ、その日。えーっと、用事あるんだよね」


無視してアメリカンコーヒーを頼んだ。喉の奥にカフェインがざらついて、痰が絡む。カウンターで店員さんが長いナイフでケーキを切っていた。スッと下まで降りていく刃の心地よさ。死ぬときはあのくらいスッといかれて気付かないうちに逝きたい。


「Twitterの使い方、分かってる?私が嫌な気持ちになるって分からないの?」

「なんで?お前と一緒で、全部を表に出してるだけだよ」

この男、重大な間違いをしている。私は管理しているさらけだし、なのだ。あんたのは無責任丸投げ放火犯の投稿だ。

ガシャン、とコーヒーが置かれて身体が縮む。

「すいません」と店員さんが謝ってきたのが気まずくてケーキを頼んだ。


1週間後の日曜日。待ち合わせ場所のコンビニの前で、彼は透明のビニール袋を持っていた。生き残りのグッピーが斜めに泳いでいた。

「お前の方がグッピー好きだったよな」

お腹にボンと突きつけられたグッピーの唇がビニール越しに少し私の皮膚に触れて、鼻の奥がツンと痛くなる。それは尾っぽが千切れていた、あの子だった。 


「この子以外、全部死んじゃったんだよね」
「ちゃんと世話はしたよ」
「それでも死んじゃうものか」
「だって、命って分からないぜ」

命って、急に幕を閉じるらしい。こんなに今はこの男にむかついてるのに、今日死んじゃったら、この怒りも無かったことになる。そうはさせるかと思うと生きる気力が湧いてくる。なんとたくましい女である、自分。


「新しい女、どうなの」
「あいつねー、なんか顔だけって感じかな」
「誰が言うとんじゃ」

春の風を両手を上げて浴びる彼が自由に見えた。

私も真似して両手を上げて、グッピーに空を感じさせた。上に向かって泳ごうとして、健気で、かわいい。

「わたしも新しい男、つくろうかな」
「できんじゃん」
「誰が言うとんじゃ」


今日、この男から借金の返済はなかった。

返ってきたのは、「一緒に飼おうね」と幸せ絶好調だった時の象徴である魚のみ。

高円寺の商店街を一人で夜歩いて帰る。

フローラルな安い匂いの香水をつけたピンサロの女の子が横を通り過ぎて行った。この人は毎晩同じ時間に出勤している。いつも同じつけまつ毛の角度、同じ丈のスカート、ラメのネイル、キティちゃんのサンダル。あまりに変わりのない彼女の姿は、今日、命のショックに触れた私の心を安心させた。

グッピーの泳ぎがゆっくりになっているのに気づいた。弱ってきている。ビニール袋を片手で持っていたが、両手で支えるように持つ。

「まだ死なないでね」

死が近づくと、俗っぽいものが急にバカらしく見えてくるのが人間だ。しかし、私はさっきの女のいつも通りさに救われてしまった。


魚の輪廻転生ってあるだろうか。ここを離れても、幸せって思ってくれるだろうか。たくさんの魚の中の1匹くらいって、他の人が飼ってる魚なら思うかもしれない。


LINEが入った。

「今日はありがとうね。また貸してね」

死が遠くあるところで、喧嘩をしたい。相手がいなくならないという前提で、とことん戦いたい。この男も、いつかいなくなってしまうのかと思うと無視はできない。既読だけつけてみる。


信号待ちの交差点で、赤信号をぼうっと見た。

お腹で支えた袋の中でグッピーはぐるりと回った。下を向くと、もう一度回った。

まだここにある動きが、今日の締めくくりを明るくさせた。明日もまた、永遠に生きるつもりで動いていきたい。名言なんか吐きたくない。それが最期の言葉とかダサすぎる。日常が突然終わる、その日までグッピーと一緒に生きようと思った。

思いっきり次の執筆をたのしみます