連載小説『君の世界線にうつりこむ君』第二話 関わらない幸せ
百合の声に気づいた宮野先生と花森さんはどこか気まずそうにしている。
「百合、ここじゃなんだから玄関に行きながら話そう」
その場から離れることを最優先にするしかなかった。スタスタと早歩きで引っ張って玄関に向かう。
「ちょっと、いきなり何よ!」
真のわけのわからない行動に苛立つ。
「ごめん」
「何、あの子のこと気になってるの?」
「いや、そうじゃないけどな、何か・・・」
自分でもよくわからない感情なのだから、曖昧に答えることしかできない。
「ふーん、まあいいけど」
不満げにそっぽを向く。
「とにかく、部活行かなきゃいけないからまたな」
何かと突っこまれるのが面倒になったので、こっちから切り上げる。
僕は陸上部で、短距離を専門でやっている。走っている時だけは、自分が空を走っているような気分になれる。これが癖になってやめられない。
「おーい、元気か?」
校舎の右側に見える部屋から一人の教員が白衣をなびかせながら歩いてくる。
「青野先生!仕事はどうしたんですか」
「たまには良いだろ。滝川、前よりタイム速くなったんじゃないか?」
青野先生は男性の養護教諭で、たまにこうして僕たち生徒の様子を見に来る。だから、生徒からの人気はかなり高いようだ。ちなみに、水標中学は養護教諭が男性と女性それぞれ一人ずついる。
「青野先生は学生の時は陸上部だったって聞きましたよ」
「そう、種目は長距離だから滝川とは反対だな」
照れくさそうに頭をかく。
(生徒と関わりが深い青野先生なら、あの子について何か知っているかもしれない)
ふと思い出し、恐る恐る聞いてみる。
「青野先生、花森朱音さんって知ってますか」
「ああ、新入生の花森。そりゃあ、生徒の名前ぐらいは」
真剣なまなざしで答える姿がやけに違和感を感じた。
「ですよね。花森さんとまだ話したことはないんですけど、どこか気になるなって」
もやもやした何かを青野先生なら分かってくれるだろうと期待していた。
でも、その返事は予想外だった。
「それなら、話してみたらどうだ。僕から言うことじゃないと思うかな。話してみなければ分からない事だってあると思うぞ」
どこか弱気になっていた僕を見透かされたような気がした。
「そうですよね、変なこと言ってすみませんでした」
失礼を詫びる。
「いやいや、大丈夫。気にするなよ」
静かに肩に手をポンとおき、保健室へ戻っていった。
花森がどんな人だか分からないなら、自分から知ろうとしなければいけない。そんな決意を固めて練習に戻る。
その様子を二階の階段踊り場にある窓から花森がじっと見つめている。
「誰かが見た私は”私”じゃないのかな・・・」
今にも沈んでいきそうな夕陽を眺めながら、かすかに呟く。その頬に一筋の涙が流れる。それは何を意味するのか、僕たちはまだ知らない。
翌日になっても花森さんの噂は冷める気配はなく、花森さんが通るたびに誰もが反応する。当の本人は澄ました表情だ。下駄箱に着き、片足ずつ靴を脱いだ後に雑にドカンと音をたてて入れる。どこかとっつきにくい性格からか、花森さんの周りには同級生とみられる友達は見当たらない。
「おはよう、百合。花森さん、朝からあんな感じ?」
誰にも聞かれないように耳元でささやく。
「らしいよ。まあ、まだ始まったばかりだし、これから友達でもできると思うけどね」
どこか不思議そうに遠目で見ながら答える。
「まあ、そうだな。まだ始まったばかりだし、落ち着いたらできるよな」
その時、チラッと近くにいる同級生らしき三人組の話が耳に入る。
「花森さんに誰か声かけたほうがいいかな」
「えー、私が行くの?あの感じ、苦手なんだけど」
「じゃあ、ここはさ、ジャンケンしようよ。ジャンケンで負けたほうが行くことにしよ!」
どうやら、話しかける機会をうかがっているようだが、ジャンケンでしか決められない三人組。
「せーの、最初はグー、ジャンケンぽん!」
パー、グー、パー。真ん中のポニーテールの子が負けてしまった。
「負けちゃった・・・」
シュンと落ちこみながらも、勇気を振りしぼって
「花森さん、おはよう。私、同じクラスなんだけど、一緒に教室行かない?」
顔をのぞかせて、にっこり話しかける。
「おはよう、話しかけてくれてありがとう。でも、同情の気持ちなら話しかけないでいいから」
冷たい微笑みで制する。
「あっ、ごめんね」
予想外の反応に焦り、辺りがシーンとなる。
(この状況、どうするんだよ・・・)
「こら、あなたたち!もうすぐ朝自習の時間ですから、教室に行きなさい!」
宮野先生が大廊下から、しっしっと手で払う。その様子を見て、ぞろぞろと自分のクラスへ向かう生徒たち。
一瞬で人だかりがいなくなった玄関に僕と花森さんだけが残った。
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