連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第五話 なりたいもの
あれから花森さんは女子バレー部に入部したらしく、時々、体育館からかけ声が聞こえてくる。
「あ、君。これを理科準備室に持って行きたいんだけど手伝ってくれないかな」
段ボールを二つほど重そうに抱えている片山先生が近づいてくる。
「いいですよ」
すぐその箱の一つを両手で抱えて理科準備室へと歩いていく。
「そういや、確か・・・滝川さんは宮野先生のクラスだったよね」
「はい、そうです」
「宮野先生、怒ると怖いでしょ」
誰にも聞こえないように小声でこっそり言う。
「まあ、二年も担任なので慣れましたけど。片山先生のクラスはどうですか」
「まあ、まだすぐに仲良くなるってのは難しいけど少しずつかな」
伏し目がちになる。
世間話でもしていると理科準備室に着くが、ドアの前に宮野先生が立っていた。
「げ・・・」
気づいてはいけないものに気づいてしまったかのような反応をする。
「片山先生。少し話があるのですが、お時間大丈夫ですか」
合図するように腕時計に目をやる。
「ええ。わかりました。滝川さん、ありがとう」
僕が抱えていた段ボールを自分の方に重ねると、そのまま二人は理科準備室に消えていった。
「片山先生、花森さんの件なんですけど、あの格好どうにかなりませんか。女子なのに、男っぽいのは、あるまじき姿。おまけに無愛想で」
睨みつけながらぐちぐち言う。
「ははあ。しかし、花森さんは」
「その事情は理解してあげたいけれど、ここは学校なんです。女子生徒として通すなら、それ相応の振る舞いっていうものがあるじゃないの」
「確かに・・・。花森さんには私から話しておきます」
「片山先生は優しいんだから、はっきり言えないでしょう。私が放課後に呼び出して注意しておきますから」
口調がだんだんきつくなってくる。
「わかりました」
肩をすくめて弱々しく返事する。
「片山先生、いますか?」
扉の向こうから生徒が呼んでいるようだ。それが聞こえたのか、宮野先生は少し高めのパンプスを鳴らしながら出ていき、入れ違いに星崎が入ってくる。
「片山先生。先週、授業でやっていた惑星についてなんですけど」
ワークシートを渡して、話し始める。
しかし、呼びかけられている本人は先ほどの緊張感から解放されたかのようにため息を何度もついている。
「あれ、どうしたんですか。何かありましたか」
「あ、いや・・・。それでワークシートでわからないところがあったのかな」
ワークシートを手に取る。
「金星っていつも見えるんですか?」
問題を指さして質問する。
「金星か。金星はいつも見えるわけじゃないんだ。明け方の東の空、夕方の西の空の二回。一日に二回のタイミングでしか見られない。他の天体と比べてなかなか気づかれにくいかもしれないね」
空を見上げながら説明していく。その話に何かを考えたのか、星崎も同じように空を見上げる。今もどこかに隠れている金星を探すかのように、二人はぼんやりと眺めている。
そのまま五分が経った。
「あ、すみません。お忙しいのにお時間とらせてしまって・・・」
我にかえったのか慌てる。
「いやいや、質問に来てくれる生徒なんて星崎くらいしかいないから嬉しかったよ」
軽く微笑む。
「じゃあ、ありがとうございました!」
手を振って見送られ、突き当たりの角にある階段を降りながら
「金星なんかじゃなくて北極星ならよかったのに」
小さく誰にも聞こえないように呟く。
目が少しずつ潤みそうになるのを必死で我慢していると、向こうから歩いてくる花森と視線が絡まる。
「えっと、大丈夫ですか」
何かほっとけないような、そんな気持ちに駆られてつい、声をかけてしまう。
「ああ、気にしないで。目にゴミが入っただけだから」
苦し紛れに目を擦りながら取り繕う。
「そうですか。それなら安心しました」
ほっと胸を撫で下ろしたのか、会釈して通り過ぎようとする。
「待って!」
腕を急に掴んで呼び止める。急に腕を強く掴まれた反動で
「あっ」
体勢を崩しかけそうになる。
その瞬間、誰かに抱き止められる。その人からほんのり爽やかなシトラスの匂いがした。
「花森さん、大丈夫?」
心配そうに顔をのぞきこんだのは滝川。
「あ、大丈夫。ありがとうございます」
近すぎる距離に顔が赤くなりそうになるのを隠すようにそっけない態度をとる。
「花森さん、ごめん!急に掴んで」
申し訳なさそうに平謝りする。
「星崎先輩、場所くらい考えてくださいよ」
苦笑しながら注意する。
「滝川くん、助かったよ。ありがとう」
深々と一礼する。そして花森の方へ向き直って
「花森さんっていうんだね」
「はい。えっと・・・」
水標中学は学年ごとにネクタイの色が違う。一年が水色、二年が緑色、三年が橙色となっており、星崎は橙色のネクタイをしている。
「私は星崎碧。一応、生徒会長やってます。よろしくね」
先ほどとは打って変わって花が咲いたような笑顔で自己紹介する。
(さっきとは全然違うみたい。でも、なんだかこの先輩気になる)
この二人のやりとりを、ただ静かに見つめている滝川。それを遮るように
「花森さん、放課後に進路支援室に来てください」
宮野先生が後ろから声をかける。すると、花森の表情が暗くなる。
「わかりました」
消え入りそうな返事をする。
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