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連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第九話 覚悟


引用元:https://onl.tw/EfChfnu

 翌日の朝、通学路の坂道を歩いていると前方に花森の姿を見つける。その瞬間、昨日の出来事を思い出し、心がどくんと音をたてる。

「おはよう!」

それがばれないように、いつも通りに振る舞う。
その声に振り向き

「おはようございます。滝川先輩」

凛とした真っ直ぐな挨拶が返ってくる。そのまま歩幅を合わせながら歩いていく。その歩幅が心の距離を縮めているようで嬉しくなった。

「あれから風邪ひかなかった?」

「大丈夫ですよ、そんな心配しなくても」

とりとめのない会話が一つ、二つへと重なるのを感じながら校門をくぐる。そうすると向こうから

「よっ、滝川」

手を軽く上げて挨拶してきた。

「青野先生!朝早くから校門にいるなんて何かあったんですか」

「いや、何もないんだけど、たまには朝から生徒としっかり顔を合わせて挨拶したいなって思ったんだよな」

「青野先生っていつも明るいんですね。羨ましいです」

憧れのまなざしに

「花森、俺ってそんないつも明るいわけじゃないよ。みんなと同じように嫌なこともあるし、悲しいことだってある。だけどな、そのなかで何気ないことが嬉しかったり楽しかったりするんだよ」

幸せそうに話しながら花森の肩に手をおく。

その言葉が心に刻みつけられたようで熱くなった。

「そうだ、花森。今日、家庭訪問に片山先生と行く予定だからよろしくな」

軽く伝えたつもりだったが、花森にとっては軽く受け止められるものではなかった。

「え?お母さんから何も聞いてませんけど」

それが事実なのか疑う。

「そうなのか、てっきり知っていると思っていたんだけどな」

頭をポリポリとかく。

「わかりました。ただ、その場にいたくないので僕は図書室で時間潰しておきます」

一瞬で冷たい目に変わる。

「じゃあさ、僕もその時間潰しに付き合うよ」

勢いよく挙手して持ちかける。

「でも、滝川先輩。何か予定とかあったりするんじゃないですか。こんな僕に付き合ってもらっても」

気にしなくてもいいというようにやんわりと断ろうとする。

「大丈夫、僕が花森さんと話したいんだ」

「それなら・・・」

滝川の熱意に押されるままに約束する。


「真!おはよう」

間に割って入るように百合がやってくる。

「何の話してたの?」

くるりとこっちを向いて聞いてくる。

(なんか、百合に変な誤解されるとややこしいことになりそうだな)

困惑した態度をみせながらも、表情は崩さないようにする。

「おお、風間。おはよう」

「青野先生、おはよう!今日もかっこいい!」

「こらこら、おはようございますだろ。でも、褒めてくれてありがとう」

冗談まじりに言いながら目線を滝川たちに向けて小さく教室の方を指さして合図する。

(ありがとう、青野先生!)

両手を合わせる仕草を小さくみせてから、花森の腕を軽く引っ張って一年の教室へ向かう。

「滝川先輩、どうしたんですか」

慌てながらも、されるがまま教室へと連れてかれる。無事、教室に着き、

「よし、これで大丈夫。じゃあ」

辺りを見回して追いかけてきていないのがわかり、安心したように一息ついて自分の教室に戻る。


引用元:https://onl.tw/iCZSpje

 涼しい風がぴたりと止み、気持ちのいい陽射しの終わりが迫ってくる夕方になった。

「大丈夫かなあ」

玄関の前でやたら身だしなみをチェックする。

「片山先生、そんなに何度も確認しなくても大丈夫ですよ」

苦笑いしながら肩をポンとたたく。

「そういう青野先生のスーツ姿、初めて見ましたよ」

くまなく見ながら感心する。きっちりとしたスーツに珍しいオレンジ色のネクタイで締めている。

「流石に白衣では行きませんよ。では行きましょうか」

緊張と覚悟を胸に電車で隣駅の氷雨市内にある花森の家へと向かう。花森の家は駅から歩いて二十分もかかる場所にあったが、そこからは綺麗な海が見渡せる景色に恵まれている。

「花森さん、こんな素敵なところに住んでいるんですね」

辺りを見回しながら景色に圧倒される。そして、ようやく家の前まで着いた。

「片山先生、ここから先は片山先生を中心に進めてください。私は折をみて質問したりするので」

前置きをした後、インターフォンを鳴らす。

「ーーーはい。どちら様でしょうか」

「昨日、家庭訪問の件でお電話させていただいた担任の片山と申します。養護教諭の青野と家庭訪問に伺いにきました」

冷静に言葉を発していく。

「ありがとうございます。今、開けますね」

スピーカー越しに軽くやりとりを済ませた後に門が自動的に開いてゆく。足を進めていくとドアの前で母親らしき人が待っていた。

「いつもお世話になっております。花森の母でございます。遠いなか、わざわざ家庭訪問に来ていただいてありがとうございます。」

丁寧な挨拶を受ける。

「こちらこそ、いつもご協力いただきましてありがとうございます。改めて担任の片山と申します。こちらは養護教諭の青野です」

手のひらを青の先生の方へ向ける。

「はじめまして、水標中学の養護教諭の青野と申します。本日はお時間いただき、ありがとうございます」

キリッとした表情で一礼する。一通り、顔合わせを済ませるとリビングに案内され、ソファに腰を落とす。

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