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あなたの心

突然脳出血を発症した方が、やっとのことで救急搬送された。

身よりの無い方で、意識が消失した今は現在のご意向が確認できない。

私もこの施設に来たばかりで一番の新人ナース。8月に正社員になるのと同時に役職をついたものの、まだまだコロナ渦。まだ皆さんのご家族様全員にお会い出来ていない。
そんな中のこのケース、どうしたら良いのか電話しようと思ったら、まったくの独り身の方だった。

が、分厚いカルテから見つけたのだ。そんなに何年も前のものじゃない。ハッキリと『最後はこの施設で迎えたい。救命措置は求めない。食事は口から食べれなくなったらそれ以上のことはしてほしくない。』とハッキリとした意向確認書だった。

救急外来で医師から『クモ膜下じゃなかった。出血場所は脳室だから最悪ではない。でも、口から食べれるようにならないと思うよ。窮地を脱しても経管栄養か点滴だね。どうしますか?身寄りがないんでしょ?』と、こうして言葉だけ書くと冷たいのだけど、そこには何百何千という症例と向き合って来た人独特の優しさがあった。

”どうしてあげるのが、彼の最善なんだ?”と問いかけてくれている。

意向確認書について話すと『そうですか。それなら出来る限りのことをきちんと処置したらなるべく早くお返しできるようにしますね。そちらの提携簿病院にも連絡しておきます。』とのこと。

施設長に連絡すると『回復を願うけど、もしもの時はうちでお看取りしよう。』と言ってくれた。
もちろん回復を願う。

何もしないで施設で最後をという彼の願いには少しだけ背いてしまうのだけど、出来る範囲内の医療を受けて、数日後には是非帰って来て貰おう。

いつも物静かで温厚で、訴えも少なくて、あまり多くを語り合ったこともない方だった。
でも、彼が書いた意向確認書が白く輝いていて、何となく思いが伝わった気がした。
まだ終わりじゃない。ここから始まる。

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