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傷跡

昔から背が高かった。

そのせいもあってか、あだ名は"のっぽ"とか"アスパラ"とかそんなのばっかり。

勝気な性格もあってか男の子からは
からかわれることが多かったし、

ガールズトークには私の席が用意されてないように感じることが多かった。

あの日もいつもと同じ、昼休みになって揶揄いに
来た男子を外で追いかけ回す、そんな日だったな。

「じゃーなー!のっぽー!」

「うるっさい!!!」

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、
私をからかっていた男子達は一斉に校舎内に踵を返した。

外を走り回ったせいか家で貼ってきた絆創膏は既に剥がれてしまっている。

「ああ、痒い。」
そう言い、特に何を考えずに傷跡に手を伸ばした。

その時、

「傷は掻いちゃダメだよ。」
名前も知らない小柄な女の子が声をかけてきたの。

「...誰。」

「そんなのどうだっていいでしょ。」

「だって、痒いもん。」

「ダメなものはダメなの、
"女の子"なんだから傷跡が残っちゃ大変でしょ。」

そう言って、その女の子は私に絆創膏を渡した。
無地で、肌色の、安物。
それでも私にとっては宝物だった。

私を"女の子"扱いしてくれたから。

その時から、その女の子と仲良くなって行き次第に他の女の子の輪にも溶け込めるようになった。

絆創膏をくれた女の子に対する当時の気持ちを
文字に起こすのなら。

人形を大事にするみたいな、
...庇護欲?って言うのかな。

少なくともこの気持ちが恋心に昇華して、
私を苦しめる事になるなんて思いもしなかったの。


中学生2年にもなると、周りの男子は少しずつ私の身長を越していくようになって、
それと同時に私の身長はコンプレックスから
ステータスに変わっていった。

女の子達からは「スタイルいいね」って言われる事が
増えて、男子からは告白される事が増えたんだ。

自分より大きい時はあれだけバカにしたくせに、
ちょっと自分が超した途端にこの扱い。

少し不服だったけど、
恋愛に対する憧れとか、怖いもの見たさで
初めて彼氏が出来たのも確かこの頃だったな。

結果としては、
びーーーーっくりするくらい楽しくなかったの。

たかが中学生の恋愛で何言ってんだって話だけど、
周りの子が楽しそうに語る恋愛とは何かが違ったんだ。

女の子達は"大人びてるね"って言ってくれたけど
言い換えれば"冷めてるね"って事。

思えば、付き合っても"楽しい"とか"満たされてる"
って思えなかったのはそもそも男の子に興味が無かったからなのかな。


結局、高校でも普通に私はモテたし、
1度も告白を受けることは無かった。
興味が無いのに付き合っちゃ相手にも悪いしね。

女子からは反感を買うことも多かったけど、
そんなの私に言われても...。
って頭を抱える日もあったな。

そうして、何事もなく高校生活を終えた私は、
大学進学と同時に思い切って上京したの。

田舎から来た私には何もかもが真新しく見えて、
右も左も分からず必死に辿り着いた新たな学び舎。

そこに

久保史緒里。

あなたが居たの。

初講義で隣に座ったあなたはあたかも以前からの
知り合いかのように私に声を掛けてきた。

透き通った白い肌、
パッチリという擬音に相応しい目。

第一印象は、お人形さんみたい...。
とか言う子供じみた感情だった気がするな。

それと同時に、なんと言うか。
心苦しさみたいなものを感じたの。

お互い上京組で気のあった私達は
その日から"友達"になった。

同じ時間に登校して、隣の席で講義を受け、
一緒に昼ごはんを食べ、同じ時間に帰る。

そんな日々を重ねる程、私の心苦しさは増していき

鈍感な私もさすがに感じ始めた。

"友達"じゃなくて"恋愛対象"として見てるのかもって


覚えてる?
確か2年の夏だったかな。
私は思い切ってあなたにタイプを聞いたの。

この時はまだ完全に恋心を自覚した訳じゃなくて、
何故か気になった。って感じだった気がするな。

「え、タイプ?そうだなぁ...。」
目の前でパフェを幸せそうに食べていた貴方は
1度手を止め、考え込む。

答えが出るまでのこの待ち時間が
なんとなく時限爆弾のカウントダウンをされている様な、そんな気がした。

「んー、私より背が高くて、」
適合。

「少しだけ悪って雰囲気の方が良いんだよね。」
適合。

「でも困ってる時は優しくしてくれて...。」
...適合?

「あとは...まぁやっぱり」

『イケメンな"男の子"かな!!』
不適合。

「......。」

感じたことも無い胸の痛みに、
思わず言葉が詰まった。

...この胸の痛みはなに?

「えっ、なんかマズイこと言ったかな...?」

返事のない私に貴方は不安げな顔を向けた。

「そ、それなーー?」
「やっぱ、なんだかんだ顔だよね!」

貴方に空返事を返し、手元のパフェを口に運ぶと、
少しずつ複雑に絡み合った心情が紐解かれて行く感覚があった。

この感情。

敢えて名前をつけるなら、失望感。


この失望感で完全に理解した。


私はあなたに恋をしていた。

そして


たった今、私は告白する間もなくフラれた。



何度も、何度も、貴方への恋心に刃を突き立て、
完全に忘れてしまおうとした。

貴方と自然に距離を置き、
大学内でもモテた私は、貴方への恋心を忘れようと史緒里に見せつける様に取っかえ引っ変え男と付き合ってみたりした。

それでもダメだった。

貴方と廊下ですれ違う度、
貴方からメールが届く度、
貴方からの誕生日プレゼントをふと目にする度に。

長い時間をかけて少しずつ固まってきた筈の瘡蓋が
いとも簡単に剥がれていくんだ。

そうして開いた傷口は、
剥がれる度に歪に形を変えて、
どんどん治りが遅くなっていく。


そうしている間にもどんどん時間は過ぎて行き、
私はこの恋心を誰にも打ち明けないまま卒業式を迎えた。

どこかで見たことあるような、
微妙な知名度のタレントが壇上で卒業する私達を
何やら鼓舞している間、独りで考え込んだ。


どうしたら良かったのかな?

正直に想いを伝えたら貴方は向き合ってくれたの?

そうだよね、史緒里はどんな人からの想いも無下にするような人間じゃない。

分かってる。


分かってるのに。


でも、


怖いの。


想いを伝えたあと、
少しでも史緒里の顔が引き攣ったらどうしようって考えちゃうんだ。

私がマイノリティで、

この恋心は世間では認められていなくて、

気持ち悪いと感じる人がいて、

そもそも史緒里の選択肢の中に女の子と付き合うと言う選択肢が無いことを知ってしまったから。


ねぇ、史緒里?


私...さ。


もう、いくら絆創膏を貼っても


いくら包帯でぐるぐる巻きにしても


もう隠しきれないぐらいに傷だらけだよ。


休日の昼下がり、運転席に座る"男"の隣で
今朝貼ってきた絆創膏の上から少し膝を掻く。

「ん、痒いの?」
それに気づいた彼はこちらの様子をチラリと除くと再び前に目線を戻す。

「うん、ちょっと昔の傷がね。」

隣でハンドルを握る男は、
世間一般で言うイケメンの部類に入るだろうし、
お金も十二分に稼いでいる様な引く手あまたの存在。

そんな男と結ばれたのにも関わらず
私の心は依然として満たされていない。

恋は病とはよく言ったものだ。

届く可能性すら無いと感じたあの恋心を
私は今も引きずっている。

私に深く刻み込まれた傷は、
もう二度と治ることは無いのだろう。

この傷を治す傷薬は、
もう他の誰かの手に渡ってしまったのだから。

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