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連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第十四話 僕であること

 「青野先生、花森さんが僕にこう言ったんです。なりたいものは何だったのか聞いた時に、

『残酷なこと聞くんですね』って」

「滝川、それは先生も思うぞ。
“なりたい”なんて言葉で片づけられるようなことじゃないんだ。
誰かになりたいって思うことはあるだろうけど、花森が望んでるのはそんなことじゃないんだよ。

そうだろ?」

揺れながらもまっすぐな瞳でそう言う。

「僕は『僕』でいたい。
ただ、それだけなのに・・・」

悲痛な心の叫びを漏らし、お母さんの方へ向き直る。


「お母さん、お母さんの望む生き方ができなくて・・・
私になれなくて・・・ごめんね」


優しそうに目元を緩めて笑う。そして、最後に振り向いて目を閉じる。



「花森さん!
僕は花森さんの全てを知っているわけじゃないし、今もわからないことだらけだ。

でも言えることが一つだけある。

僕は花森さんを少しでも知りたい。
花森さんの生き方を応援したい。
お母さんや青野先生たちと同じように
花森さんに生きてほしい」

ごちゃごちゃしていてまとまりがないなりに嘘のない思いをぶつける。

「そうだ、花森。
その生き方は決して間違ってない。
花森が見つけた生き方なんだろ。
それを自分で否定したらだめなんじゃないか?」

滝川の思いに突き動かされるように青野先生が一歩踏み出す。


「でも、誰かに迷惑かけるだけですよ」

その声に花森は複雑な表情をみせるも、すぐ戻る。

「迷惑だなんて思わない。誰が迷惑だって決めたの?
誰かが花森さんに『迷惑』って言ったの?

一人でいるより、誰かといた方が楽だと思う。
僕だっているし、青野先生だって、成井先生、お母さんだって花森さんと一緒に歩みたい。
そう思っているよ」

フェンス越しにいる花森の方へ一歩ずつ歩き出し、その手を伸ばす。

引用元:https://www.photo-ac.com/main/detail/23688433


その瞬間、フェンスを乗り越えて滝川の胸に飛びこむ。

「本当は、本当は誰かにそう言われたくて・・・
思って欲しかった・・・!」

張り裂けそうなくらい大粒の涙がとめどなくこぼれる。


「おかえり、ありがとう。
僕たちに話してくれてありがとう」

震える肩をさする。

「花森、辛かったよな、今まで。
ずっとずっと溜めこんでたんだよな。
気づいてやれなくてごめん」

深々と頭を下げる。

「青野先生・・・」

それは違うと言うようにくしゃくしゃな表情のまま、首を左右に強く振る。

そして、その後に大きな温もりにぎゅっと抱きしめられる。

「朱音、本当にごめんね。これからもっと話そう。
朱音がどんなものが好きで、どんなことが好きなのかたくさん聞かせて。
お母さんは朱音が大好きよ」

ずっと探し求めていたその温もりが暖かくて子供のように泣き始める。


「ずっと言えなくてごめんなさい。
でも、簡単には言えなくて・・・」

この瞬間、大嫌いだったお母さんが大好きなお母さんになった。

花森がずっとずっと待ち焦がれていた光景がそこにはあった。



それを打ち破るように

「馬鹿みたい。本当、くだらない。
まるで安っぽいドラマのようね」

呆れるように言葉を吐き捨てて、屋上を出ていく宮野先生。

「生徒のことを何だと思ってるんだ、宮野先生・・・」

生徒のことをどこか考えていない行動に青野先生は不信感を募らせる。

何ともあれ、最悪の事態を免れたのがわかったのか、野次馬のように廊下にあふれていた人混みはいつの間に消えていた。
それが無関心を意味するかのように思えて

「自分たちには関係ないって思ってるんでしょうね」

ため息まじりに成井先生が呟く。


「花森さん、僕が言うのもお門違いだけど、ありがとう」

感謝の言葉が一番に浮かんだ。

それは、この数時間で花森さんに向き合った滝川だからこそ出てきた一言なのかもしれない。

「なんだか、もっと早く出会いたかったかもしれないです、滝川先輩に」

涙の向こうに花森らしい笑顔が光って見えた。




「ふーん・・・。あの子、そうなんだ。
なんだかすごいこと聞いちゃったかも」

屋上の扉の向こうで誰かがこっそりほくそ笑んで、階段を下りていった・・・。

引用元:https://www.photo-ac.com/main/detail/25962758#goog_rewarded

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