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ワタクシ流☆絵解き館その237 フェルメール「眠る女」


ヨハネス・フェルメール「眠る女」1656-1657年  メトロポリタン美術館蔵

🔳 扉の向こうの部屋は、外に向かって開かれているが。

半開きのドアの向こうの部屋は、きれいに片づけられ、床には外光が差し込んで明るい。描かれてはいないが、一部が描かれた閉じられた窓とは別に、部屋を左にゆけばもう一つの窓があり、そこから日が伸びているのだろう。そのほのめかしは、そちらが「表」であることを意味している。そうすると女のいる部屋は「裏」である。取り散らかしていても気にしなくていい、普段の居場所だ。たとえば、同時代の画家、ハブリエル・メツ―の下の図aのような居住空間か。
裏にも、低い位置に窓があって、ほのかな光線は女の顔の辺りに差し込んでいる。

ハブリエル・メツ― 「レースを編む女」 1661-64年頃 油彩  アルテ・マイスター絵画館蔵

🔳 いるべき者の不在を示す女の身の回り。

表で迎えた客は、先ほど帰って行った。一息つこうとワイングラスをテーブルの上に置いたものの、一杯のワインを飲み干す前に、疲れの方が先に女にやって来て、眠気が女を包む。
ワィンの入った水差しは、女の手元からは遠い。デカンタなのか花瓶なのかよくわからない大きな透明のガラスの器は倒れていて、不安定だ。 ( 図b )
果物の皿は、ベールにより半分覆われている。 ( 図C )

また最前面にある大きく暗い椅子。椅子の背にもたせ掛けている縁を鋲打ちで施した黒い革製品らしきものが、あまりに無造作だ。
女の頭上は、影がひときわ濃く落ちている。女が明るさよりも、今はその暗さ、静けさを欲しているようだ。 ( 図d )
座る者のいない椅子からは、はるか後年の、盟友ゴーギャンを慕ったゴッホの悲しみに連想が及ぶ。( 図e)

フィンセント・ファン・ゴッホ 「ゴーギャンの椅子」 1888年  ゴッホ美術館蔵

これらは、この卓にいるべき人の不在と、女の傷心を暗示しているのだろう。夫が亡くなったという状況をそこに想う。
折れ曲がったキセルは、夫の死によって、突然に壊れてしまった日常の寓意に見える。( 図f)

と考えれば、先ほどの客は、やや時期を失した弔問客であったろう。女にとっては、世間との付き合いの上での応対に過ぎない、うわべを流れてゆく時間だった。
しかし、ドアが半開きのままその部屋が見えているのは、この場面には救いであろう。悲しみの眠りに沈んだのちに、明るい窓辺で空を見つめる明日の予感がそこに漂っている。
                                                   令和5年8月                         瀬戸風   凪
                                                                                                    setokaze nagi




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