連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第四話 大人なんか信じない
ノックして入ってきたのは花森。
「すみません、女子バレー部の入部届けについて質問がありまして」
丁寧に一礼してから成井先生に声をかける。
「どうしたのかしら」
「あの、これってどうしても親のサイン必要ですか?」
不満げに言う。
「そうなんだけど、何か書いてほしくない理由でもあるの?」
予想もしていない質問に不思議そうに見つめる。
「特に・・・母親には書いてほしくないんです」
そう言って笑うその姿はどこか寂しげに見える。
「無理にとは言わないけれど、何かけがした時に連絡を取ることは避けられないのよ」
「それでも、私は・・・。僕はこれを母親に見せたくはないです」
入部届けをくしゃくしゃになりながらも強く握りしめる。
「なあ、花森。もしかして親御さんに何か言われてるんじゃないのか。例えば・・・」
核心をつくような質問を投げかける。
その言葉を聞いた途端、苦しそうな表情をみせる。
「そんな簡単に見透かしたように言わないでよ。
何にも知らないくせに。
僕が毎日、『産まなきゃよかった』って言われる。そこから永遠に抜け出せないの!」
ボロボロと涙が頬から落ちてゆく。
「花森さん、少しここでゆっくりしましょう」
肩を優しくさすりながら落ち着かせる。
温かい珈琲をいつもより丁寧に淹れて、目の前におく。
「花森さん、私はここで初めて話したけれど、花森さんと会えてよかったと思うの。大袈裟かもしれないけれど」
クスッと微笑む。
「そういうのいいですよ。
どうせ口だけなんでしょ?
大人ってみんなそう。対等になんて見てないくせに口先だけいい言葉を並べて・・・」
目線を合わせようとせず、どこか遠くを眺めながら拒絶反応を示す。
「無理に話そうとしなくていいから。
花森が”信じられる”そう思えた時に話してくれればいい。それまでゆっくり待っておくよ」
しゃがみこんで、目線を合わせる。
「そう、勝手にすれば」
睨みつけるように保健室を出ていく。その姿を何もできずに見送る。
「あの子にできることってなんでしょうね・・・」
寂しげな背中を見つめながら何もできない状況が腹立たしかった。
「最近、LGBTQ+って言葉をよく聞くようになったってニュースでは言われてるけど、実際はそうじゃないのよね。本当は前からいるのに『存在しないもの』と思われてきたわ」
「その一人なのかもな」
来室記録を書きながら頷く。
そこにちょうど花森の担任らしき人がドアの隙間から入っていいのか迷うように様子をうかがっている。
「あの・・・先ほど花森さん、来ましたか」
恐る恐る尋ねる。
「ええ、来ましたよ」
「何か話してましたか」
「確か、片山先生はご存知なんですよね」
「ええ、少しは聞いてはいます。ただ、花森さんがあまり話さない生徒なので上手くタイミングがつかめていなくて」
頭をかきながら困った表情をみせる。
「そうですか。まだ日は経ってないですからそう焦らなくてもいいと思いますよ」
体をこちらに向ける。
「花森さんみたいな人と関わるの初めてなんですよ」
苦笑いしながら丸椅子に腰を落とす。
「片山先生、花森の担任として向き合うなら”花森さんみたいな人”って意識を捨てた方がいい」
「え?」
何のことだかさっぱり見当もつかない。
「それだけ言っておきます」
そう言って視線をパソコンに戻す。その様子に不機嫌そうに音をたててドアを閉めて出ていく。
部活動が終わり、そそくさに帰る生徒や玄関前でおしゃべりしている生徒でごった返す。部活ごとで固まっていたり、先生とおしゃべりして帰ろうとしない生徒だったりと様々だ。
「ねえ、花森さんだよね?」
肩をトントンと軽くたたく。急に声をかけられたので驚いて一歩後ずさる。
「私、中二ーAの百合。よろしくね!」
握手を求められる。
「はあ・・・」
言われるがままに応じる。
「何か用ですか」
「んー、用事ってほどではないけど、部活何にするか決めた?」
囲むように周りを一周しながら歩く。その時に、手に握られた入部届けがあるのが目にとまる。
「持ってるじゃん!あ、私と同じ女子バレー部に入るんだ!嬉しいなあ〜」
その一言を聞いたら余計に”違う”なんて言えるような雰囲気ではなくなった。黙りこんだまま立ち尽くす。
(言わなくちゃ・・・)
口をキュッと強くむすぶ。
「あれ、百合。どうした?」
タイミングがいいのか悪いのかわからない時に滝川が寄ってくる。
「あ、真!花森さんね、女子バレー部に入るみたい!」
入部届けをはっきりと見せる。
「え。そうなんだ。花森さん、女子バレー部か」
意外そうな反応をする。
ーーーそろそろ最終下校時刻です。校内に残っている生徒は速やかに帰るようにーーー
校内に下校を促すアナウンスが響く。
「そうだ、よかったら・・・」
一緒に帰ろうと思いつき、花森の方を振り向くが
「失礼します」
おじきをして走っていく。追いかけようと手を伸ばすも、その手が届くには遠すぎた。
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