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うれしいうれしい春はすぐそこ。子ぐまたちがみつけたすてきな<はる>とは?

はじめての春をおぼえていますか?

 寒くて心も体もちぢこまってしまう冬につづく春の訪れは、なんど経験しても、心がうきうきします。私には毎年春を待ちながら読み返す絵本があります。
『はるにあえたよ』(原京子・文/はたこうしろう・絵/ポプラ社)で
す。

 うまれたばかりで、まだ春を知らないふたごの子ぐま、マークとマータにお父さんとお母さんが春について話します。
 「はるが くると……あかや きいろや いろいろな いろの はなが さくんだよ。はなは、とても いい においが するから、はるの くうきは とても おいしいんだ」
「はなの まわりには、ちょうちょも ひらひら とんでくるのよ」
 ふたりは、見たことのない<はる>に興味津々。待ちきれなくなって、<はる>をさがしに出かけることにしました。
 <はる>はいろいろな色……<はる>はいいにおい……。
 森の中をさがしまわって、ふたりはつぎつぎに、いろいろな<はる>をみつけます。
 そして、さいごにふたりがみつけた<はる>は、あまいにおいのするきれいな色の<はる>でした。

物語がうまれたのは?

 この絵本は、見たことのないものをさがしに出かける子ぐまたちを、鉛筆と色鉛筆で生き生きと描いた絵本です。
 ページをめくるたびに、子ぐまたちといっしょに<はる>をさがしにいくようなあたたかい気持ちとともに、製作中に著者と一緒にわくわくした数々の思い出がよみがえってくる、私にとって特別な絵本です。  
 お話を書いた原京子さんと、絵を描いたはたこうしろうさんに当時のお話を伺いながら、この本ができるまでをご紹介します。

この物語はどのように生まれたのでしょうか?
原京子さん
「子どもの頃から本を読むことや妄想することが好きでした。外国のお話を読んだ時に、はじめて聞くお料理やお菓子が出てくると、どんな見た目でどんな味なんだろうと、想像するのが楽しかったんです。ハーブやオートミールなど、大人になって実際のものを知ったときに、想像とだいぶちがっていてびっくりしたものもあります。
「シャーロックホームズ」シリーズに出てくる<キドニー・パイ>は、あとで調べたら、キドニーというのが腎臓のことらしく、モツの煮込みを包んだパイだと知り、私は、レバーなど内臓系が苦手なので、ちょっとがっかりしました。
でも、今回改めて『はるにあえたよ』を書いたときの気持ちを思い出そうとしたときに、このお話の中でマークとマータに<はる>がくれたタルトのイメージとそっくりなタルトが、台所のメアリー・ポピンズ おはなしとお料理ノート』(P.L.トラヴァース・作/メアリー・シェパード・絵/小宮由・訳(おはなし)/アンダーソン夏代・訳(料理)/アノニマ・スタジオ)に出てきていたことを知りました。子どもの頃に『メアリー・ポピンズ』(P.L.トラヴァース・作)は大好きでしたし、お話や中に出てくるおいしそうなお料理に妄想をふくらませた楽しい記憶もあったので、偶然とはいえ、自分で物語を書くときに影響したのかなと思って、うれしくなりました。
今は、なんでも検索すればすぐにわかるけれど、私が子どもの頃は図鑑で調べてもわからず、妄想を巡らせているのも楽しかったんです。知らないものやことが出てきたとき、すぐに調べるのではなくて、どんなものかを想像して、親子で話すのも楽しいのではと考えました。
マークとマータは、最後に、いいにおいのするタルトを持って、きれいな色の洋服をきた女の子を<はる>だと思って帰っていきますが、たとえかんちがいだったとしても、幸せな気持ちになるといいなと思って書いたような気がします」

 

絵をどなたに描いていただくか?

 この物語を絵本にするときに、原京子さんから、絵をはたこうしろうさんにお願いしたいという提案がありました。
 実は、このときすでに、原京子さんとはたこうしろうさんは、くまのキャラクターで「くまのベアールとちいさなタタン」シリーズ(ポプラ社)という童話を一緒に作っていました。くまのベアールと虫のタタンが、ときどきケンカをしながらも、遊んだり冒険したりしながら、お互いをたいせつに思い合う楽しいお話です。

 原京子さんから画家さんの提案を受けたとき、このシリーズを知っていた私は、はたこうしろうさんなら、同じように元気いっぱいのカラフルな絵を描いてくださると想像しました。
 物語を読んですぐに、はたさんは「描きたい!」といって、キャラクターのラフスケッチを見てほしいと連絡をくださいました。
 急いで見に行くと、想像していたくまとは全然ちがう、この絵本に描かれている鉛筆の子ぐまの絵があったのです。
「すてき! はた先生、鉛筆で描かれることがあるんですか?」
 色はないのに、子ぐまの目やふさふさした毛の感じが、まるで生きている子ぐまのようで、私は大興奮。これまで、何冊か一緒に本を作らせていただく中でも、私は、はたさんの鉛筆画を見たことがなかったのです。
 そして、はたさんは、「最初はほとんどモノクロで冬の寒さを描いて、だんだんと春にむかって色をいれていきたい」という絵本の構想を語ってくれました。
 鉛筆でこんなに繊細な表現ができるなんて! と、驚く私に、はた先生が見せてくれたのは、たくさんの種類の鉛筆と色とりどりの色鉛筆。

左から、カランダッシュの軸無し鉛筆、ステッドラーの2mmシャープペンシル、リラの軸無し鉛筆2本、スタビロトーンの鉛筆、 スタビロトーンの色鉛筆、コヒノールの5.6mm芯のものが3本、  その隣は不明、リラの軸コーティング鉛筆、三菱Hi-UNI、三菱UNI、三菱Hi-UNI
主に「カリスマカラー」という油性の色鉛筆

 画家さんが使う鉛筆には、こんなにいろいろな種類があることに、とても驚きました。

なぜ、鉛筆で描こうと思ったのでしょうか?
はたこうしろうさん
「鉛筆で描こうと思ったのが最初ではないんです。お話を読んで、まずモノクロから、だんだん色がはいっていくということを思いついたんですよね。それですぐに、モノクロだったら、いちばん得意な鉛筆で描きたいという気持ちになったんだよね。鉛筆の続きだから、カラーは色鉛筆にしようと決めました」

得意だという鉛筆をそれまで使わなかったのはなぜでしょうか?
はたこうしろうさん
「イラストレーターをはじめたときに、鉛筆画では仕事にならないと思ったんです。もっとカラフルでポップなものじゃないと。だから、鉛筆ではない画材を使えるようになろうと思って、鉛筆を使わなくなったんですよね。
絵本の世界にはいってからも、鉛筆だとちょっとさびしい感じになるし、暗くなるので、いろいろなお話には使えないと思って、別の技法を使っていました。
そこに、このお話がきて、あ! これなら鉛筆でいける! と思って、すごくうれしかったんですよ」

 鉛筆の子ぐまたちのラフスケッチをもらって、はたさんのアトリエを出たときには、すてきな絵本になる! とドキドキが止まりませんでした。
 でも、帰り道で少しずつ冷静になると、原京子さんの感想が気になってきます。
 すてきな絵にはちがいありませんが、きっと原京子さんが想像している絵とも全くちがうはずですから。
 すぐに見ていただきたい! と思ってご連絡すると、翌日お会いできることになりました。
 たしか12月30日、もうすぐ1年が終わろうという、あわただしい日でしたが、原京子さんと、夫で「かいけつゾロリ」の作者である原ゆたかさんも打ち合わせに出てきてくださいました。
 そして、ドキドキしながら、はたさんの絵を見せると、原京子さんも原ゆたかさんも、感嘆の声をあげられて、とても喜んでくださったのです。

はじめて子ぐまの絵を見たとき、原京子さんはどう感じたのでしょう。
原京子さん
「はたさんなら、「くまのベアールとちいさなタタン」とはちがうタッチで描かれるのではないかなと、楽しみにしていましたが、ラフスケッチを見せていただいたときに、はたさんの絵では拝見したことのない鉛筆画だったので、ちょっとびっくりして感動して、すてき! と思いました。
生き生きとしたマークとマータに、わくわくしたことをおぼえています。
もともと、「くまのベアールとちいさなタタン」の絵をお願いする前から、『うそつきの天才』(ウルフ・スタルク・作/菱木晃子・訳/はたこうしろう・絵/小峰書店)など翻訳物の挿絵で、はたさんの絵を見ていました。翻訳物なので、てっきり外国の画家さんだと思ったら日本の方で、日本人でこんなにおしゃれな絵を描く方がいるんだと思って「くまのベアールとちいさなタタン」の絵をお願いしたんです。
そのときにも、私が想像していたよりもずっとポップで、愛らしいというのとはちょっとちがう、かわいくて元気な絵を描いてくれました。
だから、『はるにあえたよ』の絵をはじめて見たときにも、想像とはちがってうれしかったですよ」

絵ができあがって、さらにイメージがふくらんで

 こうして、絵本のラフスケッチをもとに、はたさんは絵を描きはじめましたが、得意な鉛筆画、あふれるイメージに、どんどん絵が描きすすめられたそうです。
 原画ができあがると、絵と文字をくみあわせる編集作業にはいります。編集作業中にも、いろいろなアイディアが出されました。

 実はこの絵本には、目にとまりやすいものから、気づかれにくいところまで、いろいろな工夫をこらしています。

 ひとつは、<はる>の文字をピンク色にしたことです。物語のたいせつなキーワードである<はる>。これは季節の<春>だけの意味ではありません。
 そのたいせつな言葉の文字に温かさを加えたい、モノトーンの世界にこの言葉だけに色があったら、すてきなのではないかと、話し合った記憶はあるのですが、今回改めて原京子さん、はたこうしろうさんに聞いても、だれが最初に出したアイディアなのか、おぼえていませんでした。
 私と原京子さんは、はたさんだと思っていたのですが、はたさんはぼくじゃないとおっしゃって……不思議だなと思いましたが、作者も画家も編集者も、この文字にピンクをいれたことをとても気にいっているのです。

 もうひとつは、一見モノクロに見える絵本には、実はインクが5色使われていることです。通常の絵本はカラーをC(シアン/水色)・M(マゼンタ/ピンク)・Y(イエロー)・K(キー・プレート/黒)の基本の4色で表現しています。

 この絵本にはそれに加えて特別にグレーのインクを使っているのです。これは、印刷所さんからの提案でした。鉛筆の色を印刷で表現することは実はとても難しいのです。黒のインクにグレーを加えることで、この絵本の黒に深みが増していきました。

<はる>の文字がピンクになっている
モノクロに見えるページも基本の4色にグレーを加えて深みのある色にしている
そして、この木が最後に満開の花を咲かせるのも魅力

 さいごに、モノクロからカラーへの変化を自然に見せるために、はたさんが考えたアイディアが、紙にほんの少し、気がつかないくらいの黄色を印刷することでした。
 最初のページから、29ページのマークとマータが女の子の<はる>とお話しするシーンまでは、背景にすべてうすい黄色が印刷してあります。
 そして、その次の30~31ページは左から右にかけて黄色から白へのグラデーションになっているのです。
 背景が完全に白くなるのは、<はる>にあえた! と、子ぐまたちが喜んで帰るページとお花が満開になる最後のシーンだけです。
 よく見ないと気づかないくらいの変化ですが、背景に色を入れることで、冬の暗い感じを強め、春の明るさを表現できる、すてきな絵本になりました。

背景には実はうすい黄色が印刷されている
30~31ページは、左ページから右ページの端にかけて、
背景がうすい黄色から白のグラデーションになっている

本ができあがって

 いろいろな話し合いと工夫をこらしてできたこの絵本は私にとって特別で、いつ見返してもうれしい気持ちがよみがえってきます。 
 作者と画家のおふたりにも、本ができあがったときのお気持ちと、いちばん好きなシーンを伺いました。

作者の原京子さん

原京子さん
「好きなシーンは、どれもすてきで1枚は選べないですね。まずは表紙のマークとマータ。そして12~13ページのいろいろなところをさがしまわるシーン。そして、<はる>が向こうからやってきたときの鮮やかさにも驚かされ、美しい春の風景にはうっとりします。
そして、とちゅうでマークとマータがゆすっていた木が最後に満開の花を咲かせるところもすてきですよね。
本ができるときは、いつもわくわくなのですが、この本ができてきたときは、こんなに心がはずむのははじめてというくらい、うれしかったです。
見本をもらって、原さん(原ゆたかさん)といっしょに見て、思わず『原さんに絵を描いてもらわなくてよかった』って言ってしまったくらい。実は、お話を考えた当初は、自分でもこの物語の絵を描いてみたのですが、しっくりこなくて。原さんに描いてもらおうと思っていたこともあったんです。
でも、他の仕事優先で、なかなか描いてもらえない。そこで視点を変えて、はたさんに描いてもらったら、全然ちがう、すてきな絵本になるんじゃないかなと思ったんです。
そうしたら、原さんもできあがった絵本を見て、とても気にいったそうで、『ぼくが描いたら、もっとマンガっぽくなってしまったかも。いい本になってよかったね』といってくれたのをおぼえています」

原京子さんがいちばんお気にいりのシーン(12~13ページ)


画家のはたこうしろうさん

はたこうしろうさん
「好きなシーンは、最初に子ぐまが窓の外を見ているシーンかな。窓ガラスに落ち葉がちょっとつもってたりするのが……かえでの種があったりしてね。このシーンを思いついたのが、なかなかよかったかなあと思います。
この絵本は、はじめてわがままをとおして作らせてもらった絵本という印象があります。
まず、前半はほとんどモノクロじゃないですか。絵本はカラフルなものという印象があるでしょ。そういう中で、ほとんどモノクロというのは、出版社に、あまりよく思われないのかなって、心配してたんですよね。
でも、それを許してくれて、モノクロに見えるのに、5色も使って印刷してくれて……。
モノクロに見えるのに、ページをめくっていくと、とちゅうであれ? 色がついてる? ってなるような、少しずつ色をいれていくっていうことをおもしろがってもらえた。
それまでも、絵を描くことには、どの本も真剣にとりくんできたんです。
でも、この本は、はじめて最初から最後まで戦略的に構成を考えて作ることができたなと思っています。こんなことが自分でもできるんだ! って、できたときにすごくうれしかったです」

はたこうしろうさんがお気にいりのシーン(2~3ページ)

 こうして、作者、画家が思いをこめて作った本は、10年以上たっても、色あせるどころか、ますます鮮やかな印象をもって、私に毎年春を運んできてくれます。
 改めて、原京子さんとはたこうしろうさんと、この絵本について語り合えたことがとてもうれしかったです。原京子さんがインタビューの最後におっしゃった言葉があります。

「春はちょっと前向きになれるような、新しいスタートをきる季節でもありますよね。私は4月生まれでもあって、春が好きなのですが、この絵本で描いたのは、春がくるすこし前です。
冬の終わりから春にかけては、木が芽吹いたり花が咲いたり、わくわくしてきますよね。とはいえ、気がつくとコートをだしっぱなしにしていたり、木の芽に気づく間もなく近所の木の花がいつのまにか満開になっていたり……。鈍感な自分を反省します。
できれば、今年は、まだ寒いかな? と思っても、マークとマータのように、元気に外に出て木の枝を眺めたり、地面に目を向けたり、気持ちを敏感にして、<はる>の訪れを確かめたいと思います」

 さっそく外に出てみたら、こんなに寒い中でも、たしかに木は少しずつ春の準備をはじめていました。
 みなさんも、ぜひ絵本を読んで、子ぐまたちのように<はる>をさがしてみませんか?