見出し画像

Cloudの中で光り輝くモノ

定期的にモノを捨てるようになって、

仕舞いこんでいてもしかたないものや
傷んでいく大切なものは

写真として保存しておくことにしている
(写真撮ったら、現物はすぐ捨てる)

たとえば
プレゼントで頂いた手袋だったり。


「思い出って、カタチが残ってないとダメ?」


とある方が言った言葉で
ひどく印象に残っていて、ある意味衝撃を受けた言葉だった

その言葉ひとつで価値観が変わるのだから、人間って意外に単純だなと思った

それからは、写真を撮った時点で『モノとしての役割を終えた』と自分で決めたので、すんなりと捨てることができるようになった

俯瞰的に捉えてみると
どうしてこんなもの持っていたんだろうと思えるものもある

なんでこんなの保存してんの?


けれど、あの時間の、あの瞬間の大事なものであったり
当時の私が、いつまでも『画像』として大事に仕舞いこんでしまいたいと思ったから保存しておいたものだろうなと

そう考えてしまうと、Cloudからすらも消去できないでいる時もある

どうしても手放したくない瞬間の思い出もある

年齢を重ねていくにつれて大事なものも増えていけば、不要なものも出てきてしまうそんな時に、いろんな意味での取捨選択が大事なのかなって。

環境や状況の変化で優先順位が変わるのは当然の事象であったりするから、それ自体は否定しない
けれど、
選択しなければいけない時に、しっかりと決断できるか否かが自分にとっては重要なことだなと、あらためて感じた

自分のcloudを覗くたびに、

私のCloudは思い出であふれている

と感じることができる

けれど。
宝箱のように思える私のcloudには、もう一度見たい、あの瞬間を思い出したい、貰った時嬉しかったななど、たくさんの想いを思い出せる、そんなモノたちだ。

物も写真などのデータも、人も。

私はこれからも取捨選択をして、その時その時で大事なもの、大切なものだけに囲まれて暮らしていきたいと思う

大切にしていたいんだ
『今』もね




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?