はじめての春をおぼえていますか?
寒くて心も体もちぢこまってしまう冬につづく春の訪れは、なんど経験しても、心がうきうきします。私には毎年春を待ちながら読み返す絵本があります。
『はるにあえたよ』(原京子・文/はたこうしろう・絵/ポプラ社)で
す。
物語がうまれたのは?
この絵本は、見たことのないものをさがしに出かける子ぐまたちを、鉛筆と色鉛筆で生き生きと描いた絵本です。
ページをめくるたびに、子ぐまたちといっしょに<はる>をさがしにいくようなあたたかい気持ちとともに、製作中に著者と一緒にわくわくした数々の思い出がよみがえってくる、私にとって特別な絵本です。
お話を書いた原京子さんと、絵を描いたはたこうしろうさんに当時のお話を伺いながら、この本ができるまでをご紹介します。
絵をどなたに描いていただくか?
この物語を絵本にするときに、原京子さんから、絵をはたこうしろうさんにお願いしたいという提案がありました。
実は、このときすでに、原京子さんとはたこうしろうさんは、くまのキャラクターで「くまのベアールとちいさなタタン」シリーズ(ポプラ社)という童話を一緒に作っていました。くまのベアールと虫のタタンが、ときどきケンカをしながらも、遊んだり冒険したりしながら、お互いをたいせつに思い合う楽しいお話です。
原京子さんから画家さんの提案を受けたとき、このシリーズを知っていた私は、はたこうしろうさんなら、同じように元気いっぱいのカラフルな絵を描いてくださると想像しました。
物語を読んですぐに、はたさんは「描きたい!」といって、キャラクターのラフスケッチを見てほしいと連絡をくださいました。
急いで見に行くと、想像していたくまとは全然ちがう、この絵本に描かれている鉛筆の子ぐまの絵があったのです。
「すてき! はた先生、鉛筆で描かれることがあるんですか?」
色はないのに、子ぐまの目やふさふさした毛の感じが、まるで生きている子ぐまのようで、私は大興奮。これまで、何冊か一緒に本を作らせていただく中でも、私は、はたさんの鉛筆画を見たことがなかったのです。
そして、はたさんは、「最初はほとんどモノクロで冬の寒さを描いて、だんだんと春にむかって色をいれていきたい」という絵本の構想を語ってくれました。
鉛筆でこんなに繊細な表現ができるなんて! と、驚く私に、はた先生が見せてくれたのは、たくさんの種類の鉛筆と色とりどりの色鉛筆。
画家さんが使う鉛筆には、こんなにいろいろな種類があることに、とても驚きました。
鉛筆の子ぐまたちのラフスケッチをもらって、はたさんのアトリエを出たときには、すてきな絵本になる! とドキドキが止まりませんでした。
でも、帰り道で少しずつ冷静になると、原京子さんの感想が気になってきます。
すてきな絵にはちがいありませんが、きっと原京子さんが想像している絵とも全くちがうはずですから。
すぐに見ていただきたい! と思ってご連絡すると、翌日お会いできることになりました。
たしか12月30日、もうすぐ1年が終わろうという、あわただしい日でしたが、原京子さんと、夫で「かいけつゾロリ」の作者である原ゆたかさんも打ち合わせに出てきてくださいました。
そして、ドキドキしながら、はたさんの絵を見せると、原京子さんも原ゆたかさんも、感嘆の声をあげられて、とても喜んでくださったのです。
絵ができあがって、さらにイメージがふくらんで
こうして、絵本のラフスケッチをもとに、はたさんは絵を描きはじめましたが、得意な鉛筆画、あふれるイメージに、どんどん絵が描きすすめられたそうです。
原画ができあがると、絵と文字をくみあわせる編集作業にはいります。編集作業中にも、いろいろなアイディアが出されました。
実はこの絵本には、目にとまりやすいものから、気づかれにくいところまで、いろいろな工夫をこらしています。
ひとつは、<はる>の文字をピンク色にしたことです。物語のたいせつなキーワードである<はる>。これは季節の<春>だけの意味ではありません。
そのたいせつな言葉の文字に温かさを加えたい、モノトーンの世界にこの言葉だけに色があったら、すてきなのではないかと、話し合った記憶はあるのですが、今回改めて原京子さん、はたこうしろうさんに聞いても、だれが最初に出したアイディアなのか、おぼえていませんでした。
私と原京子さんは、はたさんだと思っていたのですが、はたさんはぼくじゃないとおっしゃって……不思議だなと思いましたが、作者も画家も編集者も、この文字にピンクをいれたことをとても気にいっているのです。
もうひとつは、一見モノクロに見える絵本には、実はインクが5色使われていることです。通常の絵本はカラーをC(シアン/水色)・M(マゼンタ/ピンク)・Y(イエロー)・K(キー・プレート/黒)の基本の4色で表現しています。
この絵本にはそれに加えて特別にグレーのインクを使っているのです。これは、印刷所さんからの提案でした。鉛筆の色を印刷で表現することは実はとても難しいのです。黒のインクにグレーを加えることで、この絵本の黒に深みが増していきました。
さいごに、モノクロからカラーへの変化を自然に見せるために、はたさんが考えたアイディアが、紙にほんの少し、気がつかないくらいの黄色を印刷することでした。
最初のページから、29ページのマークとマータが女の子の<はる>とお話しするシーンまでは、背景にすべてうすい黄色が印刷してあります。
そして、その次の30~31ページは左から右にかけて黄色から白へのグラデーションになっているのです。
背景が完全に白くなるのは、<はる>にあえた! と、子ぐまたちが喜んで帰るページとお花が満開になる最後のシーンだけです。
よく見ないと気づかないくらいの変化ですが、背景に色を入れることで、冬の暗い感じを強め、春の明るさを表現できる、すてきな絵本になりました。
本ができあがって
いろいろな話し合いと工夫をこらしてできたこの絵本は私にとって特別で、いつ見返してもうれしい気持ちがよみがえってきます。
作者と画家のおふたりにも、本ができあがったときのお気持ちと、いちばん好きなシーンを伺いました。
こうして、作者、画家が思いをこめて作った本は、10年以上たっても、色あせるどころか、ますます鮮やかな印象をもって、私に毎年春を運んできてくれます。
改めて、原京子さんとはたこうしろうさんと、この絵本について語り合えたことがとてもうれしかったです。原京子さんがインタビューの最後におっしゃった言葉があります。
さっそく外に出てみたら、こんなに寒い中でも、たしかに木は少しずつ春の準備をはじめていました。
みなさんも、ぜひ絵本を読んで、子ぐまたちのように<はる>をさがしてみませんか?