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実録エッセー『来週、必ず払うから』 カメロー万歳 第91回 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2024年4月号

先日、いつものように青空市場で安物アクセサリーを売っていると、でっぷりと太ったねーちゃんがヘソ出しルックでクネクネと腰を振りながら近づいてきた。タンクトップからはみ出さんばかりの胸元には、バナナどころか山芋が数本は挟めそうな谷間が深く形成されていたが、殿方の勃起を誘発するという類のモノではなく、むしろ目を逸したくなるほどの肉肉しさである。このお方、名前は存じ上げぬが、もちろん顔見知りであり、たまに我々の屋台で買い物をしてくれる地元民であった。

しかし、今日はいつにも増してクネクネしている。持ち得る限りのセックスアピールをその動作に集約させているようにも見受けられるが、ピリゲッチ系(ヤリマン)のギャルがこのような行動をとるときには、必ず何か裏があるものである。

(多分アレだろう)

百戦錬磨の露天商であるボクにはすでに彼女の魂胆に察しがついていたが、話も聞かずに断るのはさすがに無礼である。

警戒心をマックスにして、

『Pois não?(どうしました?)』

と、やや硬い声で応えると、

待ってましたとばかりに、ピリゲッチねーちゃんのマシンガントークが火を吹いた。

『実はさ、大変なことになって困っちゃってんの。アタシのお鼻についていた鼻ピアス。アレがね、朝起きたらなくなってたのよお!寝る前には絶対ついてたの!アタシいつも確認するのよ。寝る前に鼻ピがきちんとついているかって。で、昨夜も確認してから寝たの。鼻ピを3回なでてから目を閉じるとよく眠れるのよ。これはアタシだけのおまじないだけどね。でも朝起きたら鼻ピがついてなかったからアタシ半狂乱になっちゃってぇ。ベッドをひっくり返してまで探したんだけど見つからなかったのよお。おまけに女のコの日だったもんだから貧血で頭がクラクラ♡』

などと、恐ろしいスピードでまくしたてている。

さて、ここまでの話から理解できることは、彼女が『鼻ピをなくした』という事実である。ならば我々の屋台に買いにきてくれたのだろうか。それとも?

話の続きを聞こう。

『でね、クラクラになりながらもフェイラ(市場)に来たわけ。お金を下ろそうと銀行にいったら、わちゃあ!なんという行列!みんな現金を引き出そうと長蛇の列を作ってるわけ!もちろん並ぼうとはしたわよ?けれど、女のコの日のコンディションではとてもそんなことは無理。かといって、お金がなければ鼻ピは買えないじゃない?だったら諦めればいいってアナタは思うかもしれないけど、ダメなの。ピアスの穴っていうのは自然とふさがってきちゃうものなのよ。とりわけアタシの回復力ってすごいみたいで、あっという間に穴がふさがっちゃうの!そしたらもう一回痛い思いをして穴を開けなければいけないし、そんなのイヤ。つまり答えはただひとつ。アタシは鼻ピをし続けなければいけないの!今はお金ないけど、あとで必ずお支払いするから鼻ピを譲ってもらえないかしら?あ、心配しないで。こう見えてもアタシ、信用できるオンナよ♡』

と、案の定、悪名高きfiado(フィアード)のお申し込みというわけなのである。

フィアードとはいわゆる『ツケ払い』のことで、バーなどに行くと、

『Não Vendemos Fiado(ツケ払いは受け付けません)』

といった看板がよく掲げられている。商店主にとって、フィアードは忌み嫌うべき悪魔のような存在であり、そのフィアードを求めてくる客は、まさに悪魔の手先といっても過言ではない厄介者なのである。

鼻ピの値段はたったの2レアル(約60円)であり、金額的には大したことではない。二つ返事で『いいよ!』と言ってやりたくなるのが人情というものだろう。しかしボクは申し訳なさそうな体を装いながらも、きっぱりと断った。その瞬間、先ほどまでシナを作っていたねーちゃんから愛想笑いが消え、

『もう二度とここでは買い物してやらねぇからな』

と、捨て台詞を吐き、去っていってしまったのである。やっぱりな、という思いでその後ろ姿を見つめるボク。このような結果になることはおおよそ予測できてはいたが、後悔はない。なぜならフィアードを受け入れてしまう方がより悪い結果につながる傾向にあることをボクは身をもって知っているからである。

このフィアード問題は、ボクがブラジルで露天商を始めた頃からの悩みのタネだった。客は気軽に『来週払うから』と言って、ツケ払いを求めてくる。中には本当に払ってくれる誠実な人物もいるのであるが、ボクの経験上、かなり稀なことだ。

昔、Aという客がいた。Aは毎週、しらす商店で買い物をしてくれる常連客であり、金払いも良い。そんなAがある時、『ちょうど持ち合わせがないから、この商品の代金は来週でもいいかな?』と、申し訳なさそうに打診してきた。Aはほぼ毎週屋台に現れては買い物をしてくれる信頼のおける人物である。ボクとしては断る理由がない。快諾して商品を手渡し、Aは『来週、必ず払うから』と言って笑顔で去る。ボクは、

『いいことをした。これが人間同士の信頼関係ってやつだよな』

と満足げである。が、このAが再びしらす商店を訪れることはついぞなかったのである。市場ではたびたび彼を見かけるものの、ボクの姿が目に入るとそそくさとどこかへ行ってしまう。結局、Aとはそれっきりになってしまった。彼のボクへの借りは、わずか10レアル(約300円)だったにも関わらず…。

このような経験を何度かした後、ボクは悟ったのである。

『フィアード、ダメ、絶対』

なまじ仏心を出してしまったがために、ボクは商品代金のみならず、常連客を失い、心にダメージを負った。信頼関係を築くどころか、あっさりと裏切られてしまったのである。ボクとAは冗談を言い合うほど気心の知れた仲だったはずなのに、たったの10レアルでその関係が壊れてしまうなんて。彼だって本当はそんなことをしたくはなかったはずなのだ。しかしフィアードは悪魔である。人間の心を蝕み、金額の大小に関わらず不義理を誘発してしまう。だったら、はじめからフィアードなど断った方がいい。なまじ受け入れてしまうからこそ、このような事態に発展するのだ。以来、ボクはフィアードを一切受け付けないことにしたのである。

そのようなボクの方針を知ってか知らずか、近年フィアードを要求する客はかなり減った。たまにこのピリゲッチねーちゃんのような輩も現れるが、フィアードを断られて気分を害するような人間とは、もともと付き合わない方が得策である。おまけに捨て台詞まで吐いていくとは、人間性にも大いに問題があるだろう。そのような人物に心を砕いてまで買い物に来てもらおうとは思わない。

余談だが、このピリゲッチねーちゃんは、捨て台詞を吐いた30分後に現金をもって現れ、鼻ピアスを買ってくれた。ねーちゃんの隣にはスケベな顔をしたオヤジがいたので、きっと彼から調達したのだろう。

ねーちゃんは意外にも先ほどの非礼を侘び、我々は笑顔で握手を交わした。その彼女の心が嬉しかったので、鼻ピアスをもうひとつオマケすると、ねーちゃんはたいそう喜び、ボクも幸せな気持ちでいっぱいになったのである。

久しぶりに心がほっこりする出来事ではあったが、皆さんもお金の貸し借りにはくれぐれも気をつけて頂きたい。

それではまた再来月!!


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu

月刊ピンドラーマ2024年4月号表紙

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