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4時間自宅から閉め出された

後付けのオートロック

 自宅の玄関のドアに設置していたのは、後付けのオートロック。

 カギが要らなくなり、スマホのBluetoothによりハンズフリーで開錠できます。これを2年程使用しています。
 そもそも何故これを設置したかというと、私が過去何度か自宅の鍵を紛失しているからです。不注意優勢型あるあるらしいですが…。今回の事故も、その原因を過去から創り出したのも全部私のせい。本当にひどい女です。親の顔が見てみたい。
 さて、これはとても便利な商品ですが、当たり前ですが気をつけないと自宅に入れなくなります。
「いつか間違ってスマホを置いて出たら大変なことになるな……」
と危惧してはいましたが、先日ついにXデイが訪れました。

ちょっとのつもりが4時間に…

(明日は雨が降るから、草むしりするなら今のうちだな!すぐ終わらせよう!)
 服装はサイズの合ってないTシャツ一枚に、パジャマのズボン。近くのコンビニまでも行けない格好です。ゴミ袋と、軍手と、火をつけた蚊取り線香だけ持って、張り切って玄関のドアを開けました。手を離しました。閉まりました。ガチャ。

ウィーン。ピピっ!

「あ…。」

オワタ。今世紀最大のオワタ。
一瞬でした。気がついた時には遅く、もうドアは開かなくなっていました。
 そしてその瞬間に、なんとかして家に入ることを諦めました。詰んでますもん。ベランダも施錠してるし。二階によじ登るのも無理だし。
 午後6時。私は自宅に入れなくなりました。こんな絶望感は、子どものとき親を怒らせて
「もう帰って来なくていいわ!」
と舎弟と一緒に家からつまみ出された時以来。

閉め出された直後

 とりあえず、動揺しても仕方ないので、当初の目的の草むしりをしました。想定通り数分で終わりました。
 いくらも経たないうちに、街灯がともりはじめました。私はこの世界にひとりぼっちなのだと感じました。
 しばらくの間、ドアの前に背をもたれてヤンキー座りをしていました。蚊取り線香の火に草を触れさせて遊ぶくらいしかやることがありません。ドア越しの数センチ先に日常を置いてきてしまったばかりに……。
 近所の方に助けを求めることもできたのですが、特に緊急性がないと思ったので、夫の帰宅を待つことにしました。ドアが閉ざされたのが午後6時。夫はだいたい10時過ぎに帰ってくるので、4時間も夕飯時の他人の家に、人前に出られない部屋着で居座らせてくれとは言えません。そこまでツラの皮厚くないです。
 この日はどちらかというと寒いくらいだったので、脱水症状が出るようなこともありませんでした。奇跡的にトイレも大丈夫でした。また、日本に台風が近づいていて深夜から雨が降ったので、その前に夫が帰ってきたのは、まさに不幸中の幸いでした。そもそもこんなことになっちゃダメだというのは言う間でもありません。
 あとはせめて、もう少しまともな服を着ていれば、無一文でも近所をぶらぶらできたのかもしれません。しかし、閉め出され対策の為だけに、今後家でもちゃんとした服を着ようとは思いません。

きみも、ひとりぼっち

 我が家は住宅街にあります。当然すぐ隣にも家があります。このお宅はあまりプライバシーを気にしないようで、スカスカの生垣はあるものの、よく中が丸見えになってしまっています。この時もそんな様子で、住人の会話はもちろん、箸を置く音、缶ビールを開ける音まで筒抜けで、私が盗み聞きをしているようで本当に嫌でした。
 土地はあるのに、開発するときに住宅を詰め込みすぎたのがいけないのでしょうね。シムシティじゃないんだから。
 さて、じっとしていると、目につくのは動くもの。火のついた蚊取り線香があったので、羽虫はいませんでした。最初に目に入ったのは、まだ小さな幼ゴキ⚪︎リ(以下、G)でした。蚊取り線香を近づけると、いやがる素振りを見せるのが面白くて、何度もやりました。
「成虫になるまえに殺した方がいいよな?」
とも思いましたが、なんだか私が本当にひとりぼっちになってしまうような気がして、生かすことにしました。
 次に目に入ったのは、人差し指程の長さのヤモリでした。家の周りで稀に見かけます。今日は私のために来てくれたのかな?軍手をした手でそっと捕まえました。噛まれました。灰色のなめらかな体を手にのせたとき、灯りに照らされてヤモリの目がきらっと輝きました。その目の、なんてかわいいことでしょう。
 例のGと邂逅させると、Gは羽を広げて一目散に逃げていきました。ヤモリも、貼りついていた壁から飛び出し、すごい速さでどこか行きました。残念。線香が焚かれているところで、長居は毒なのでしょうね。仕方ありません。
 最後に見たのは、ナメクジでした。この頃なぜか大量発生してしまい、私たちを悩ませている元凶です。日が出ている間はどこにもいないのに、暗くなるとどこからともなく、それも、うじゃうじゃ出てきます。草むしりはナメクジ対策でもありました。


 さすがにナメクジは触れないので、(素手で触ると危険ですよ!)草でつつくと、体を縮こませました。憎たらしいことこの上ありません。しかも、のろまかと思いきや、ヌルヌルけっこう速く移動します。全部憎たらしいです。お前たちのせいで閉め出されたようなものだぞ。
 結局、この間に殺生はしませんでした。暇つぶしに無駄な殺生しなくてえらい。

寒さに震える

 誰にも見つかることなく、DV疑いで通報されることもなく、この時点で1時間程経っていたでしょうか。
 だんだん風が強くなってきて、半袖の腕から冷えていくのがわかりました。なんとか風だけでもしのぎたい。そこで思いついた場所が、夫のバイクでした。これにはカバーがついているので、毛布代わりになるはず。ヤンキー座りも疲れてきたところでした。
 さっそく、カバーとバイクのサドルの間に潜りこみました。この中は風が通らず、予想以上に快適でした。カバーはさすが、大事な車体を守る商品なだけあります。車の修理工場のような、あの独特な匂いに包まれながら、サドルに反対向きに座って、伏せるようにしました。自分じゃ見られないけど、どう考えても不自然に膨らんでるだろうな。
「バイクのカバーの中に人のようなものが入っている」と通報されてもおかしくありませんでした。


※画像はイメージです



 途中、男の子と男性、親子らしき人たちが会話をしながら、私の頭の方のすぐ近くを通っていきました。
「おっきいバイク!」
「人の触っちゃダメだよ、行くよ」

あぶねぇ〜!

 人のものを触らないという教育、本当に大事。あのまま間違ってカバーをめくられていたら、幼子に一生のトラウマを植え付けるところでした。
 お父さんらしき人も不自然だとは思ったでしょうが、放っておいて正解です。おかしいと思ったところを反射的に調べるのはコナンだけでたくさんです。
 しかし、後日見たらやっぱり普通の大きさになっていたというのも、なかなか闇が深いなぁ。

なぐさめ

「早く家に入りたい」
とは常に思っていました。暗くて狭いバイクの上での瞑想で、ある結論に辿り着きました。
 学生時代、一番つらかった実習生だった頃の記憶から、
「4時間実習するより、4時間閉め出されてる方がマシじゃね!?」
と悟りました。その悟りで、自分が一瞬で強くなった気がしたました。

救出

 聞こえるのは風の音とカエルたちの合唱くらい。そしてこの時ばかりは、風の音がとても耳障りでした。寒いからくしゃみも出ます。「バイクがくしゃみした!」ってならなくてよかったです
 どのくらい経ったのか、しばらくしてから、またこちらに近づいてくる足音が聞こえました。そして、すぐそばで止まりました。
 頭のあたりを数回、軽く叩かれました。
 カバーから出ようとすると、下からめくられて街灯の光が差し込んできました。
夫が笑いながら言いました。
「何してんの?」
「閉め出されたの。寒い。」
「そりゃ大変だったでしょう。入ろう。」
夫は私の腕をつかむと、かなり冷たくなっていることに驚いていました。
 時計がないので、時間が全くわからないままでしたが、この時、午後10時。ドアが閉ざされてから4時間経っていました。蚊取り線香も半分くらい灰になっていました。私は当初の見立て通りの時間、ずっと待っていたのです。


 残業して帰った後なのに、夫はすぐにお風呂を入れてくれて、温かいそばを茹でてくれました。とても身体にしみるお風呂でした。すごくおいしいそばでした。そばを食べながら夫は、
「でかい猫が座ってる思ったの。叩けば追い出せるかなって。」

あんなでっかい猫いないって!

嫁でした。

後日、夫に撮ってもらった写真

今後の対策

 こんな失態が二度と起こらないように、指紋認証か番号認証の鍵に変えるように夫に提案しましたが、すぐさま却下されました。
 それじゃ、もうお外に出られません!
 冗談ぬきで、真夏の昼間や真冬の夜に閉め出されたら、もうおしまいです。今度こそ、ツラの皮を限界まで厚くして、人様の家に居座るしかなくなります。人の家に勝手に上がりこんでお茶を飲むという妖怪・ぬらりひょんも私にドン引きするに違いありません。
 ちょっとでも、「いつかやらかすかも…」という不安がある方は、この手の詰み要素のある商品はおすすめしません。

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