【日曜興奮更新】一周


見ず知らずのやつになんか、同情されたくないと母は言った。

今日は、祖父が死んだ日、命日。

明るい顔で酒を飲んで、炊飯器を思いっきり窓ガラスにぶつけてみれば、夕方が来たことが分かる。

飛び散った破片を拾う小さな私の母と彼女の弟は、少しだけ笑ってる。狂気な出来事も毎日となれば、慣れてくるらしく、そこに違った景色と意味を持たせることができる。

「今日は最新の炊飯器が一発でカチ割れた。」

毎週2、3は変わる家電製品により、ショールームと化した木造の一軒家は温かな家族の思いによって守られていた。



競馬場に出かけた祖父が16時に電話をかけてきて、私は出る。

「今日は焼肉。」

勝ちが決まると、家族総出で地元の韓国焼肉屋に出かけていく。男が家族を喜ばせることは、当たり前の世界であって、負けてしまうと、まずいうどん屋に連れて行かれる。そこで文句なんか言ってしまうと器に顔を沈められ、褒めなかった自分を恨む。


祖父が運転するキャンピングカーに乗った帰り道、窓を開けて「いい風だね」と言うと、なんとなく場が和む。和ませる選択肢なんか教えられてないのに段々と分かっていく自分がいた。


「あいつなんかいない世界があったらいいのにね。」

弟と2人で公園の砂場で土を盛って「死」って指で描いてみる。子どもの残酷さと、本当にはそうならないだろうって思える安心感の上で遊ぶのは楽しい。


祖母の事業がうまくいくごとに、祖父の酒量は増えていき、硬いものが壊れる音が大きくなっていった。


今日も16時。

いつもなら私たちを呼ぶ電話が鳴らない。家族は安心して、この日を待っていた。冬なのに祖母は珍しく汗をかいていて、「今日は嵐かもね。」なんていって、みかんを半分こしてくれた。

この静けさは、他の家庭では当たり前にあるのに、あんなにも求めていたのに、なんだかさみしい。


弟が「おれ、親父が飲んでる居酒屋まで行くよ。」と言って迎えに行った。


みかんの薄皮をはいで、食べないまま赤茶色の机に並べて待つ。

「お父さまが車にはねられました。」

弟より先に、酒場のお姉さんから電話が鳴った。

「そうですか。ああ、だから。ああ。」

祖母は淡々と事実を受け入れていこうとしたが、電話の向こう側から聞こえてくる「病院に行ってください。」という声に反応していない。

ご飯はいつものタイマーどおりに炊けてしまい、父は帰らず、母は電話を握って離せない。

田舎町にある病院は、ただ一つ。そこにみんなでタクシーに乗っていった。

母は「大丈夫大丈夫。きっとさ、軽くこけただけだよ。」

笑顔なのに泣いている大人の顔は、わたしたち子どもを大人にさせる。

窓をいつもどおり開けてみて、「ほら、風が気持ちいい。」

彼女の涙は、こんな風で乾くわけもなく、病室の前で扉を開けられないまま時間が経っていく。ここを開けると、なにかが変わってしまう、そんな気がした。

「おーい。」

向こうでそんな声がして、弟が元気よく扉を開ける。

「あはは。おれ、頭、カチ割れちゃったらしい。でもさ、1週間で退院出来るらしいよ。」

申し訳ない顔をして手を振る父に、母は怒った。

「死んだかと思ったじゃない。」

「おれが死ぬわけないやん。酒、持ってきた?」

弟が泣いて抱きついて、一家団欒の空気が流れる。

信号無視した車にはねられ、空中を舞った父は走馬灯を見たらしい。

「電話するの忘れたって思ったんだよね。」

「その電話、最悪だからしないでよ。」

「なんやと。」

頭がカチ割れてるのに、拗ねて病室の外を見る彼の鼻から垂れた涙。

この夫婦が仲良く話してるところを見た記憶がない。怒られても、炊飯器をなげられても、泣かない強い母がきちんとそこに立っていて、左右にいる子どもたちの手を握って夫を睨んでいた。

父は、交友関係が広く、入院中いろんな職種の人が会いにきた。

頂いたマスクメロンを真っ二つに切って、「おれの頭もこうなんや。」と言って私を笑わせた。


1週間後、彼は死んだ。

それは前触れもなく、死ぬ前日に一緒に食べたみかんにマッキーで顔を描いて「こういうのが面白いんか?」と顔を覗いて聞いてきた。

なにも面白くないけど、弱った中で「父親の顔」の正解を探していた姿を肯定していくことが大事だと思った。


葬儀の日。雪が降った。

「割れたものって、戻らんのやなぁ。」って、弟がつぶやいて親戚のおじさんに叩かれていた。

定期的にうちの家の木を切ってくれる庭師のおじさんも参列していた。母には伝えてなかったけれど、彼はこの前、大人が家にいない隙に箪笥から100万円を盗んだ。部屋の奥に隠れていた私の視線に気づき、微笑みながら近づいてきて頭を撫で、しょうもないその犯罪は終わった。


この日も彼は頭を撫でてきて、御守りをくれた。

「神様がこの中に入っていて、なんでも願い事を聞いてくれる。」と言った。

それを受けとると、家の裏に回って、御守りを縛っている紐を急いで解く。

中には厚紙が1枚入っていて、ここからどうやって神様に祈っていけばいいのか分からなかった。


大人のざわついた声が聞こえた。

父をはねた犯人が参列していた。「暑い暑い。」とマフラーを取って、気だるそうにしている。

彼が乗ってきたベンツが家の前に堂々と停められていた。

前方の凹みを見て、自然と地面にあった石を拾った。


父が好きだった歌を、大人びた歌を呟きながら、石と車体の間に、隙間を開けずにゆっくり一周した。

車には名前が必要って、思った。

「カチ割れ号。勇気ある戦死は一人」

雪の結晶も描いてあげた。大きな声がした。顔を上げると拳を上げた犯人がいた。親戚のおじさんが彼を羽交い締めにして、私は大きな声で「死んじゃったよ!」と叫んだ。

御守りの力を借りて、勇気ある行動ができてしまって、庭師のおじさんに抱っこされて、お坊さんのお経を聞いた。

彼の心臓の音が心地よく、もう今日からは、どんな大人でもあたたかい胸を貸してくれる人を信頼してしまおうと思った。

思いっきり次の執筆をたのしみます