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五月の夏空に溺れる

入院する前にやりたいことあるから明日空いてる?

深夜に送ったLINE。どこへ行くのかも伝えずに、
私達は駅前に集合した。

夏の間ずっと病院にいなくてはいけない友人と、
入院直前に一日限りの夏をするために
海へと向かった。

海へ続く特急電車は知らない住宅街から森、川へと
続き、終電は空港。
この電車に乗ったら自分のまだ知らぬ場所へ、
線路をなぞってどこへでも行ける気がする。

海に到着し、靴を脱いで皮膚で大地を感じる。
砂が足の形に変形していく。
改めて地球の上に2本の足で立ち、
肉体を支えていることを自覚させられる瞬間だった。
そこから靴を履くのが惜しくなって、
コンクリートや原っぱでも裸足で歩いた。
何故か、当たり前の事だけど、肉体そのもので地球に触ることができて、地面が暖かく感じた。

小さな孤島のような原っぱでご飯を食べていると
3人組でグリコゲームをしている人達がいた。

グリコはジャンケンをして、
勝ったら前に進み、負けたら動けない。
勝ち進んで最初にゴールに行った人が勝ち
というゲームだ。
ジャンケンに負け続けて1歩も進めていない人が
「もう終わろうよ」と叫んでいる

もう終わろうよ、と言って辞められるゲームは
楽しい。もう終わろうよ、と言ってやめられないことの方が多いのだから。
3人の間の距離はゲームにより
伸びたり縮んだりしていた

私達は海辺に移動して寝転がり、宇宙を見ながら
最近の話について、そして宇宙と星の話をした。
最近あったこと、最近感じていること、
入院についての話。

自分達の話をしていると思ったら
今見ている宇宙の話もする。

私たちの会話の距離もグリコゲームのように
伸びたり縮んだりしていた。
その伸び縮みの間はスライムを引っ張った時にできる
薄い膜のようなもの。それは星空に
溶け込んでしまいそうな程、透明で、輝いていた。

でも、伸び縮みしたとしても隣にいる。
温度は変わらずにただ、私たちの口から
並べられる言葉同士が色んな距離を持っていた。
その会話はそれぞれ一定の距離感を保ちながら
回る惑星のようだった。

会話の途中でぬるくなったパインジュースを口に
する。砂が入って星屑のように
ジャリジャリとした飲み口。
少し顎にこぼれると、皮膚がベタベタする。
それもどうでも良くなり、ちっぽけに感じる程
私たちの頭上にある宇宙はなんの障害物も
なく広がっている。宇宙に存在できる内は
何があってもきっと大丈夫だと思える。
何があっても大丈夫。
それほど心強い言葉はあるだろうか。

そんなことを考えていると、何時間も寝転がってただ宇宙を見つめていた。
横を見ると、一緒に宇宙を見つめる友人がいる。
横を見て、友達がいる幸せとはどれほどの事だろう。呼んだら会ってくれて、
宇宙を一緒に何時間も見続けてくれる人がいることは
奇跡なのだ。

友人が入院する事にならなければ気づけなかった
失いそうにならないと大切なものに気づけない
失いそうにならないと見落としてしまいそうになる

もう手からこぼれ落ちないように
落ちていた貝殻を、ライトの瓶の中に詰めた。
瓶の中に入った貝殻はライトに照らされている。
その蓋を開けると、あの日の夜に
連れ戻してくれる。

瓶の中で貝殻に反射する光は、
五月の夏空を永遠に照らしてくれるかのように
思えた






この日のことは一生忘れないだろう

いつか、また海に行く時があれば
いつでも付き合うぜ
手術 頑張れ







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