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短編 | 二重人格ごっこ

 太陽の光を浴びるとき、私は服に身を包んでいる。白日のもとに、自分の外見や自分の内心をさらすことに恥ずかしさを感じるからだ。しかし、夜になると、月明かりのもと、他人に裸をさらし、内面も覗いてほしいと願う。

 仕事を終えて、オフィスを離れ、私は、いつものように高架下をくぐり抜けた。薄明かりに照らされた廃墟になったビルに入りこんだ。

 誰が最初に始めたのか、今となっては誰にも分からないが、そこには、大勢の裸婦が集うようになっていた。とくに何かするわけではない。ただ、裸体をさらしたい女たちがそこに集う。顔は影に隠れて見えないが、首から下の部分は、光に照らされるポジションを選んで、みな、ほぼ等間隔に座るのが、この廃墟ビル利用者の不文律になっていた。

 文字通り全裸になる女、パンティ以外はすべて脱ぐ女、ブラ以外は全部脱ぐ女、ネックレス以外はすべて脱ぐ女。さまざまな女がいた。
 私はすべてを解き放したくて、文字通り何も身につけないことを常としていた。そして、誰が何処に座っていい廃墟ビルであるにもかかわらず、私は二階奥の会議室に座って脱ぐことが習慣になっていた。

 なぜ、ここに座るようになったのか?

 それは、私と同じように、この会議室にいつもやってきて、ピンヒールだけ残して美しい裸体をさらす女性がいたからである。
 大きな胸とくびれた腰の曲線美。そして、離れていても馥郁たる香りに魅了された。

 この廃墟の中で、言葉を発する者は一人もいない。みな、黙ったまま、腰をおろしたところで脱いでいる。お互いに素性がわかるようなことは一切話すことはなかった。しかし、私はどうしても気になる女がいた。私は目の前のピンヒールの女に話しかけた。

「素晴らしい曲線美ですね。縦長のおへそも美しい。ピンヒールを履いたまま、全裸になる方は、ここではあなただけです」

 艶かしい胸を揺らしながら、ピンヒールは、体で返事をしてくれた。そのあと、女も私に低い声で話しかけてきた。

「そういうあなたも本当に美しい。形も大きさも完璧な胸をもっていらっしゃる。腹筋も割れている。相当鍛えていらっしゃるのではないですか?」

「いえいえ、私などあなた様に比べたらまだまだです。あなたの体は、ミロのヴィーナスをもっと巨乳にしたようなパーフェクトボディー。いつも見惚れているんですよ」

「そうですか。ありがとうございます。それはともかく、みなさん、無心に無言で自分自身のヌードを貫いていらっしゃいますね。我々もそろそろ、無言でヌードを楽しみましょう」

 月の光に照らされているときの私は別人格である。日の光を浴びているとき、私は誰にも話しかけることができないくらいシャイなのだ。オフィスでも、「おはようございます」というあいさつをするのも、苦になるくらいである。幸いにして、仕事中は、ほとんど話をする必要のない職場だから助かっている。

 ピンヒールの女と私は、それぞれのポジションで寡黙なヌードを楽しみ始めた。私は全裸になって、頭の中をなるべく空にした。だんだん心地よくなってきた。妖艶な空気が辺りをつつむ。

 このビルの中では、私たちが黙りこんで以降、物音ひとつしない。自分の裸体との対話をしている。
 すべてをさらけ出すこと。それは心を落ち着かせることと同義である。私は官能の世界へ浸っていった。

「おお、これはいったい?」

 ある廃墟ビルで、ひとりの女性が全裸で発見された。
 女の死体のまわりには、ブラジャー、ネックレス、パンティ、ピンヒールなどが散乱していた。

「殺人で間違いないでしょうか?」

「いや、鑑識の結果によると、女の体内には、男性に犯された形跡がまったくそうだ。また、男性がこの建物に侵入したという目撃情報もない。近隣の監視カメラには、女がひとりでこのビルに入っていく様子しか映っていない」

「この女は何をしにここにやって来たんでしょうね」

「少し気が変な女なのかもしれないね。どこから運んで来たんだか、この大量の鏡はいったい全体、なにに使ったんだろう?」

「まるで、江戸川乱歩の『鏡地獄』のようですね。女を囲むように鏡がセッティングされている」

「自分の裸を全方位から映し出すのが楽しかったんだろうか?」

「しかし、この女、ずいぶん幸せそうな顔をして死んでいますね」

「そうだな。まるでエクスタシーの絶頂で死んでしまったような表情をしているな。この女の職場の連中によると、会社では目立たない物静かな女だったそうだよ」



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