【瓦版】美容師のおばあちゃんとの思い出
うちのおばあちゃんは現役美容師だ。今年で90歳になる。
幼い頃からおばあちゃんに髪を切ってもらうことが当たり前だった。
私の家族も全員切ってもらっていた。
実家の横がおばあちゃん家で、前髪の長さが気になるなぁと思えば彼女の家に走って美容室の扉を叩いてお願いをする。
大きな扉をバッと開けて私の頭を撫で、フカフカの椅子に座らせ、いつも大きな羊羹を出してくれた。子供だった私は、羊羹の味が渋くて苦手でショートケーキがいいんだけどなぁと思いながらも煎れてくれた熱いお茶と一緒にガシガシ食ベて飲み込む。そんな姿を見て、孫が喜んでると勘違いしたおばあちゃんは、また羊羹を奥から切り出してくるというループ。もう食べれないよ。
「今日はどうする?」
「どうしようかな。うーんと、流行ってるやつがいい!可愛いの!」
自動で昇降する椅子で天井めがけて遊ぶ私の肩を思いっきり沈め、ふわりとケープをかける。
ハサミをざくりと前髪に。
はっ!
「結構行ったね。。。」
そんなことは言えない。ニコニコと彼女の腕を信用していこう。
最近あった辛いことや、徳川家康のこと、戦争を体験したこと、本当は結婚したかった男の話など、かなり大人の話を小学生の私にする。
「その人、死んだおじいちゃんよりセンスが100倍よかったんだよね。でもその男と結婚してたら◯◯ちゃんは産まれてない。」
「あぶね〜〜〜〜」
まじで危ないよ。よかった。気が変わって。なんて話を孫にするんだ。
彼女が切る髪型はいつもワンパターンだ。前髪パッツンのかなり角度がついた前下がりボブ。それを知っているけど、毎回今度こそは違う髪型にしてくれるんじゃないかと思っていた。
シャンプーの指技はとても丁寧。しかし目に置かれたティッシュ(!!)に水がボトボト落ち、彼女の顔がじんわり透けて見える。仕事をしている顔だ。かっこいいな。いつもの羊羹を大きな口で幸せそうに食べてる時と違う表情をしている。
ブローをする前に、オイルをビッチョリと付けられる。
うぇぇ、ベタベタ苦手。前髪を素早く乾かし、前下がりの髪の毛を後ろから指と風で整え、1ヶ月前の姿に私は戻る。
「ふぅ。完成。」
首の後ろがスースーする。少し恥ずかしい。
「じゃあね!また来る〜〜〜〜〜」
「こら、ありがとうでしょ!」
「あはは、ありがとう」
入り口に置いてある、老人会で作ったであろう小さなネズミの人形の頭をひと撫でして、ここを出る。
このような繰り返しで私たちは毎月休むことなく、切り切られ、前下がりボブの関係は何年も続く。
やがて反抗期がきて、どうしてもおばあちゃんに切られることが嫌になった。同級生にいじられたからだ。私は髪を伸ばすことを決めた。
彼女がうちの家にきて、頭を撫でてくれた時も手をはねのけて、子供部屋に逃げてしまった。鏡を見ながら、少し伸びてきた髪をクシでとかす。髪を思いっきり引っ張って、早く伸びないかなと試して痛い思いもした。
そのうちホラー映画に出てくる日本人形のようにボサボサになった私を見かねて、お母さんが無理矢理おばあちゃんの家に連れて行った。当時の写真を見返すと、なぜここまで意固地になっていたんだろうと思うほど爆発ヘアーだった。
席に座る。ため息をつき、鏡を睨むわたし。
おばあちゃんはなんだか嬉しそう。切り落とした髪の毛をホウキで手早く集め、「上等なカツラが作れそうよ!」と喜ぶ。その髪の毛たちは私の目指す可愛いの塊なんだ。失礼しちゃう。
久しぶりに前下がりボブになってしまい、泣きそうになった。あかん、また明日からかわれるじゃん。
シャンプーを断り、止めるおばあちゃんを無視して、私は家に帰る。
それから私は自分で雑誌を見ながら髪の毛を切るようになった。意外とうまくて、周りにも評判で鼻高々だった。
そして月日は流れ、進学のため上京をすることに。
さすがに自分で髪を切ることはやめ、おしゃれな原宿の美容室に行った。行ったというよりは、竹下通りでイケメン美容師さんに声をかけられ付いて行った。きらびやかな内装にいけてる美容師さんたち。
綺麗な鏡の前に座らせてくれて、田舎者の私は舞い上がってしまった。
「えっと、カット、カラー、パーマで2万円だけど大丈夫かな??」
た、高い。そうか今までおばあちゃんに無料で何年もやってもらっていたけれど、世間ではお金を払ってやってもらうんだ。お父さんが新幹線の改札前で渡してくれたポチ袋に入っていた万札をこんな早く使うことになるとは。
「お願いします」
私は覚悟を決め、そう言った。
うん、手際がいい。会話も話題のことばかりで、素晴らしい。笑いが止まらないよ。
だけど私は笑うたびに、だんだんと寂しくなってきた。
おばあちゃんと違う一つ一つをこの場所で見つけるたびに、仲良しだった頃の思い出が蘇っていく。
そして東京的で可愛くなった私は、家族にテレビ電話をすぐにする。
家族でご飯を食べていた時だったらしく、おばあちゃんもそこにいた。
「わぁ、可愛くなったねぇ。これから東京の生活が楽しみだねぇ。」
うん、と返事を返したけれど、実家に帰りたくて帰りたくてたまらない。
竹下通りの人通りの多さをカメラで映して見せると、家族のどよめきがスマホから聞こえる。
おばあちゃんが「やっと手が離れたな〜。頑張ってね」とエールをくれた。
こんな賑やかな原宿で目を真っ赤にして、東京から去りたいと思っている女はこの時、私だけだったと思う。
ごめん、おばあちゃん、ずっと私を可愛がってくれてたんだよね。
生活はつづき、都会にも慣れ、すっかり地元のことを思い出すことが少なくなったけれど、今でも美容室にいくたびに、おばあちゃんとの日々が蘇る。
違う人に髪の毛を切られるたびに、違いを思い出す。
不器用で、ワンパターンの髪型にしかしてくれないけれど、あなたからもらった愛情はとても大きかった。
最近は物忘れがひどくなってきて、家族のことも忘れそうになっていると聞いた。ずっと元気で私のことを覚えて、時には頭を撫でて欲しいんだけれど、ゆっくりと老いていくおばあちゃんを止めることは出来ないので、髪が伸びるたび、髪を触るたび、美容室に行くたびに、私が何度も昔の記憶を思い出そうと思う。
ばあちゃん、本当にありがとうよ。
思いっきり次の執筆をたのしみます