【日曜興奮更新】影響

荻窪のスターバックスコーヒーは、他店と比べて混んでいない。

クリスマスが明けると、ここのカウンター席に座ることが自分の中で恒例となっていた。

クリスマス前と後に予定がドドっと入るのは、人の見栄と寂しさを現し、SNSから離れる人と通常通り生きる人とに分かれた。

私は離れる側で、一応予定はある側だった。


今日、26日は2人の知り合いと会うことになっていた。

長い話になるのか分からないから、2番目に大きいサイズのチャイティーラテを頼んだ。そこに溜まっている茶葉の旨味をかき混ぜたいけど、まだ時間はある。

1人目が来た。今をときめく売れっ子と呼ばれている男だ。出すものがすべて評価され、華々しいオーディエンスに見守られ、うなぎのぼりとは彼のことだと思った。

ショートサイズのホットコーヒーを手に持った彼の姿で、すぐ席を離れる予定なんだと理解できた。

「最近見てるよ、すごいね。」
「ありがとうねー。」
「もう年末だね。来年も楽しみだね。」
「来年に行きたくないよ、俺は。」
「そうなの?」

スランプ、というものになっていると彼は告白した。両手を合わせて、軽く目を閉じ、「こうやってもさー、何も思いつかないんだよね。」と独自のルーティンを見せられた。

「そうやったら浮かぶんだ。」
「うん、やっぱり神に繋がるっていうか。」
「天才だね。」

コロナになってから、精神は当たり前に不安定になり、彼の創作にも影響は出てきていた。周りから見ると、むしろ創作の意欲が加速しているようだった。

「俺もさ、あそこの隅で写真をバシャバシャ撮ってる女子高生になりたいよ。」
「彼女たちも、きっと悩んでるよ。」
「そうかな。毎回すごい作品と思わせるように生きなきゃいけないなんて、自分には合ってない。オナニーみたいな、誰にも理解できない自分勝手なものを作りたい。」

彼の左手にマジックで「靴下」と書かれていた。

「なにそれ。」
「ああ、買うの忘れちゃうから。ずっと何年も同じもの履いてて。」
「売れても変わらないんだね。」
「そこは変わりたかったよ。」

いろんな人からの期待に押しつぶされそうな彼の笑顔を見ていると、手持ちぶさたのラテがよくすすんでしまった。急に混み始めた店内。並ぶ人達の目の印象。自動ドアがガチャンと開いて寒い風が我々を包んだ。

「おれ、もう行かなきゃ。」
「うん。」
「靴下忘れないように。」

人混みの中に消えていく彼の後ろ姿は、まだオーラがあった。自分の可能性を諦めてない、そういう肩をしていた。


2人目が来た。同い年の歯科助手の女の子だ。抹茶フラペチーノにチョコレートを山盛りかけて「太るの覚悟」と言ってドシンと横に座った。

V字のニットの中央には小粒に輝くティファニーのネックレスがいる。

「それ、もしかして。」
「あったりー、昨日もらったの。無くしそうじゃない?クリスマスプレゼントってさ、断然高くて無くしそうなものがいいよね。」
「そうなの?」
「もう無くすまでがセットというか。来年も同じ人といるわけないじゃん、私が。」

メルカリを簡単に開いて、出品リストを見せてくる彼女。他の男から貰ったプレゼントは四角いマスに整列して買われるのを待っていた。

「このティファニーだけは売らない。付き合うまで時間がかかったから。売るかどうかはそこで判断する。」

じゅーっとクリームを吸い上げ、あたまがキンキンに冷えてぽかぽか叩く彼女は可愛い。こういう女になら売られても男たちは怒らないのかもしれない。

「あんたも貰ったんでしょ。昨日。」
「うん、瓶もらった。」
「瓶?クリスマスに瓶。」


そうなのだ、私は確かに昨日の夜、彼氏から瓶をもらった。長さ15センチのなんの変哲もない透明なガラスには手紙が入っていた。

池袋の待ち合わせ場所、いけふくろうの前で両手で優しく手渡され、喜んだふりをした。

なぜ瓶なのかを聞く前に、彼は説明してくれた。

「君って、ジュエリーよりこういうのが好きだと思って。」
「瓶。この手紙って、書いてくれたの?」
「いや書いてない。人が書いた。」

説明を聞いてもなんだかよくわからないので、瓶を左脇に抱えて手紙を開く。

メリークリスマス。この手紙を読んでいるのは、きっと幸運な女の子♪今日の星空はいつもより綺麗に見える。でも君は星よりも輝いている。

ありがとう、という言葉が出た。クリスマスの夜に好きな人の思考が理解出来ないのは悲しいから、感謝という便利な方法でやり過ごそう。

日頃から彼に試すような発言と行動をしていた自分の愚かさを憎む。シンプルな女にはシンプルなプレゼントが届くのである。1年間付き合った結果、私が最も喜ぶのは瓶と思われたのである。

瓶の値段も教えてくれた、7,000円。捨てづらい、いい瓶だ。


この話を聞いて最後のクリームを吸い上げた彼女が、Vネックを引き上げティファニーのネックレスを隠そうとした。

「銭湯いこうか。」

私のラテを取り上げて飲み干し、近くの銭湯へ行った。

今日はゆず湯。大きなゆずがゴロゴロ浮かんでいた。鼻先まで浸かって、湯の中でゆずを引き寄せようとした。まだショックが癒えてない時には、手に嬉しい何かを持っていたい。

私の前に大きな右脚で入ってきたおばさんにより、湯には渦が起き、大きなゆずは違う方へ流れていった。

湯から上がったら、またSNSで見栄を張ろう。

温まっていく身体に気持ちが追いつかない、一致しない、けど健康でこういうのも幸せに見えるはずと自分を騙して髪を乾かそう。

思いっきり次の執筆をたのしみます