本の「テーマ」に悩んだ結果、オマエあんま調子のんなよ、と自分で自分を戒めた話
本には「テーマ」があります。
例えばエッセイなら、食、育児、恋愛、闘病記、読書……さまざまです。参考までにぼくがこれまで編集担当をした本を見てみます。
益田ミリさん『小さいわたし』なら、ミリさんの幼少期を子ども目線で描いたエッセイ。
平野レミさん『おいしい子育て』なら、レミさんの子育てと料理のエッセイ。
宮嵜守史さん『ラジオじゃないと届かない』なら、宮嵜さんがラジオディレクター、プロデューサーとして仕事をする中で感じたラジオの魅力、ラジオの力を綴ったエッセイ。
というように、ぼくが担当した本は明確なテーマがあり、タイトルで中身が想像できるもの多いです。これは多くの本に共通することでもあると思います。
※※※
先月、幡野広志さんが1枚の写真とともに日常をつづったエッセイ『息子が生まれた日から、雨の日が好きになった。』の編集を担当しました。写真と言葉が一体となったとっても素敵なエッセイ集です。
この本はポプラ社のWEB連載「ほぼ週刊 幡野さんの日記のような写真たち」を元に、書き下ろしのエッセイ、古賀史健さんとの20ページのロング対談を加え、加筆修正とともにタイトルを変更して1冊の本にまとめたものです。
連載を立ち上げたのは幡野さんの編集担当をしていたぼくの先輩。
その先輩が転職したことで、ぼくが編集担当を引き継いだのでした。
担当を引き継いでから、幡野さんと連絡をとって、着実に原稿をいただいていき、49本のエッセイがたまりました。そしてやっと「そろそろ1冊の本にしましょう!」ということになりました。一時的な中断も含めると連載開始から4年もの時間が経っていました。
ここで困ったことがありました。
この連載には明確なテーマがないのです。いや、テーマがないことがテーマと言えるかもしれない。連載タイトルにあるように、「まさに日記のような」エッセイなのです。
正直に言って、本作りしづらい…!
もちろん原稿も写真もすばらしいんです。
にやにや笑えるものもあれば、ぎゅーっと胸がしめつけられるものもある。知らない価値観を提示してくれることものもあるし、ふーっと安心できるものもある。でもテーマが見つからなかったんです。連載を本の形にするときに、「こういう本です」と端的に説明できる柱となるようなテーマが。
タイトルはどうする?
帯はどうする?
ウェブの内容紹介はどうする?
とても悩みました。いままで担当してきた本の中でもしかしたらいちばん悩んだかもしれない。
まずタイトルを先に決めることにしました。
ぼくはいつも原稿がそろった段階で、本の中からいいなあと思った言葉を抜き出します。それを帯のコピーに使ったり、宣伝素材に流用したりします。いい言葉を探すのが大好きです。幡野さんからいただいた3本の書き下ろしの原稿の中の1本に
「息子が生まれた日が雨だったから、ぼくは雨の日が好き」
という一文がありました。この一文にぼくは心を打ちぬかれました。これをやや修正して、『息子が生まれた日から、雨の日が好きになった。』に決定。(このエッセイはこの本の中でいちばん好きです。)
タイトルは決まったけど、これでテーマが決まったわけではありません。タイトルに「息子」とあるからと言って、「家族の話」とくくってしまうのはあまりにも乱暴です。
いったん、出てくるエッセイをExcelファイルにカテゴライズしてみました。
息子さんの話、病気の話、写真の話、旅行の話、料理の話、買い物の話……
連載中にカテゴリの本数を数えながら書いていたかのように、きれいにかたよりなく書かれていました。
ああでもない、こうでもないと考えるけど、どれもピンとこない。焦りました。ぜんぜん決まらない。明確なテーマを決めずに連載をはじめた先輩を呪ったりもしました(笑)。
帯のテキストがなんとか形になったかな、と思ったもので幡野さんとマネージャーの小池さんにご提案しても、おふたりともぜんぜんピンと来ていないご様子。
「古賀さんとの対談の中でヒントになる言葉が出てくるかもしれませんね」
と小池さんにアドバイスをいただき、いったん古賀さんと幡野さんの対談を待つことに。
小池さんのアドバイスはその通りの結果になりました。
お二人の対談はずっと聞いていたいくらいはじめからおわりまで心地よいトーンで進行。病気の話にはじまり、写真の話、写真と言葉の話……と流れるように対談は進んでいきます。
古賀さんの質問や原稿に対する感想はこの本の本質を完全にとらえていました。
(逆に言うとぼくはとらえきれていなかった……)
古賀さんは、「写真の読み方がわかる本」とこの本を表現なさいました。
そしてそれはまさに幡野さんが意識していることでした。
(以下、対談より引用)
別の箇所でも、
この「写真の読み方がわかる本」という言葉は、天啓のようでした。そういう視点で読むと、古賀さんのおっしゃることが身に染みてわかる。まちがいなく、それはこの本の大きな柱になっていました。
さらに、幡野さんから最後の原稿としていただいた「はじめに」にも助けられました。
めちゃくちゃいい文章でした。
写真家としてでも、がん患者としてでもない、「ひとりの人間」としての幡野さんの言葉がそこにありました。
幡野さんの人生の主軸は「自分を好きでいること」であり、いろんなことをバランスよく経験しているからこそ、人生がたのしい、と。この本の元になった連載を「日記のように」書くことができたから、幡野さんの「素」がだせて、ジャンルがしぜんとわかれたものになった、と。
テーマがないことを、完全に肯定してくださった思いでした。というかテーマがなかったからこそ生まれたエッセイであり、生まれた本だったのでした。これでぼくの本作りの悩みは完全解決されたのでした。
おかげで、ぼくの心の迷いもすべて消え去り、ぶじ、帯も内容紹介も、ポップなどの宣伝物のキャッチコピーもなんとかしっかり書けました。
ぼくは本に書かれている内容としての「テーマ」を必死に探していたわけですが、そういう「テーマ」以外にも、本には全体を貫く背骨のようなものがある。それをテーマと呼ぶのか何と呼ぶのかわかりませんが、とにかくそういうものがある。そしてそれがあれば、本は成り立つ。ぼくは知らず知らずのうちに「本作りはこうすべき」という考えにとらわれていたのでした。
編集担当者であるぼくが、本のパッケージングをしたんです! などと言えたらかっこいいのですが、マネージャー小池さんのアドバイスと、古賀さんの対談の言葉と、幡野さんの「はじめに」に助けられて、この本はできました。ぼくはそれに導かれて本作りをしただけです。
まだまだ作った本は少ないですが、一般書の編集部を兼務するようになって2年半。一般書の編集に着実に慣れてきたものの、だんだんと自分の柔軟性がなくなってきたことに気づかされました。
オマエあんま調子のんなよ、と自分で自分の肩をポンとたたいたのでした。
文:辻敦
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