連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第十話 できることはなんだ
「お口に合うかわかりませんが、珈琲を淹れたのでよかったら召し上がってください」
お盆にコーヒーカップを三客乗せて運んでくる。
「お気遣いありがとうございます」
「それで・・・朱音は学校ではどんな感じなんですか」
学校での様子を早速聞いてみる。
「はい、学校生活には少しずつ慣れてきているようで真面目な生徒ですね。女子バレー部の練習にも精を出している様子を時々見かけています」
「それなら安心しました。父親がいないぶん、厳しく育ててきているので朱音がちゃんとした学校生活を送れていると信じています」
「ただ、人間関係がまだ難しいようで、朱音さん自身あまり自分から話しかけることはなく、いつも話しかけられるのを待っているのが多い印象ですね」
不安な点も含めて打ち明ける。
「人見知りが強いものですから、なかなか友達が少ないんです。それに加えて男子のような格好をしているので・・・。私は『やめなさい』と何度も言っているのですが、聞く耳を持ってくれないままです」
相当、頭を悩ませているのがわかる。
「そうでしたか。
確かに生徒から多少の疑問はあるようですが、朱音さん自身が気に留めていないので、あまり介入しないようにしています」
同意しながらも、どこか一歩引いている。
「片山先生からも、朱音に言ってあげてくれませんか。担任からだったら少しは聞く耳持つと思うんです」
懇願するように言う。
「私から言ってどうにかなるのですかね・・・」
張り詰めた表情になる。
「あの・・・少しいいでしょうか」
体を少し前のめりにして小さく手を挙げる。
「お母様のなかで今の花森さんは真面目な生き方だとは捉えていないということでしょうか」
「だって、そうでしょう。女性に生まれたのに男性のように生きるっておかしいじゃないですか」
口調が少し強くなってくる。
「そうかもしれません。でも、それは花森さんが見つけた生き方なんじゃないかと個人的には思うのですが」
「じゃあ、娘が周りから変な目で見られるのを黙って見ていろっていうんですか」
今にも突っかかってきそうな勢いに押されることなく姿勢良く座る。
「お母様、少し落ち着きましょう・・・」
隣で片山先生がヒヤヒヤしながらも宥める。
「はあ・・・。私だって朱音のことを一番に考えているんです。でも、自分の子が周りと違う生き方をしているのを誰が受け入れてくれるんですか?」
ストレートにぶつける。
「その気持ちはあると思います。でも、私たちは好きなことや好きなものが違いますよね。それと同じように花森さんは今、必死に生きているんです。
自分の生き方が何なのか、探して、もがきながらも一人で闘っている。私にはそう思えてならないんです」
花森を見てきたからこそ言えることを伝える。
「僕は・・・花森さんと出会った時、この生徒はとてもまっすぐな子だと思いました。それはきっと親御さんが大切に育ててこられたからなのだと思います。
ただ、どこか寂しげな顔をするんです、時々。でも、それに私たちも見て見ぬ振りしていたのかもしれない。そう感じているんです」
おずおずと手を挙げて花森の母親と向き合おうとする片山。
「・・・。もう帰ってくれませんか。これ以上聞いていたくないです。家庭訪問に来てくださったのはありがたいのですが、もうお帰りいただけますか」
静かに手を玄関の方に向ける。その言葉に二人は頷き、花森の家をあとにした。
水標中学の図書室は全校生徒がいうには
“未来とつなぐ場所”
そういわれているらしい。それは階段が関係している。全国的にも珍しく、螺旋階段状になっているのだ。
「この階段、長いから着く頃には体力がなくなる・・・」
上る度に、苦い表情になる。
「そうですよね。でも、僕はこの場所が一番好きなんです。”未来とつなぐ場所”って言われてるじゃないですか。それを聞いた時に、この場所は僕が僕でいられる唯一の場所なのかもしれないって思ったんです。
誰にも縛ることのない『なりたい自分』になれる」
図書室の入り口を見上げる。
「そっか、その考え方いいな。今までマイナスなイメージで考えてきたけど視野が広がるね」
その時、上の方から
「滝川くん、珍しいね。図書室に行くの?」
「僕のことどんな人だと思ってるんですか、星崎先輩のなかでは」
顔が思わずにやける。
「花森さん、こんにちは」
花森がそばにいることに気づき、会釈する。
「星崎先輩、こんにちは。何か図書室に用事でもあるんですか」
後輩らしく挨拶した後に用件を尋ねる。
「ああ、書庫の整理をやって欲しいって担任からお願いされて、それをやりに行こうと思っていたところなんだよね」
図書室の鍵を指でくるくる回す。
「それって、星崎先輩一人でやるんですか」
「それがそうなんだよね、担任は何を考えてるんだか」
「あの・・・僕でよかったら手伝ってもいいですか」
前のめりになりながらも、声は小さいままだ。
「え、花森さん手伝ってくれるの!滝川くん、いい後輩をもったね」
意外な人物からのヘルプに喜ぶ。
「花森さんが手伝うなら、僕も手伝いますよ。それに星崎先輩は受験生なんですから時間を大切にしないと」
どちらともなく顔を見合わせて頷く二人。
「じゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな」
ウキウキ気分のようだ。それを見て、三人で笑い合う。
何かが変わる足音はすぐそこに迫っているのに気づかないまま・・・。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?