連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第十二話 それぞれの本音(おもい)
何かが外れた音がしたのがわかった。顔を見合わせ、ゆっくりと屋上に入る。
太陽の眩しさとどこまでも続く青空。朝に見た景色と全く変わらない景色がそこにあった。視線を戻すとフェンスの外に立っている人がいた。短い髪型に凛と立つその真っ直ぐな立ち姿。
「来てしまったんですね。来ないで欲しいと思っていたのに」
振り向き、悲しそうに笑う。
「花森さん・・・?」
なぜ、そこに立っているのが花森なのか、なぜそんなに悲しげに笑うのか。状況がわからず頭が真っ白になる。
「花森さん、早くそこから離れなさい!こんな事したら変な噂がたつじゃない」
どこまでも自己保身に走る一言に
「おい、宮野。さっきから聞いていれば自分のことばかり。その一言が、その行為がどんなに花森を苦しめるか考えたことあるのか」
憤りを抑えられず、胸ぐらを掴みかけそうになる。
「青野先生!」
落ち着くように諌める。その声に渋々と手を引っ込めて成井先生に耳打ちする。
「ーーーするので、滝川たちとここで何とか・・・」
「わかりました。青野先生を信じますわ」
静かに首を縦に振り、それを合図に青野先生が屋上を出ていく。
「花森さん、どうしてここに来ようって思ったの」
まだ追いつかない脳内を整理するために聞く。
「滝川先輩、私って変?」
唐突な投げかけに
「え?」
さらに真っ白になりそうになる。
「ねえ、答えてよ」
小さな声が風の音にかき消されそうになる。
「花森さん、僕は花森さんが何を変だって思っているのかわからないけど、初めて見た時、正直戸惑った」
その答えが予想通りだとわかり、俯きそうになるのを
「でも、凛としていて眩しかった」
はっと顔を上げる。
「でも、変だって思いますよね。女なのに男みたいな格好に振る舞い。だから、お母さんにいつも言われる。
『普通』『当たり前』『女らしく』って・・・。
みんなが思う『普通』って何?」
「それは・・・」
言葉に詰まってうまく答えられない。
「『普通』に生きられない、当てはまらない、自由に生きられない。
それなら生きていたくなんかない」
絶望の表情であふれていく。
「花森さん、私ねこう思うの。それは花森さんにしかできない生き方なんじゃないのかなって。その生き方をまだ誰も知ろうとする、そんな社会になっていないだけなの。
でも、私は花森さんのその生き方素敵だと思う」
刺激しないように、慎重に言葉を選ぶ成井先生。
「でも、お母さんは、みんなはそう思ってくれない!
慰めの言葉なら死んでも言われたくない」
目の色が少しずつ冷たくなっていく。
「小さい頃からヒーローが好きでよくヒーローの真似ばっかりしてた。その様子を見てお母さんも楽しんでくれて
『かっこいいね!』
そう言ってくれるのが一番嬉しかった。でも、小学生になってからお母さんも周りも変わってしまった。友達にヒーローの話をすると
『女の子なのに男の子みたいなのが好きなんだ。
変わってる〜』
嘲笑うような視線を向けられた。お母さんも
『今日、朱音に似合うワンピース見つけて買ってきたの!』
女の子の服を買ってきて、ヒーローの話なんか聞いてくれなくなった。僕は女の子として生きなきゃいけないのかなあって考えるようになって、いつの間にか笑うことさえ苦しくなった」
過去を思い出しながら自分の思いを少しずつ吐き出していく。その話に誰もが固唾をのんで聞いている。
「中学生になって毎日毎日、夜に窓の片隅に座って同じようなことばかり思った。
『朝なんてこなければ、明日なんてこなければ』
何度もそう願った。叶わないくせにね」
自嘲気味に微笑む。
「ねえ、花森さん。本当は・・・何になりたかったの?」
制服を握りしめる手に力を入れながら、核心をつく質問を滝川が投げかける。
「残酷なこと聞くんですね」
そう言いながら、青空に手を伸ばす。何かを掴もうとしている、そんなふうに見えた。
その頃、校門を勢いよく飛び出して、道を走る自転車や車、歩いている人、そんなものに目もくれず全速力で走っていく男がいた。
「陸上部にいた時の感覚、案外残ってるもんだな」
少しの余裕をみせながらも、目的地へ向かっていく。いくつもの曲がり角を曲がりながら懸命に走って目的地の前にたどり着く。
そこは、家庭訪問で訪れた花森の家。着くや否やインターフォンを押すとすぐに門が開いた。さっきまで着ていた白衣を脱いで片手に持って入る。
「青野先生、いきなり訪ねていらして何かありましたでしょうか」
困惑した顔で出迎える。
「今から学校に来てください。花森が屋上から飛び降りようとしています」
そのまま言葉をぶつける。
「何ですか、その悪い冗談は・・・」
信じていないように軽くあしらう。
「冗談だと思われますか」
目を逸らさずに見つめる。
「花森は今、生きる理由をなくしている。そんな花森に生きる理由を作れるのなら、お母様。あなただけなんです。我々、教師は花森の一部分しか見ることができない。
でも、あなたは違う。花森が生まれてきた時から、大切に育てて誰よりも長い時間を過ごしてきた」
「・・・」
沈黙の表情を貫きながらも、微かに唇を震わせる。
「あなたに・・・何がわかるんですか」
「わかりません」
きっぱりとそう答える。
「でも、知ろうとすることはできる」
心に手を当てる。
「・・・・・・本当はあの子が決めたことだから理解しているんです。親の思う通りに生きるんじゃなくてあの子らしく生きてほしい。
でも、あの子を前にするとそれが言えなくて・・・」
今まで我慢していた葛藤を口にする。
「お母様も辛かったんですよね。わかりたいのにわからない、そのもどかしさのなかで一人闘ってこられたんですね。でも、これからはわたしたちを頼ってください」
肩に手をおいて優しく語りかける。
「今からでも、朱音に・・・
朱音に本音を打ち明けるのは遅くないでしょうか」
「はい、今でも遅くありません。
花森にその気持ちを伝えるためにも学校へ向かいましょう」
力強く頷いて寄り添うように立ち上がって、花森の家から出る。すぐさま、辺りをキョロキョロと見回して、偶然近くにいたタクシーに手を挙げて乗りこむ。
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