自己紹介をします
みはらです。日本出身、アイルランド在住で、植物調査員として働いています。
私の人生の始まりは、ゼルダの伝説というゲームから。アイルランドに住み始めたのも、植物調査員になったのも、全てはゼルダの伝説のリンクのようになりたい!という童心の夢を追って辿り着いたものです。
*植物調査員は、平たく言うと自然保護と開発事業の仲介をする仕事。建物を新しく建てたりする前に、その場所に育つ植物を調べて、事業主に「問題なく工事をするにはこういう環境配慮をしないといけませんよ」、とアドバイスをする専門家です。
夢の経緯
ゼルダの伝説との出会い
ブレスオブザワイルドで有名なゼルダの伝説。1986年に初代が発売されてから、沢山のシリーズがリリースされています。
私が始めてゼルダをプレイしたのは、小学1年生の時。父親がニンテンドー64とゼルダの伝説 時のオカリナを購入し、弟と三人で一緒にテレビの前に並んで、コントローラーを交代しながら夢中で遊びました。
主人公リンクは喋らないので、プレイヤーが自己投影をして冒険できること、そしてパズルを解いて進んでいくダンジョンがあっという間に私を虜にしてしまいました。私は自分がリンクになったような気持ちで、ゲームの世界を縦横無尽に駆けていきました。
北アルプス・燕岳に登って
そうやってゼルダの伝説の世界に夢中になっていた小学生の頃から、父が昔、探検部として登った山々に連れて行ってくれるようになります。小学1年生の時、家族で初めて大台の登山に出かけました。北アルプスの一角、燕岳(標高2,763m)です。
遠足で登る高尾山や御岳山とはまた違う、高山の世界。森林限界を超えて、尾根から降りる山裾にはお花畑が広がり、臨む山頂には鋭く切り立った岩肌が。近所の世界しか知らなかった小学生の私にとっては、もはや異世界、まさに、ファンタジーの世界。燕岳に登ったことで、私の頭の中で、大自然にゆく=ゼルダの伝説のような世界に行ける、という方程式が成り立ってしまいました。
アイルランドを知る
母に「ゲーム脳になっちゃったわ」と頭を抱えられながら高校生になり、吹奏楽部に入部します。そこで出会ったのが、ビル・ウィーラン作曲のリヴァーダンスという曲(動画は構成曲の一つ、Countess Cathline)。
コンクールの選曲用にこの曲を初めて聴いたときの、あの衝撃と興奮は今でも忘れられません。何故か日本から出たことのない私の胸の奥を懐かしさと切なさで一杯にしていく、あの旋律。嗚咽をあげながら、私の心を突き動かすこの音楽はどこから来たんだと調べて、初めて、アイルランドという国を知ります。
調べると、何の因果か夢見ていたハイラルや中つ国のような緑と灰色と魔法に彩られた国ということが分かりました。アイルランドの自然を走り抜けて、リンクみたいな格好良い自分になりたい。私の夢が、現実世界に一際はっきりと形を作る瞬間でした。
リンクになるって、つまり何だ?
大きな岐路である高校3年生の時、片足はファンタジーに突っ込みつつ、現実的な問題が浮上します。リンクになるって、つまり現実社会だとどういう生活なんだ?自然を駆け抜けることで誰かの役に立つ、リンクと違って世知辛い金銭的な問題がある中、ある程度の持続性を持って…それって、具体的にどうしたら叶うのだろう?趣味で行くにはアイルランドはお金がかかる。ならそうだ、夢と仕事を連結させよう!
そこで、大学へ進学後、アイルランドで環境調査員か、考古学者か、写真家になろうと考えます。この3つが、当時の私の考え得る、リンクっぽい職業でした。あとは一か八かという気持ちで農学部(環境調査員)、文化構想学部(考古学者)、映像学部(写真家)を受験して、唯一受かった農学部へ駒を進め、環境調査員への道を進むことになります。
植物調査員を選んだワケ
環境調査には哺乳類、鳥、昆虫、魚など、植物以外の分野もたくさんあります。私が植物を選んだ理由はよく覚えていません。小さい頃、よく行く近所の遊歩道があって、ある日、大雨の翌日に偶然通って、あの雨上がり特有の木々の青々しさと濡れた苔の匂いに心を奪われたことが、原体験になっているのかもしれないです。あるいはいっとう好きな色が緑色だからか。
植物を見分けるときは、図鑑に書いてある花びらの形や葉っぱの毛の有無などを一つ一つ観察して、その植物が何者なのか、紐解いていきます。その感覚が、あの日ゼルダの伝説のダンジョンのギミックを一つ一つ解き進めていた時のワクワクと似ている気がします。
大学の研究対象は、泥炭湿原の植物達。日本の森林のように、アイルランドの国土6割を占めているのが泥炭湿原。なら、日本で同じような環境を勉強しておけば、渡航した時に即戦力になれるんじゃないか、そんな皮算用で専攻を決めました。泥炭湿原は、日本とアイルランドでも共通種が多いという、ロマンあふれる植生です。アイルランド行きに挫折しそうになった時、何度も北海道の湿原を訪れて「そうだよ、行かなきゃ」と奮い立たせてもらいました。
職務経験を日本で積んだ5年間
大学卒業後は、北海道の環境コンサルタント会社に植物調査員として5年間勤務しました。というのも、アイルランドの求職情報では必ずと言っていいほど関連職種の職務経験2~3年程度という項目が応募者に求められているからです。
英語の聞き取りと話すのが苦手で、おまけに職務経験もないとなると、新卒の私を雇ってくれるアイルランド企業はないと思ったので、日本で経験を積もう!と考えた結果でした。さらに、北海道ならアイルランドと気候帯が似ていて、植物も科や属までは共通していることが多いので、国は違えど経験が無駄になることはないだろうと踏みました。実際、アイルランドで働いている今、日本での経験が本当にありがたい場面が沢山あります。
そして…アイルランドへ!
30歳でいよいよアイルランドのワーキングホリデービザの申請準備をしつつ、現地に着く前に仕事が手に入っていたら楽だなあと思い、LinkedInを活用しながらリモート就活を始めました。
履歴書を何件も送っては音沙汰なし…が7ヶ月くらい続いたある日、LinkedInのチャットに「環境調査員の仕事に興味はある?」とアイルランド企業からメッセージが。あります、と返信をすると、「3日後に面接をセッティングしたよ」と爆速で話が進みました。オンライン面接なので想定問答を書いたいわゆるカンペを画面隅に用意して、いざ面接。聞き取れない質問にはとりあえずYES!!!と答えて1ヶ月後、環境調査員として採用する、という通知が届きました。この時ワーホリに行く3ヶ月前、運よくギリギリで、アイルランドでの職が見つかった次第です。
1年間就労して、ワーホリが終了した今、新たに会社から就労ビザを取ってもらい、何とかまだまだアイルランドで働くことが出来そうです。
永住するかどうかは未定です。でも、ちょっぴりシャイで日本人似、けど懐に入ればお喋りが止まらない、助け合って生きることを自然にしていて、まずは何につけても「紅茶はいかが?」──そんな愛すべき人達が住む国、アイルランド。緑と灰色の大地に、ひょっこりと佇む石造りの城や塔。住んでいる今でも、ここでは魔法が存在するんじゃないか、そんな風に思わせてくれるこの国が大好きです。
リンクは勇気のトライフォースに選ばれた、勇敢な剣士です。一方の私は、運動音痴だし、生まれながらのビビリ。でも、家族と地元の友達から離れて、自分を試すために異国の地に行くと決めた時は、自分の中に、少し、勇気を感じることが出来ました。東京から札幌に行った時も、札幌からアイルランドに行った今も、寂しくて後悔することもあります。けど、きっと自分を認めてあげるには、この道で正しいんだと思っています。
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