見出し画像

日常と 心霊とか守護とか

新しい職場、特に老人ホームという場所に行くと、まず初めに困るのは、高齢者の方々の顔と名前が一致しないこと。

しかも、特養という場所に至っては、おそらく皆が同じ理美容師に切って貰っているので同じ髪型。これはもうお婆ちゃんたちが、誰が誰だか分からない。
そんな状態の初日で、『この野郎!』というエネルギー満載の定年間際の看護主任に一人で何十人もの知らない人々に薬を飲ませて来いと言われる。
・・・・・・・。絶句。
きっとご利用者さんたちのことがちっとも大事じゃないんだろうなあ。私だったら新人さんに絶対そんなことやらせない。

その場は慣れている介護職員さんが助けてくれたので無事に終了。きっと、こういうことがよくあるから皆分かっていて助けてくれるんだろうね。

そんな最中、今度は血圧測定をして回っていると、一人のお婆ちゃんが血眼になって何かを探している。バッグも引き出しもひっくり返して大不穏。

これは物取られ妄想かなんかで「現金がない!」とか言い出すのかな?と思いつつも放っておけず『どうしましたか?』と訊くと「ボールペンがない!」。
・・・・・・・・・・。見たところ、鉛筆やハサミはお持ちのようなのでボールペンを持っていても大丈夫な人なのだろう。
それで『これで良かったら、どうぞ。』と渡すと「いいの?今日、お借りしていて良い?」と喜ばれていた。
もう返して貰えないつもりでお貸しした。

****

そして、今日は5日目の出勤。

段々皆さんの顔を覚えて来て、失礼ながら、凄く可愛く思えて来た。あたりまえだが、一人一人個性があるのだ。

そんな時、一人のお婆ちゃんが『看護師さあああん!』と車椅子で自走して追いかけて来る。『これ!ありがとう!』

初日は『この野郎』エネルギーの人にコテンパンにやられこき使われていたし業務を終えるだけで必死だった。そんなもんだから、誰にボールペンを貸したのかも分からなかった。ほら、まだ皆同じような人に見えていたから。

けれども、申し送りを聞いたりカルテを観たりして、認知症が結構ある方だということを知っていたので、必死で追いかけて来て5日ぶりに返してくれたことに感動してしまった。

ありがとう!

『こちらこそありがとうね。やっと会えたよ。本当に助かったんだよ。ありがとうね、貸してくれて。』

本当はあれから毎日会っていたんだけど、今日突然思い出してくれたんだろうね。

***

今の施設は築何十年も経っていてボロボロ。空気も重い。

そして、その施設の周辺も人通りが少なくて寂しい場所だった。

何だか憂鬱な気持ちで夜空を見上げたところ、三日月と二つの大きな星が美しく輝いていて感動してしまった。

思わず空を撮影しようとしたその時、それは本当に一瞬のことだったのだけど、黒くて大きな影のような霊体が、ぶわーーつ!私に覆いかぶさろうとしていた。
『わ。』と思うのと同時に『やっぱりなー。なんか、この辺、磁場が悪いよなー、こういうの居そうと思ったけど、ほんとに居るんかい!あ、でも、なんだか、こいつ生霊みたいだな。』

というふうに、カメラを構えた瞬間の一瞬の間に上記のようなことを同時に思うわけである。
次に、『とりあえず撮影している場合じゃない。逃げるか、それとも怒って戦うかしないと。』と、これもカメラを下す前の一瞬の間に考えている。

が、そこに、今度は大勢の声と光。

『こらあああ!』とか「これこれ!」とか、割と高めの女性的な声。お婆ちゃんたちのような声でもあり、もっと機械音みたいな声も交じっている。大勢居て分からないけれど、もしかしたら天使って、こんな声なのかも知れない。

とにかく、その光と声が、黒い影に次々とぶつかって、その衝撃で直角に曲がっているので、あきらかに物体?
実体はなくても存在しているのだろう。
が、光がぶつかって曲がっても私の後方から無数に表れては黒い女(?)を攻撃して叩き、突き飛ばし続けている。

そして、とうとう影は霧散した。
カメラを下した頃には黒い霧と化して風に散った。
どういうこと?

何せ空を撮ろうと構えた数秒の間にこれだけの事が同時に起こったので、暗闇の道路で、茫然とした。

しかし、確かに聞いた。

『さっさと撮りなさい。』と言う光の声を。

あまり怖いという感覚もなく、空の写真を一枚撮って、駅に着くまでの道のりで心を静めた。
『ありがとう。』と、やっと言えたのが電車の中だった。
普段は、どこにいらっしゃるんだろうね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?