短編 | ブラックアウト
会えばいつも喧嘩ばかり繰り返す。一緒にいるとイライラがつのる日々がつづいた。なかなか決断できずにいたが、彼と別れることにした。
「もう、お互いに我慢するのなんてやめましょう。話し合えば分かると思って対話をつづけてきたけれど、結局なにも分からかった。分からないどころか、ますます分からなくなるばかり。お互いが歩み寄るという意思もなければ、そもそも違い過ぎて意味が分からなくなるだけ」
私は思いの丈をすべて彼にぶつけた。恋愛っていいことばかりじゃない。夢見る乙女なんかじゃない。分かってる。だけど、価値観がここまで違うと、そもそも意思疎通のしようがない。何でこんな人を好きになったのか、全くわからなくなった。
「やっぱり私、価値観が似ている人がいい。映画を一緒に見たら同じ場面で笑うとか、私が『いいね』って思った音楽には『いいね』で返してもらいたい」
彼は黙って聞いている。何も言わない。
「そうやってすぐに黙り込む。あなたの彼女が悲鳴をあげてるのに、何も言う言葉がないわけ?」
彼はチラッと私のほうを向いたが、すぐに下を向いた。
「そういうところがイヤなのよ。なにか言ったらどう?」
しばらくして、彼がようやく悲しげに呟いた。
「言葉がなにも思い浮かばない。価値観が違うところもある。それもその通り。だけどさ、全く価値観が同じなんていう人はいるかなぁ。違うからお互いを理解したいって思うんじゃないかな?」
「それはそうなんどけど、あまりにも違うと説明するのが疲れる。気心が知れた仲なら、いちいち説明しなくてもわかってくれる」
いけない、いけない。また彼のペースに引き込まれるところだった。
「別れましょう。私たち…」
我ながら絞り出すような声で彼に告げた。
「別にさ、理解出来なくてもいいんじゃないかな?理解しようとする気持ちがあれば」
「それって意味無くなぁい?疲れるだけだし、もっと楽に付き合える人っていると思うんだけどな」
「じゃあ、聞くけど、君と価値観が同じ友だちがいるのに、なぜ僕と付き合ってみようと思ったの?」
「それは話せば分かってもらえるっていう気持ちがあるからじゃないかな?」
「でも、君にはそういう気持ちが今は無くなってしまったっていうことだね。僕はね、君のことを理解出来たなんていう気持ちはないけど、君と話していてとても楽しかったし、これからも話してみたいなって思ってる」
なんだろうな。いつも彼の言うことを完全に理解出来たと思ったことはない。たぶん、どれだけ言葉を費やしても、変わらないだろう。
「ホントに別れたいなら、なんで『別れよう』と言ったのかな?君が黙っていなくなっても、追いかけ回したりしない。僕が変なことをすると思ったのかな?」
「そんなことは、全く考えなかったわ。なんでもあなたはいつも聞いてくれたから。信頼してるからさ」
彼がボソリと言った。
「信頼してくれてるんだね。僕も君のことは一番に信頼している。君のことをどれだけ受け止められてるかわからない。だけど、君はいつも何でも僕に話してくれた。僕も何でも君には話すことができる。なにもとくに望んでいないけど、これからも何でも話し合える関係でいたいなって思う」
「それはね、私もそう思う。私のくだらない愚痴も、言ってもしゃーないことも、あなたはいつも聞いてくれたから」
ブラックアウトしていた私のココロに、明かりが差し込んだような気がした。夜中に出会った私たちを、静かに朝焼けが包み、そして照らし始めた。
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします