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手紙の詩──多彩なひとに宛てた古代ローマの書簡詩より

ホラティウスは、古代ローマの黄金時代を築いた詩人です。

いろいろな詩が残っていますが、この「書簡詩」はユニークです。韻を踏んで、実在の人物へ宛てた手紙の形式で、詩を記したのです。

ひとつ読んでみましょう。

ヌミーキウス様
何に対しても驚かないこと、ほとんどこれだけです、ヌミーキウス。これしか人を幸福にし、幸福なまま保てるものはありません。

突然ですが、のっけから「幸福」について語っています。
幸福とは、「驚かないこと」だと言うのです。

あの太陽を、星を、移ろいつつ定めのとおりに
交替する季節を見て、まったく畏怖の念を覚えずに
眺められるひとがいます。あなたはどうお考えですか、大地の贈り物を。
最果てのアラビアやインドを富ませる
海の贈り物はどうでしょう。
どうでしょう、見世物は、好意あるローマ市民の拍手や奉仕は。
どのように、どんな気持ちと顔をして眺めるべきだと思いますか。
これらと対極のものを恐れる人は驚きますが、ほとんど同じような仕方でそれを望む人も驚きます。どちらにとっても驚愕は不快です。

大変、わかりづらい文章かもしれません。
原文が韻文だからなのでしょう。凝った形になっています。

かんたんに言うと、星々や季節の移りゆき、そして海を越えて貿易で手に入る異国の品々も、ローマ市内のサーカスも、びっくりして楽しむひともいますね。

しかし、本当はびっくりしないで、心が平静なのが一番です。
なんで、みんなびっくりしたがっているのでしょうね?

……といった内容です。

ちょっとお説教くさいですが、古代ローマ人は道徳論が好きでした。政治的な民族だったのです。質実剛健ともいえます。


次は、手紙の形式で書かれた詩論です。

ホラティウス自身が詩人でしたから、「詩とはかくあるべし」と当時の第一人者が語った内容といえます。

詩人の望みはひとの役に立つか、ひとを喜ばすか、あるいは、人生を楽しくすると同時に人生に益することを語ること。どんな忠告をするにも、短いのがよい。手短かに言われたことは素直に心に受け入れられ、忠実に守られるから。 冗長な言葉はすべて心からあふれてこぼれてしまう。

詩は、夢見心地でふわふわなのではなく、やはり実質がないとよくないとのこと。公益を考えています。

娯楽のために創作されたものは真実に近づけるべきだ。 何を上演するにも、芝居が真実だと思ってもらう必要はない。

これも「ただのエンタメでない芝居を書こう」という呼びかけです。

今で言えば、社会派の映画やドラマを撮ろう(詩人は、その脚本を書こう)というイメージでしょうか。

お硬いような、自由なような、ホラティウスの書簡詩でした。


『書簡詩』ホラティウス 講談社学芸文庫

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