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【瓦版】昨日まで生きていた人が、えびせんになっていた

「死体の匂いって、こんな感じなんですか?」

この日は桜が満開とニュースが出ていた。

昼食を食べた後、また入居者が死んだと警察から聞いて現場に来た。死んだら私たちの会社では部屋と呼ばず、『現場』と呼ぶのだ。男はちゃんと固くなっていた。えびせんを焦がした匂いが充満している。死んだらえびせんになるのか。

「昼飯食べたあとでラッキーだったね」

そうやって一緒に死体を確認した会社の先輩は言った。わたし達は中央線の不動産会社に務める会社員だ。普通の会社員は終業時間まで誰かが死んだ、という電話を受けないだろう。昨日まで家賃の督促電話をガンガンに掛けて私に謝っていた男が目の前で死体になってベッドから半分落ちて転がっている。彼は人形みたいな無機質な顔で辛いことなんかなかったように見えた。私はそこに一種の憧れを感じた。

『いち抜けた』と飛び越えて消えた、強さがあった。
時代が違えば切腹もあったんだからケジメの付け方としてこの先こういうやり方もアリだと思うのだ。現場に遅れて入居者の家族がやってきた。死臭を感じたくないのか、彼ら遺族はマスクを付けていた。テキパキと現場検証を行っていた、もの静かな警察官が腕時計を見て携帯をチェックし始めた。きっと他にも現場は沢山あるのだ。警察が遺族に少し話したあと、私も彼らに声を掛ける。

「この度はご愁傷さまでした。お顔、見られますか」
「いえ、大丈夫です」

それは困る。私が毎日督促電話を掛けた結果、この命が消えたと少し責任を感じてきているのだ。あんなに払えって言わなければよかったか。少しでも遺族がショックを受けてくれ、そうしてくれると私も納得ができる。

「昨日のお電話では、少し元気だったんですよ」
「そうですか。にしても匂い無理なんで、玄関閉めてくださいよ」

こちらを見ようとせず、スマホをみている。死体、いや家族がすぐそこにいるのに、玄関を開けたら、まだ虫がわいていないお顔が見えるのに、遺族の興味のなさに耐えられなくなってきている。

「あ〜、滞納したお家賃、いくらですか。今日中に払いますよ。ネットバンキングで」と彼らは言った。

早く現場から立ち去りたい意志が見えて、やりきれない。生前、死んだ男には他に頼る人がいなかったんだろうか。死んでから、こんなに興味を持ってくれない人間たちに生前苦しんだお金を助けられたって、どうしたらいいんだろう。

会社に戻り、先輩がバックヤードの冷蔵庫からヤクルトを取り出し一気飲みした。

「先輩、味わうって知ってますか」
「こういうのはな、喉の奥にぶち当てることに意味があるんだよ」
「そうすか」
「なんか落ち込んでんじゃん。死体、見ちゃったから?」
「あれがまだ死体だなんて、自分は思えないですよ」
「でも、他人だろ」
「私が、最後にあの男の声を聞いた人間なんですよ。半年間、毎月電話してたし。生きている気がするんです」
「あんまり、気持ちを深入りしないこと。それが俺たちの仕事でもあるからさ」

それには同意できなかった。何しろ、人が死んでいるところなんか見たことが無かったからだ。あんな香りがするのか。

彼の契約書を書棚から取り出し、入居審査時に書いていた彼の筆跡をなぞる。申し分ない年収だ。払えないはずがなかった。彼に何があったんだろう。

人は突然いなくなって、誰にも知られず消えていくこともあるだろうけど、その前後に関わってしまうことの辛さは誰にも教わったことがない。そして、いまだに鼻にまとわりつく、えびせんの匂い。

「お花見日和なのに、なんでウチら働いているんすか〜。ビール飲みたいっすよ〜」

お調子者の営業が、店長にクネクネまとわりついてふざけていた。
「バーカ。桜なんか、心の中で見ておけばいいんだよ」
「それ、お花見じゃないですよ」
「人間はいつでもな、心の中で綺麗な景色を取り出して再生できるようにしておかないと」

私はそこから先が聞けなくて誰にも告げず会社を抜け、スーパーに行った。歩くたび、勝手に涙が出てくる。レジ横の、今月のお買い得コーナーには、えびせんが混じって売られていた。さっき見た死んだ男が売られている気がして、食欲は失せたがお腹は鳴っている。こんな時でも身体と心は別々に動いている。

弔いの気持ちで、買うか、えびせん。1袋、買って会社に戻った。泣いているのがバレないようにしたいけれど、止まらないので仕方がない。

バックヤードには、一緒に死体を見た先輩が座って寝ながら野球中継を観ていたので、先手を打って肩を叩いた。
「いやー、花粉症辛いっす」
「へー、俺はヤクルトが負けて辛いよ」

振り返った先輩は、私よりも泣いて笑っていた。そこから、我々は死体のことについて触れなかった。これからはいつでも取り出せる綺麗な景色を、こういう時に取り出せるようにしよう。泣いていても、何も変わらないんだ。

この世からジャンプした人間たちも、とびっきり綺麗な景色へ、飛べていますように。

毎日、瓦版のように世の中で起きたかもしれない、いや起きてないかもしれない個人的大事件を軽く書き連ねていきます。世の中、苦しいニュースばかりで耐えられないので自分で書くことにしました(動物が産まれたニュースばかり希望)。完全見切り発車小説、としとこう。瓦版があった当時、2〜3文で売られていたようなので、今回から書いていく瓦版も100円にしたいです。これを最後まで読んで気に入ったら100円サポートしてください。記事のオススメボタンも押してもらえると飛んで喜びます(^^)やった〜。



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